第20話

「夜景が綺麗な場所って言いましたよね」

「うん。言った」

「それで北海道に明日は行くんですよね」

「うん」

「で、今はどこに行ってるんですか?」

 鮨詰め状態の車内でガブリエルは頭一個分の余裕を持ちながらドアに貼り付けの私へ聞いてくる。

「東京駅」

「あーそういうことでしたか。じゃああともう少しですね」

 余裕な様子の彼に若干腹立たしさを覚えたが、今はそんなことなど言っていられない。手に持つ鞄が大きいだけに周りのスペースを圧迫し、私の足をドアと鞄で圧縮してきているのだ。

『次は、四ツ谷、四ツ谷』

 おい全然まだまだじゃねえかよ嘘ついたなガブ。

「人の一生から見ればあっという間です」

 規模が違いすぎだ。

「そうですね。一眠りでもしたらどうです?」

「うん。じゃあお言葉に甘えて」

 ガブリエルに体を預け、旅行カバンは足で挟みながら私は目を閉じて羊を数えているとすぐに微睡んだ。



「──ん? 左江内さーん? 着きましたよー?」

「ぶぇあっ!?」

 扉近くに立っていた私はいつの間にかガラガラの車内で席に座らされ、顔を至近距離でガブリエルに見つめられていた。

「あ、起き──へぶっ」

 寝起きで正常な判断もつかない私は反射的に目の前の彼を思いっきり引っ叩いてしまった。

「あ」

 彼を叩いた衝撃で目が覚めた私は思わず硬直する。

「ごめん」

「左江内さん、二度と起こしません」

 目に涙を溜めながらそう答えるガブリエルに何も言えず、無言のままホームへと躍り出る。

 乗り換えるために移動している際も多くの帰宅勢が入り乱れている様子は流石としか表現ができない。

「えーっと横須賀線、横須賀線は……あった。こっちだ」

 行き先への経路をプリントした紙と何番ホームと共に書いてある電車を照会しながら人混みをかき分け、お目当てのホームへと上がっていく。

「どこ行くんですか?」

「夜景が綺麗な場所」

「それどこですか」

「ひみつー」

「教えてくださいよ」

 気の抜けた会話を繰り広げているとちょうど駅に到着した横須賀線が扉を開け、収容していた人々が一斉にホームへと飛び出し、一気にごった返した。

「うおっ」

「こっちです」

 流れに逆らえず、戻されそうになる私の手をガブリエルはしっかりと掴み、人混みをかき分けながら車内へと駆け込んだ。

「ありが───」

「まだそこまでの力は残ってるでしょう。あんまり頼りすぎないでくださいね」

「はいはい」

 コイツ、感謝しようとした途端にネチネチと言いやがって。絶対に感謝なんかしてやるもんか。

「そりゃどういたしまして」

「……チッ」

「分かってて考えたんじゃないんですかー?」

「すっかり忘れてたわ」

 ガブリエルのニヤニヤ顔もいい加減見飽き、車窓からの景色を見るべく体を捻る。

 まだ夕焼けというには早いかもしれないが、陽は傾き、背が高かったり低かったりする住宅街から差す光景に目を細めた。

 だが───

「これから見る景色に比べたら、ね〜」

『次は、鎌倉〜鎌倉〜』

「おし。降りるよ」

 ケースを手に、慌てふためく彼を置いていくように半ば早足で下車し、駅を出る。

「待ってくださいよ。何を急いでるんですか」

「急がなきゃダメなの。ほらダッシュダッシュ」

 吊るされている看板で行き先を確認し、矢印の先へ走るとお目当ての駅が目に入った。そして同時に焦りもした。

「あれって江ノ電ですよね」

「分かってるならもっと早よせい!」

 久しぶりに全速力で改札へ定期をかざし、開くと同時にそれを駆け抜ける。

 よし。間に合う。

 だが、その願いは叶わず、私の運はここで尽きた。

 私の目の前でドアが閉まり、江ノ電は静かに走り始めた。

「うせやん....」

「一歩届かずでしたか」

 背後から遅れて聞こえてきた能天気な声を出す男の鳩尾みぞおち目がけて振り返りざまに殴りつけ、「うっ」と声を出してうずくまる姿を尻目に運行表に視線を向ける。

 次に来るのは約二十分後。

 絶望だ。これじゃ間に合わない。

「左江内さん……ちょっと強すぎる」

「もう一発食らっとくか? アホ天使」

 拳を作りながら笑顔で犯人と確定したガブリエルへ問いかけると、彼は青い顔をさらに青くさせて首を横に振った。

「じゃあどうするの。当初の予定だと今さっき行ったあれに乗る予定だった。でもそれを過ぎたので予定は瓦解し、そのために私は帰ります。これで生前のやってみたいことリストの一つは霧散しました。どうしてくれましょうか」

 一息で言い切り、肩で息をしながらガブリエルへと問いかける。

「そんな早口に捲し立てなくても、別の手段チートは用意してますよ」

 彼は殴られた箇所をさすりながら立ち上がり、その直後に指をパチンと鳴らした。

「お前、私を消すつもりなら死ぬ前に殺すからな」

 某紫頭の巨人を思い出し、思わず口をついて出た言葉にガブリエルはチッチッチッと首を横に振って否定する。腹立つ。

 その直後、あり得ないことが起きた。

 背後からレールの軋む音と共に、思わず振り向いた私の目を蛍光が照らしつける。

「どういう……こと」

「僕は神に近い存在です。例えばこれまでの貯金こうせきを切り崩して使うことも可能です」

 なにそのポイントカード方式。

「なにそのポイントカード方式」

「ははは」

 こいつは腹立つし、いけすかない。なんなら天使かも未だに疑っている。

 だけど今だけはそれを信じよう。

「よっしゃ遅れるなよー!」

「はいはい仰せのままに〜」

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