第11話
「まだー?」
「そんな早く着くわけないですよ。てか、連れて行けって言ったのそっちじゃないですか。文句の一つぐらい堪えたら?」
「むう」
カロンの言う事は正論であり、軽い恐喝をしてボートに乗り込んだのでとりあえず黙って景色を見ようと川の外へ目を向ける。
三途の川だなんて呼ばれているから特に変化のない景色が続くだろうけど、少しぐらい興味の出る要素があるだろうと思っていたが驚いた。
「ああ.....」
「乗せてくれ.....頼む.....」
黒い人のようなモノがまあ、それなりに川を泳いでこっちに気付くと黒い手を差し出しながら直に脳内へ語りかけてくる。コイツ直接脳内に!? を初めて体験したわ。
「興奮するのもいいけど、そいつらを船に招き入れたら突き落とすからな」
「分かってる。船賃を払わなかった細客だからでしょ?」
フン、と鼻で笑いながらカロンは再びオールを漕いで川を進んで行き、時々しがみつく黒い人のようなモノを叩いたりしながら向こう岸が水平線に浮かんできた。
「あとどのぐらい?」
「どうせ全速力で行かないと毒吐かれるんでしょ? 死力を尽くしますよ!」
岸が見えたことでやっと叩かれて悲鳴や怨嗟の声が頭に響かなくなると知って喜びを露わにしてカロンへ問うと変わらないのっぺらぼうの顔から気合の籠った声を上げ、ボートが一気に加速する。
「おわっ!?」
「落ちても拾わないからな!」
グングン加速していき遠ざかる怨嗟の声と景色などお構いなしにボートにしがみつき、ついに岸が目の前に迫ってきた。
「ぶつかる!」
「ここが舟渡の力量を示すところさ!」
そう言ってカロンは器用にオールを駆使して減速させながら、ボートの横っ腹が岸に優しく接舷して上陸する。
「到着」
「よし。じゃあ責任者の元までお願い」
「いやだ」
え。ここまで連れて来ておいて放置だと?
「いや、土地勘ないから教えてよ」
「船渡なので僕もないです」
ニヤニヤしながら言ってきやがった。この野郎絶対知ってるだろ。
「知らなーい」
「じゃあ服頂戴。そのボロでいいから」
「はいい?」
カロンのまとっている赤い布みたいなのを指さしながら言うと彼は素っ頓狂な声を出しながらそれにしがみつく。
「よーこーせ!」
「いーやーだ!」
追い剥ぎのようにカロンから奪おうと引っ張り、それに抵抗して彼は踏ん張っているとグラグラと足元の不安定なボートは揺れ、私が一気に力を込めて引っ張った瞬間に限界が訪れる。
「あっ」
「あ」
声を出すのも一瞬、宙に浮いたカロンは引力に逆らえずこちらへ布と一緒に飛んできて、激突して来た。
「こっち来る───ぐえっ」
「ぎゃああ」
「───? おーい、起きろ恐喝犯?」
「誰が恐喝犯だあああ!!」
カッと目を見開き、起き上がりながら即座にアッパーカット。うん。いつぞやは決まらず未消化だったが決まった。
「いっ!? 何するんだ暴力野郎!」
「恐喝から昇格させんなアホ!」
顎を抱えながら涙目でキッと睨んでくるカロンの顔は少女のように────ん?
「顔あるじゃん」
「え? 顔なんて.....ええええ@'a☆$%:|〒^!?」
キレ気味に川に反射する自分の顔を見たカロンは声にならない声を上げながら最後にパタン、と倒れた。
「.....どうしよ」
「ああ別に放置でいいですよ」
途方に暮れている時に頭上から少年の声が聞こえ、見上げると物凄いめんどくさそうな表情を浮かべながら翼をもつ少年は私の前に降り立ってきた。
「だれ?」
「ガブリエル様の使いですよ。あなたを連れ戻すようにって。───はあ」
ため息つかないでくれよ。悲しいから。
「さあさっさと行きますよ。バレたら僕もあなたもどうなるか分かったもんじゃ───」
「どうなるか、だと? 魂の消滅以外あると思っていたのか?
「遅かったか!」
その聞こえてきた声は声だけなのに圧が凄まじく、自分が息を一つするのでさえ許しが必要だと思い込み知らず知らずのうちに息を止めて額に汗を滲ませていた。
「なんだ。流れ者だと言うから粗暴な輩と思っていたが、礼儀のある
「ぷはっ!」
息が出来るってこんなにありがたいのか、と感謝しながらも魂なら息しなくていいんじゃね?と言う疑問も同時に湧いたがドミニオンと呼ばれた少年は流れ者についてだけ説明する。
「人間は全員、死ぬ時が決められているんですよ。サマさんの管轄なので詳細は知らないですけど」
「ちょっと待って。それとこれ、なんの関係が────」
私の言葉を遮ってドミニオンは話を続ける。
「しかし、稀にその
どちらも傲慢から生まれる悲しい存在ですけど、と冷めきった目で語るドミニオンへ私は何も言えずにいるとまた圧のある声だけが響き渡る。
「もうよい
ここまで衝撃的な暴露、そして死後も両親や叔父さんたちに会うことを許されないと言う事を聞いて普通なら打ちひしがれ、素直に応じただろう。
「けど! これだけは許せない! 例えその存在が神であっても!」
「なんだ?」「ばっ! このアホ!」
慌てる少年を尻目に、頭上の暗い岩天井を睨みながら口を開く。
「おい天の声! お前今私の名字なんて言った!」
「お前? 貴様、自分の立場を
「うるさい! もう一度読んでみろ!」
迫力に気圧されたのか、無意味な存在への慈悲からなのか、できれば前者であって欲しいと思いながら声はため息と共に再度名前を読む。
「サエナイヒナノ。年齢は───」
「年齢はどうだっていい! お前サエナイって読んだだろ! 私の苗字は
ゼーハーと息を切らしながら言い切り、静まり返る中わたし一人だけ満足げな表情でいると、クククと忍び笑いが聞こえ始めた。
「くくく、あーっはっはっは! 名字の読み間違えを指定するだけでは飽き足らず、この俺を声だけの存在と呼ばわるか! 面白い! ここ数千年で最も不愉快で愉快だぞ人間!」
「!!」
驚きを露わにするドミニオンの意味がわからず、だが楽しそうな声に私はさらにイライラが募る。
「いいだろう。そこな天使の退散には目を瞑ってやろう。久方ぶりに人間の戯言で笑わせてもらった礼だ」
「私も帰りたいんですけど!?」
「黙れ。冥界の主人に不敬を働いた罪は大きいぞ。苦痛なき消滅は無いと知れ。ケルベロス」
初めての時とは比にならない圧をかけられた私は動けず、その場に跪くと頭頂部と両側頭部に生暖かい風を感じる。
嫌だな〜夢であって欲しいな〜と見当違いな希望を持ってなんとか頭を上げる。
「グルル...」
三つ頭の番犬ケルベロス。冥界から逃れようとする罪人を喰い殺し、外から訪れる異人を殺す処刑人。
オルフェウスのように綺麗な心と琴の音色、ヘラクレスのような勇猛果敢な心と強靭な肉体のどちらかがあれば攻略できるかも知れない。
「でも、私は普通の人間だからなあ」
諦めの笑顔を浮かべ、涎を垂らしながらこっちを見据える処刑人に遺言を伝える。
「それが遺言か?」
「二度も言わせるのは器のなってない男だと思うんだけど?」
「死の間際まで傲慢な。だが、その高潔さは
心は読めなさそうだし、建前はここまで。
だあ、クソが! 何とかしてやりたい事リスト手中に収めたのに死にかけ、その死にかけも本来あるべき姿だあ!? ふざけるな! クソ喰らえだ! 個々の意見も尊重せず、勝手に死ぬ時を設定するな! なら私は小学生のうちに家族みんなで仲良くひき肉ですかい!? そうですかそうですか!
そんな悪口を吐き出しきった頃、待ちくたびれていたケルベロスが舌なめずりをして大きく口を開き迫ってきた。
言いたいこと言えたし、スッキリしたわ。あばよ自己中引きこもり声だけ野郎。
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