第13話
「へ~それじゃあ、セエレって何でも届けたり何処へでも連れてってくれるんだ」
「はい! コキュートスから月の果てにまでお連れしますよ!」
乗っていた馬の頭を撫でながら誇らしげに話す彼を見ているとそれだけで癒される。今までが慌ただしく、苦痛に満たされていたせいかこんな些細な会話をしているのがありがたい。
だが、そんな一時の甘さに頼りきるのも悪いので私は本題を切り出す。
「なるほどねえ....それじゃあ、私を現世の身体に連れて行ってくれることも出来るの?」
「できます! いつでもできます!」
すくっと立ち上がり、馬に跨ったセエレは胸を張りながらそう言って私が乗るのを手伝ってくれた。
幼い見た目ながらも引っ張ってきた腕力は成人男性のそれと変わらず、しかし粗っぽさはなく引っ張られて馬に跨る。
「どっこいしょ」
跨りながら思う。そういえば、この馬の名前って何?
「好きに呼んでいいですよ。ペガサスでも構いませんよ!」
やっぱり心の中読まれるんだあ。すっかり油断してた。
「それじゃあ、出発!」
セエレの元気な掛け声と一緒に馬は地面を思いっきり蹴り上げ、音を置き去りにして急上昇する。
「羽使わないの!?」
「方向転換と空中での加速に使いますよ!」
なるほど。スイミングで最初に飛び込む時と同じ感じか。
「ちょっと違うけど正解です!」
そんなことを話しながらも馬は飛んで行き、眼前に広がっていた赤い空は段々黒ずんでいきついに何も見えなくなった。いや、光が無くなって見えなくなったが多分正しい表現かもしれない。
「どういう原理....」
「よく見てください。面白いですよ」
セエレに言われた通り黒ずんだ景色を凝視すると所々に白い石のようなモノや時々煌めく何かが見える。
「もしかして化石と宝石?」
「そうです!」
生で見た化石は幼いころに博物館で見た時と違って感動は湧かず、寧ろ驚きでどんな種類の化石なのか気になったなあ、等と考えているとあっという間に上昇して視界から消え去った。
てか、この地層が地球ならつまり、地獄は地球の核あたりに存在してるのか。すげー。
「でも、今の時代に言うと精神病か未だに天動説を信じる変な人認定されますからね」
めっちゃ現代的だぞこの子。
「一応悪魔ですからね! あと、よく召喚されるので!」
悪魔だったわ。うん。忘れてた。
「そういえば、よく召喚されるってどういう事? それに確か悪魔って何かを代償に───あっ」
「そんな身構えなくても大丈夫ですよー」
純粋無垢な笑顔なはずなのに何か魂胆があるのではと疑い始めた自分の心と荒んだ思考を正したい。それくらい疑心暗鬼な私にセエレは変わらない笑顔でいると暗かった地中を抜け、懐かしいまばゆい光を浴びた。
「そろそろですね。あと、陽七乃さんこれだけ伝えさせてください」
「なに?」
「契約はこれからも続きます。陽七乃さんが死んでも、転生するその時まで!」
うん。
「分かった! ───あれ?ここどこ?」
気がつけば私はセエレと一緒にいたはずなのに見慣れた天井こと病院のベッドの上で、針を腕にぶっ刺された状態で寝ながら目をカッと見開いて元気に返事をしているというシュールな状態だった。
「陽七!」「陽七乃ちゃん!」
「おはよう、かな?」
枕元で二人して目に隈を作っていた叔父さんと叔母さんに挨拶をする。
「桜が倒れてからお前も急に倒れたもんだから、本当に焦ったんだぞ! バカが!」
「しかも倒れた時に頭を強く打ったのかずっと魘されてて心配したのよ? 大丈夫?」
「そんなことが......とりあえず二人同時に喋らないで?」
それから聞いた話をまとめるとこうだ。
まず、桜叔母さんが倒れる。
そして病室に搬送して一安心になった頃、私も倒れる。
焦りながらもその間ずっと苦痛に顔を歪めていることから鎮痛剤を投与するも効果なし。そんなこんなしてると叔母さん復活。
それから交代交代で看病して、もし目が覚めなかったらと不安になっていた頃に私復活。
「なるほど? まあ、違和感とかは今のところ無いし退院でいいでしょ?」
「馬鹿か? 精密検査とかあるんだ。まだまだいてもらうからな」
「そうよ。もし、脳腫瘍とかだとマズイでしょ?」
この
「....分かった。でも、先に試薬の方を持ってきて」
一瞬、桜叔母さんは顔を驚かせたがすぐ微笑を浮かばせて頷き、私の頭を撫でてきた。
懐かしさに胸を満たしながらも試薬と言った自分の言葉に違和感を覚える。
「そう言えば、なんで叔母さんは倒れたの?」
「え? 仕事が一段落ついたから陽七ちゃんのお見舞いに行こうと思って、病室の扉を開けようとしたら発作を起こしちゃって.....今は大丈夫よ?」
「良かった~」
笑顔で安堵したとアピールをしながらも私の頭を駆け巡るのは違和感の正体だった。
嘘でしょ? USBの件をすっかり忘れている。叔母さんだけじゃない。叔父さんもだ。
それからしばらく三人で久しぶりに談笑をし、叔母さんは試薬を持ってくると言って退席し、叔父さんもそれからしばらくしないうちにポケベル(時代遅れすぎでしょ)が鳴ってメッセージを見るや否や急ぎ足で去っていった。
「誰が記憶の上書きを行ったか....それはっ!」
「お前の力だ!」「僕の力です」
扉からニュッと上半身だけこちらに貫通させ笑顔で声を重ねながらネタバラシをしてくるガブリエルは意外、と言う顔で残った下半身もこちらへ持って来て近づいてくる。
「推察とかできたんですね。まるでパイクロフトだ」
「それを言うならマイクロフトな? あと、さらっと私の容姿をディスるな」
言いながら悲しくなって視線を下に向けると見えるは自分から見ても細くしなやかな手と少し、本当に少しだけ視界を阻害する膨らみ。
「はあ.....」
「なに落ち込んでるんですか。希少価値なんでしょう? ステータスなんでしょう?」
「ちょっと黙っててくれない?」
ニヤニヤすんな。本当に天使なのかと疑ってしまうほど最低なヤツだ。
「天使でーす。熾天使でーす」
「うっぜええええ!!」
「はははは!」
煽るだけ煽ってガブリエルは部屋から去って行った。
「本当にアイツ天使なのかな.....」
静かな病室でポツリと零した愚痴はそれだけにとどまらなかった。
「でも、それよりなんで今更になって
止まれ。理性でストッパーをかけようとしても口は拒否し、吐き出す。
「そもそも、友達だと思ってた人からは結婚式に招待されずハガキの一枚で事後報告のみ。さらに家に帰れば変質者がいて、悪夢だと思って一日経ってもソイツはいる。挙句に心臓が急に限界を迎えて倒れた。今まで頑張って───真面目に生きてたつもりだったんだけどなあ?」
最後の方は声にならず、嗚咽と共に目の前がぼやけてしまう。
膝の上にかけていた毛布を握る手の甲へポタポタと生暖かい水滴と鼻から突き抜ける山葵に似た感覚の中声を出さずに私は膝を抱え寄せてそこに顔を埋める。
ここだけは、この時だけは私だけのパーソナルスペース。私は思いっきり感情をぶちまけ、私のためだけに時間を浪費した。
「っ、ふう.....」
十分に気持ちの整理はついた。まだ零れ落ちる涙を拭い、ぐしょぐしょになった毛布をどかして私は洗面台の鏡の前に立つ。
泣き続けたせいで目は赤く腫れ、鼻も真っ赤だ。
「ひどい顔」
嘲笑で歪ませた顔はどこか人間離れしており、自分が自分でなくなっているように思っているとシャツから少し顔を出す鎖骨当たりの違和感を目にする。
「なにこれ」
不思議に思いシャツを脱ぎ、鏡で何も纏わない上半身を見る。
右の鎖骨のあたりに浮かぶ円形の紋章。紋章の周りを縁取るような型にその名は刻まれておりすぐに誰かは分かった。
「S.E.E.R.E───」
指でなぞりながらそのスペルを口にすると何故だか勇気づけられた気がして私は気が楽になる。
ふーっ、と息を吐き、アイスのような勇気を無駄にしないよう私は急いで彼を呼ぶ。
「セエレ、来て」
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