第19話
今、私は走っている。ぜんぜん冷静を装って歩いてなんかいられなかった。
「頼むから置いて行かないでええええ!!」
人通りがだいぶ少なくなった昼過ぎ、私は叫びながら自宅の最寄り駅から自宅へとダッシュで走った。
人生でおそらく二回目の全速力は幸運にも健在で、私のなけなしの体力と化粧を犠牲に自宅へとたどり着き、一向に収まる気配を見せない鼓動をなだめながら私は階段部分に腰を下ろしていた。
住居者が上から降りてきたらきっと迷惑なのはわかっているが、それでもここから動けない。ドクドクと血流のように早い鼓動は体力不足から起きているのではないと身体が必死の提示をしていたのだと今更気づく。
「はあ、はあ」
額と背中を全力疾走から生じたのとは違う汗が通り抜ける。
あ、これやばいかも。と判断した私も早かった。
「セエレ、ちょっと部屋の中までお願い」
「分かりました!」
十秒にも満たない距離をお願いするとセエレの快活な声と同時に、私は蛍光灯が光るベッドの上に全身汗ビッショリの状態で寝転がっていた。
「ありがとう」
セエレに感謝をしながらも自分の忘れっぽさに嘆いた。電気つけっぱなしじゃんかよ。
「きゃああああ!!」
いやこれ誰かいるわ。しかも悲鳴あげてるよ忍び込んだ家で。
胸に手を当てて鼓動を確認する。ドクドクと規則的に脈を打っており、症状はおさまっている。
武器になりそうなものが無いかと部屋を見渡すと、棚に置かれていたピコピコハンマーに目に入り、心細いがそれしか武器になりそうなのが無かったので仕方なくそれを持って暖簾の隙間から居間を見る。
テレビから出てくる光と効果音の具合から私がやっていた据え置きゲーム機をしているのだと分かった。けしからん。
「誰だあ!!」
「きゃあああ──って陽七乃!?」
「え、桜叔母さん?」
暖簾からピコピコハンマーを振りかざしながら勢いよく飛び出して威嚇した私に悲鳴をあげたのは空き巣でもなく桜叔母さんだった。
「悲鳴なんてあげてどうしたんです──って陽七さん、いつお帰りになったんですか?」
奥の台所から鍋つかみと割烹着を装着したガブリエルも顔を出してきて、私を見るや否や神秘現象を目の当たりにしたかのような反応をしてきた。
「本当に驚かせてごめん。それで、どうやって入ってきたの?」
「合鍵に決まってるじゃないの。夏輝が貸してくれたの」
某ネズミのマスコットが吊るされている合鍵を見せながら桜叔母さんはニコニコとし、私も自身の早計を謝罪した。
「いいのいいの。一人暮らしならあれぐらいの気概がなくちゃ。──でも、それで泥棒は追い払えないんじゃないかしら」
机の上に置かれたピコピコハンマーに視線を向けながら相変わらず笑い続ける桜叔母さんに苦笑する。
「でも、もし本当に空き巣とかだったりしたら今頃あの世行きだったんじゃないんですか?」
「縁起でもないことは言ってはいけないのよ?」
「はい。すいません」
軽口叩いてるガブリエルも桜叔母さんには敵わないらしい。
「ん?」
いや待て。
「どうして叔母さんと話してるの!?」
「まあ陽七ちゃん、お得意様に対してその言葉遣いはよろしくないんじゃない?」
「いいんですよ山上さん。左江内さんには砕けた関係で良いと頼んだのは僕なので」
「あら、そうだったの」
頭が混乱する。お得意様? 天使のガブリエルが? あと知らない間に仲良くなってるし。
「それじゃあ、私はこれで退散するわ。陽七ちゃんに商談があると言っていたし、部外者は帰るわ」
「あ、ちょっ」
桜叔母さんは私の安否を確認するとそのまま取り付く島もなく去った。部屋の中はガブリエルと二人っきりに戻ってしまった。
「さて左江内さん、商談という名のスカウトです。あなたの前職は?」
「どこからが冗談?」
叔母さんが座っていたところに座り直した彼は笑顔で面接官のような事を聞いてきた。
「冗談じゃないです。どうせなら"人間"としてあなたに接してみようと思いまして」
「──アンタの名前は?」
こっちも叔母さんに負けず劣らずのマイペースだ。言い返す言葉が思いつかなかったので質問に質問で返す。
「加布リリウムです」
「ぷっ」
致命的にダサい。
「笑わないでください」
「ご、ごめ──ぷふっ」
「だから笑わないでくださいよー!」
顔を赤くしながら抗議しているあたり、本当に彼は恥ずかしいんだなと笑いながら思う。
でもごめん。笑えるものに対して笑うなって一番不可能だから。
「知ってますよ。堪えられるよりは、そうやって笑い続けて飽きられた方がこっちも良いです」
「いや、これは──ずっと笑っちゃうよ」
笑いすぎで目に浮かんだ涙を取っ払いながら言うとガブリエルは一瞬だけ恨めしそうな顔をしてすぐに顔をそっぽに向けた。まるで子供だ。
「前職ね……ついさっき辞めた職業のこと?」
「そうです。根掘り葉掘り聞かせてください」
「嫌だねー」
話す気にならないのでそう答えると予めその答えを知っていたかのように彼は意にも介さず、唐突に立ち上がった。
「それじゃあ準備はできましたか? 猶予は与えたはずです」
「げっ」
笑顔で私を見下ろしながら言ってくるコイツは本当に天使なのかと疑うほど性格がねじ曲がってる。
「朝出発だったはずなのに午後出発になったのは陽七乃さんのせいですからねー」
「はいはいそうですね」
一昔前の懸賞で当選して手に入った推しをイメージしたトランクケースへ二日分の下着と貴重品を入れ、玄関へと向かう。
「それじゃあ、今度こそありがとうございました」
ブレーカーを落とし、部屋の鍵を閉めてからその鍵を桜叔母さん宛の封筒の中へと入れながらまだまだ日差しは健在の外を"二人"で駅へと歩いて行った。
「そういえば最初にどこ行くんですか?」
「明日の早朝に北海道行くから今日は夜景が綺麗な場所へ行く!」
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