第10話
「試薬ネーム
『......陽七乃ちゃん正気?』
一瞬の絶句の後、
『アレはまだ副作用が分からない。だから被験者もまだ募っていないわ! それにどこから存在を知ったの!?』
「え? 叔母さんが渡してくれたプレゼントの中にあったUSBが入っててそれを読み込んだら試薬情報が.....言わない方がいい?」
『今すぐそっちに向かう。だから待ってて』
間髪入れず野上さんはそう言って電話が切れ、私はスマホの電源を切った。
「アレは叔母さんが渡したわけではない...?」
不審に思い、中程の袋をもう一度探す。
「あれ?」
だが、いくら探しても見つからない。
「どこだー?」
病室の至る所を探し回り、ついにベッドの下で埃をかぶっている箱を見つけて手を伸ばしてそれを掴み寄せる。
「さあさあUSB出てこーい」
そう言いながら箱を開けると中には近くの有名なケーキ屋のクッキーの詰め合わせが入っており、USBなど影も形もなかった。
「え? え? だって───」
「さっきまで使っていたのに....って言いたいんですか?」
「あ、ガブ」
いつの間にか扉の前にガブリエルが立ち、USBを手に持って話しかけていた。
「ガブって...僕は友達じゃないんですけど?」
「いや、それよりそのUSB返してよ」
「駄目です。これはこの世の物じゃないんです」
ガブリエルの言っている意味が分からず、手を伸ばして彼の手からUSBを取ろうとすると彼の身体を通り過ぎた。
「あれ?」
「とにかく、駄目ですから」
「あっちょっと!」
USBを胸ポケットにしまったガブリエルは扉を通過して消え、追いかけようと扉に近づいた瞬間勢いよく開き桜叔母さんが入ってきて目を丸くしていた。
「陽七乃ちゃん!?」
「あ、ああ早かったね.....あははぁ」
「それでUSBはどこ!?」
「それなんだけどね.....無くなっちゃった」
「無くなった.....ああ」
叔母さんはUSBが消えたと言うとグラリと揺れ、バタンと倒れてしまう。
「あえ!? 叔母さん!?」
「桜っ!」
「あ、叔父さん!」
倒れた叔母さんの近くに寄り添っていると近くを通りかかった叔父さんが駆け寄ってきて、看護師へ担架と何かの点滴を持ってくるよう命じながら脈などを計って少し安堵の表情を見せる。
「良かった......ただの失神だ」
「なら良かったあ.....」
叔父さんの言葉に安心して肩の力が抜けているとその肩を掴まれ、怖い笑顔を浮かべながら叔父さんが話しかけてきた。
「陽七? 何を言ったんだい?」
「何も言ってないよ?」
「ほ ん と う に ?」
「......言いました」
圧怖いよ叔父さん。
「何を言ったんだい?」
「ここじゃ聞かれるとマズイ内容だから別室で」
叔父さんは黙って頷き、駆け寄ってきた医師に引継ぎを頼んで防音性のある部屋を借りて中へ通す。
「それで? 何を言ったんだ」
「実は───」
私はガブリエルの存在は伏せてなるべく辻褄が合うように説明をし、叔父さんは黙って頷いたりして聞いていたがUSBの中身の正体、そして消えたことを伝えるとみるみる顔を青くしたり赤くしてわなわなと震えて机をバンと叩きながら立ち上がった。
「桜の会社の試作薬の情報が漏洩した!? あまつさえその証拠となるUSBが消えただと!?」
「う、うん.....」
あまりにも凄まじい迫力に肯定しか出来ず、叔父さんはそれが気に入らなかったのか椅子を蹴飛ばして獣のような声を上げる。
「陽七、本当に無くなったのか?」
「うん。スーツの内ポケットに入れてたはずなのに無くなってたの」
「穴は空いてないのか?」
「空いてない」
すがるような質問を否定すると叔父さんは般若のように顔を歪ませて机を思いっきり殴った。
「ああっ! クソ!」
「叔父さん、手は仕事道具でしょ? もう少し労わった方が───」
「分かってる! だが、どうすれば良いって言うんだ!?」
その言葉に痛いほど二つの気持ちが揺れていることが分かり、私の胸にも鈍い痛みが走る。
「叔父さん.....」
「いや、お前しか中身とUSBを見ていないなら露見していないも同然だ。詰められたら俺が庇ってやる」
違う。待って叔父さん。
「とにかく、この事は内密に。分かった────陽七!!」
椅子の背を掴もうと手を伸ばしたが視界の歪んだ世界ではあえなく掴めず空を切り、床に敷いてあったはずの絨毯が視界を埋め尽くす。
「はあはあはあ」
「陽七! しっかりしろ!」
声が出せない。胸が、痛い。
たすけ────
「やれやれ。手のかかる人ですね」
〈だれ?〉
「ああ、落ち着いてくださいね。今のアナタは事情があって動けないんです。ですので一方的に話を聞いてください」
〈オーケー〉
影で顔の見えない男へ頷く。いや、彼の言う通り自分が動かしているかも分からないので頷いた気だったが意図は伝わったらしく話が始まる。
「ここはこの世とあの世の狭間、つまり冥府ですね。そっちで言う三途の川」
〈え?〉
「驚きますよね。ええ。普通は天寿を全うしたおじいちゃんおばあちゃん、果てにはえげつない凶悪犯とかが来るんですけど全員死んでます。ですがアナタは生きている」
正確には昏睡状態ですけど、と付け加える男は影で相変わらず顔は見えなかったがきっと困惑の表情が浮かんでいることだろう。
「いやホント困惑してますよ。だって、普通は影が来るのにアナタは生身なんですもん!」
〈生身? 影?〉
「そうです! 普通は肉体ではなくそれを投影し続けたスクリーン、
〈なんか、ごめん〉
「いいですよ....別にアナタが悪いわけじゃないですし.....謝られると惨めになって仕方ないので......」
〈その言葉が私を傷つけてるって知ってる?〉
「知りませんよ.....手違いで来たとはいえ引っ張られやすいアナタにも原因が───ちょっと待ってください。幼少期死にかけました?」
〈なんで知ってるの?〉
私が驚きを表すと男はため息を深くつきながら両腕で頭を抱えてのたうち回る。
「逃れ者じゃないですかっ! もっと面倒くさい!」
なんだ、この人.....そんなことを思いながらのたうち回る彼を見ていると私は気付いた。影で男の顔が見えないのではなく、顔という概念そのものが無いと。
〈カオ〇シ?〉
「それ知ってますからね。最近の魂に教えてもらいましたから。悪口ですよね」
〈そんなつもりはなかったけど、気分を害したならごめんなさい〉
「素直に謝って許すならこんなことにはなってません。誠意を見せてください」
顔のない男は憤慨しながらそう言って、片手をずいっと私の前に差し出す。
〈どういう意味?〉
「あなたたちの世界で言う誠意と言ったらアレしかないでしょ」
ああ~そういうこと.....まさかとは思ってたけど、悪い文化の方が伝わってるのか...。
「ほら、早くしてくださいよ」
〈両腕動かせないし、それどころかあるかも怪しい人間に出せって中々責めてると思わない?〉
精一杯の皮肉のつもりだった。だが、男はフンッとない鼻を鳴らして得意げな声で話す。
「何言ってるんだか。動かせるし普通に喋れますよ」
「え? ホント?───マジじゃん!?」
さっきまで動けない、喋れない、感覚が無いの三不が揃っていたのにカオナシが指摘した瞬間、全てが戻り動き回れるようになり自分の腕が視界に入り懐かしさを感じた。
そして同時に問題も露見する。
「ちなみに服はない? 着てたはずなんだけど」
「ないですよ」
きっと「何言ってんだコイツ」みたいな表情を浮かべながら言ってるんだろうな。言葉に力がこもってない。
「てか、カオナシって勝手に名前つけないでください」
「じゃあ名前教えろ」
「名前教えろって.....来客だからってデケエ態度取ってると沈めますからね」
カオナシは凄みをきかせて言っているんだろうけど、いかんせん顔が無いからイマイチ迫力に欠けてしまう。
「そんなに顔って重要なんですか」
「ああ拗ねないで」
すっかり聞かれていることも忘れて率直な本音でいるとカオナシはいじけて川岸に接舷していた小さめのボートに乗り込み、ど真ん中で体育座りをして思いっきり沈み込む。
小学生かよ。
「うるさいっ! 僕だけがここの舟渡をしてるんだぞ! いなかったら二百年近く泳ぐんだぞ!」
まあまあ落ち着けやカオナシ。
「せめて声に出して! セリフとは対照的に冷めきって軽蔑した感じの声が聞こえて悲しくなる! あとカオナシって呼ぶな!」
じゃあ名前教えろ。
「分かった! 教えるから喋ってくださいお願いします!その深淵みたいに闇抱えた声を聞かせないでください!」
はよ言え。
「カロン!」
「よろしくカロン。まずは向こう岸までよろしく」
ボートに乗り込み、腰を下ろすと縮こまっていたカロンと言う男は顔をあげてこっちを見て、またしても硬直した。
「え?」
「いや、向こう岸まで頼むって。多分責任者がいるんでしょ?直談判するよ」
「そんな無茶が通用すると!? 大体船賃すら貰ってないのにどうして乗せる義務が───」
顔。
「はい! 喜んで運ばせていただきます!」
左江内陽七乃、冥界でも元気です。あ、服欲しいな。
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