第9話

「私の余命があと半年? どういう事?」

「気にしないで。性質たちの悪い冗談とでも思ってください」

「気にしないわけないでしょうが!」

 ベッドから飛び降りガブリエルに掴みかかって触れられることに驚いたが、言葉を続ける。

「今言ったことが本当なら予定を組み直さないといけない。だから言って!」

「...」

「なんか言って...なんとか言えよ!」

 言い表せない感情があふれ出し、視界がぼやけ、身体を震わす。

「...本当に何も言えないんです。すいません...」

「...」

 声も出せずに泣き続ける私へガブリエルは声をかけ、触れていたはずの胸ぐらの感覚が消えていき顔を上げるとそこに彼の姿は無くなっており、激情を煽りついに声を上げて泣いてしまった。

「わあああああ!!」




 ──病院の屋上にて──

「言い方、もう少し優しく出来ないんですか?」

「出来たら苦労しないよ。それに、このケースは初めてじゃないでしょ? 君も」

 雨が降っているのに男は傘をささず、転落防止の手すりへ寄っ掛かり、同じく傘もささず貯水槽の上で足をプラプラさせながら不平を述べる少年へ反論した。

「別に構わないですけど、それで自殺とかされたら後処理がめんどくさいんですが?」

「確かにずっと泣きじゃくってて話にならないもんね」

 知ってるなら尚更なおさらだと少年はバッシングする。

「まあ、あの程度で自殺はしないでしょ」

「どこからその自信は湧くんですか? まさか長年の勘とか仰るんですか?」

 探るような、それでいてどこか皮肉った口調の少年に対し男は預けていた身体を起こし、指を鳴らす。

「その通り。これは長年の勘さ」

「ずるーい」

 少年はブーイングをしながら貯水槽から飛び降り、男の胸に指を突きつけながら口を尖らせる。

「とにかく! 残り僅かとか分かってる対象にんげんをイジメないでくださいね!」

「それについてなんだけどね、頼みがあるんだ」

 男は話を聞いていないふりで聞くことを承諾していない少年へ頼み事を話す。

「実は───」

 その内容を聞いた少年は驚き、あんぐりと口を開き絶句する。

 ここまでで不思議なのは二人とも雨の中傘をさしていないにも関わらず一切濡れていないことだった。

「どうかな?」

 男の問いかけに少年ははっと正気に戻り、ブルブルと首を横に振って否定する。

「駄目ですよ! そんなこと許されるわけがないです!」

「無理言って申し訳ないけど話を通しておいて。最悪僕も出向くから」

「いい加減にしてください!」

 天真爛漫だったはずの少年の声は低く変化し、身体もみるみる成長して男を見下ろして睨む。

「あなたの階位がどれほどかは知っています。だからこそ許されない行為です」

「分かっているさ。でも、こういうのを頼めるのは君しかいないんだ。分かってくれないか? 『主天使ドミニオン』」

 男がドミニオンの名を口にすると大男はみるみる小さくなっていき、少年の姿へ戻って複雑そうな顔を浮かべていた。

「頼む」

 男は重ねて頭を下げる。

「わっ、いや頭を上げてください......お願いします......」

 頭を下げられた少年はしどろもどろになりながらそれよりも低い姿勢で頭を下げて上げるよう懇願する。

「約束守ってくれるかい?」

「ま、守ります! 守りますから上げてください!」

 男は少年の必死そうな声を聞くと勢いよく上げ、その顔には薄ら笑みが浮かび上がっており少年はその顔を見てまた硬直した。

「は、嵌められた.....?」

「ははっ。どうかな?」

 男は意味有りげに笑うと少年はため息をつき肩を落とす。だが、その顔には少し爽快感と諦めが浮かんでおり、一息で浮かび上がる。

 浮かび上がった少年の背中には羽が一対、そして右手には書物を持ち男を見つめる。

「頼むよ」

「仰せのままに。『神の人』」

 少年は男へ跪き、雲の間から差した一筋の光が消えるのと同時に去った。



 ──病室に戻る──

「.......」

 失意しか残っていない。一年しか残っていない寿命だから、と河野先生には嘘を言って仕事漬けの余生を過ごそうと思っていた。

 なのに───

「なのに、どうして半年しか残っていないの...!」

 枕に顔をうずめながらボスボスと殴っていると止まっていたはずの涙が再び湧き上がって枕を濡らし始め、声を枕へ吠えたてる。

陽七ひな、入っていいか?」

「っ! い、いいよ」

 扉の向こうから聞こえた叔父さんの声に慌てて涙をぬぐい、濡れていた箇所を裏返して何事もないようにしてから返事をすると暗い顔を浮かべた叔父さんが入ってきた。

「悪いな.....お前に告げるべきじゃないのは分かっているんだ。だが.....」

「良いよ。言って?」

 こみ上がる感情を押し殺しながら務めて明るい声で返事をすると一瞬の躊躇ためらいいを見せ、深呼吸と共にそれを吹っ切ったのか真面目な表情で長く連れ添った病魔を告げてくる。

左江内陽七乃さこうひなの、病名は大動脈弁狭窄症。既に弁が石灰化しているのが分かった。大動脈弁置換術を施術しない限り、完治は絶望的だ」

「そうか。そうだよね....」

 いざ言われてみるとショックの方が大きく、思っていた通りの言葉が出ないで詰まる。

 詰まった私を見て察した叔父さんは一層顔を暗くさせ、質問を続ける。

「何か無かったのか? 症状は? 些細なことでもいい!」

「寝る時に息苦しかったり、時々目まいがしたくらいかな。それも十年来だし、慣れちゃったけど」

 私は茶化すつもりでていることを言うと今度は顔を青くさせながら駆け寄って私の両肩を持って何かを言おうとして嗚咽が漏れ身体を震わせていた。

「ど、どうしたの!?」

 慌てると叔父さんはぐしゃぐしゃとなった顔を上げ、何も言わずに抱きしめて理由を話す。

「良いんだ。お前は悪くないんだ...だから、だからあと少し...このままでいさせてくれ...」

「...」

 私は無言で抱きしめ返すと身体を小さく震わせ、そのまま私たちは時間を過ごした。

「最善は尽くす。これ、明後日までにサインしておいてくれ」

 叔父さんは去り際に紙を一枚置き、扉を閉める間際小さな声で「すまない」と言って扉を閉じた。

 置かれた紙を見ると手術の同意書だった。

「...謝らないといけないのはこっちかも」

 謝罪を口にしながら同意書を破ろうとして踏みとどまり、四つ折りにしてラックに差し込み叔母さんから貰った中程の袋を思い出して取り出す。

「開けるの勇気いるな...」

 少し躊躇ったがどうせもうすぐ死ぬ命だとヤケを決めて封を開く。

 封を開くと白い箱があり、さらに中を開くとUSBが一本入っていた。

「どういうこっちゃ...」

 叔母さんの言っていた”プレゼント”の正体がさらに分からなくなったがとりあえずパソコンに差し込む。

 デスクトップに表示された通知をクリックするとタブが開かれると、パスワードを要求する画面が浮かび上がりさらに困惑した。

「んーベタだけど名前打ち込んでみよ」

 試しに”sakura yamagami”と打ち込むと一瞬のロード画面ののち、新しいタブが開かれる。ザルすぎない?

「これ...一般人閲覧していいやつじゃないよね? 正気?」

 そこには現在公開されていない試作薬の構成式、用途などが事細かに記載されており、それぞれにコードネームが割り振られていた。

「なんか趣味が分かるなあ...」

 どれもこれも薬にしては禍々しい名前が命名されておりスクロールして見ていたこっちが恥ずかしくなる。

 そんなこんなで適当に見ていると一つのコードネームに目が行き、クリックする。

「これは特効薬? いや、症状を緩和するタイプ?」

 詳細を読むとどうやらコレは症状をやわらげて手術までのサポートや術後の経過によって投与されるタイプだと分かった。だが、最後の注記で何故コレが世に出ないのかが判明する。

「『現在、本試薬は構成式、投与方法など既に完成しているが人体に及ぼす副作用が未知数のため被験者を募る』って結構グレーだな」

 ため息をつきながら私は画面を閉じてUSBを抜き、万が一に備えてこれはスーツの内ポケットに隠してベッドへ戻り時計をみると午後六時。

 半年ってアイツに言われたのが二時ぐらいだったから四時間ぐらい泣いたりしてたのかと分かってビビった。

 とりあえず色々疲れたので叔父さんに夕食はいらないという旨の連絡を入れて布団を頭から被る。

 疑似的な暗闇の中、さっき見た副作用が未知数という箇所を思い出し余計に恐怖を煽る。よく分からない恐ろしさが胸にこみ上げ、背中を丸めてうずくまっていると一つの計画が思い浮かぶ。

「でも、”アレ”なら私と...よし」

 計画に不備無しと確認し、スマホを開いて少し特殊な電話番号を入力してコールする。

 数秒間の呼び出し音が途切れるとオペレーターが電話に出た。

『こちら人事課です。所属と御用をお伝えください』

「研究科所属、番号xxx-xxxxx-xxxの野上智広のがみちひろをお願いします」

『お待ちください』

 オペレーターはそう言って保留にし、直後に聞き慣れた声が聞こえる。

『お電話代わりました野上です。どちら様でしょうか?』

 ビンゴ。ニヤリとしながら要件を口にする。

「試薬ネームchickヒナの試験に志願したいのですが」

 電話越しにも分かる絶句。ガブリエル、言われた通り私は己の願いのために他人に迷惑をかけるよ。

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