第6話
「あと一年、ですか?」
余命宣告をした若い医師は私を見ず、俯いた状態で小さく頷く。
「やっぱりそうですか(笑)」
「......気づいていたんですか?」
笑って答えると医師は心底驚いた様子で声を少し震わせながら聞いてきたので真似るように小さく頷き、自分の心臓のあたりをトントンと指で叩いて理解していると示した。
「ならどうして.....今すぐにでも入院しましょう。そうすれば将来も───」
「いいえ。治療は受けません」
「なぜですか?」
やっぱり同じような反応をしてきた。患者を第一に考えている人だ。きっとこの人が主治医になったら泣かせてしまう結果になるのは分かりきっているし、
だからこそ改めてそれを知った時、覚悟は出来上がった。あとはそれを切り出すきっかけだけだったけど、今それは開かれた。
「だって、チューブに巻かれて薬の副作用で苦しみながら長生きを望むほど私の人生は素晴らしいものではなかったし、お見舞いに来てくれる人もいない。それに死ぬなら夢───その道半ばで倒れて、見上げて終わりたいんです」
精一杯の笑顔を作り、この初めて会った医師を安心させようとしたつもりだった。けれども実際には声は震え、顔は笑顔とは程遠い恐怖と絶望から成る悲しい笑顔を向けてしまい余計に負担を与えてしまったらしい。本当にごめんなさい。
「左江内さん...僕で良ければ────」
「左江内さんがいる病室はここですかい?」
若い医師が何かを言おうとして陽気な声が遮ってきた。
声は入口から聞こえ、そちらへ視線を向けてぎょっとする。
叔父さんだった。
「叔父さん、もう少しそのわざとらしさなんとかならない?」
「可愛い姪っ子が搬送されて食事も喉を通ったんだぞ。悠長に構えるしかできないよ」
「それいつも通りじゃん」
「元気そうでなによりだ。
叔父はそう言うと私の頭を優しく撫で、それが会話の終止だと気づいた若い医師は目を見開き上ずった声で名前を呼ぶ。
「や、
「おう。優しくしてやってくれ」
撫でていた手でバシバシと頭を叩きながら山上叔父さんは目線で外へ出るよう促したらしく、若い医師はお辞儀をして病室から外へ出て行った。
「ふう...陽七乃、お前入院する気ないのか?」
「さっきも言ったけど毛頭ない。ほら、早く退院させてよ」
「とりあえず二日ぐらいはここで養生しとけ。あと、そんな簡単に退院出来ねえから」
最後の方は適当な物言いでポケットからのど飴を取り出して渡して病室から去っていった。
そして私以外誰もいなくなった病室は途端にシンとし、改めて一人なんだなと痛感させられ寂しくなる。
「やっぱり、恋人とかも欲しかったかもなあ...」
返答はない。
思えば昨日から怒涛の展開が多かった。友達だと思っていた人は結婚報告のハガキを送ってきて家には天使と言う名の不審者、その翌日にはパワハラがついに白日の下に引きずり出され、そのまま倒れて搬送先で告げられた余命。
「んーもう考えても仕方ないか!」
思考を放棄し、ベッドに倒れこんで天井を見てあっと息を呑んだ。
「いつからそこに?」
「そりゃあ、運ばれてから」
動画投稿サイトで昔見たア〇ソックのCMみたいに天井に張り付いている(?)ガブリエルは気づかれたと分かると降り立って椅子に腰かける。
「目覚めてすぐ起き上がって、ブリッジもどきした時見られたかと思ってヒヤヒヤしてました」
「こっちも寝ようと思ったら天井に男張り付いてたからビビったわ」
ガブリエルはその返しに苦笑し、懐から紙を一枚取り出して渡してきた。
「これは?」
「よく読んでください」
渡されたそれは契約書のようなものかと思ったがそれは違い、私の半生を記した履歴書のようなものだった。
「わー懐かしい...あっ、こんな事もしてたなあ」
今から遡る形で見ながら過去に
《
「お父さん...お母さん...そうか、もう十年以上前だもんね」
「不快にさせるつもりはなかったんですが...すいません」
この二日間では珍しく、しょぼんとして頭を下げるガブリエルに少し同情心を持ちながらもこれは好機だと思い『ある計画』をぶつけてみる。
「ねえ、もし本当に申し訳ないと思うなら──」
計画を告げられたガブリエルは青い顔をさらに青くさせて後ずさった。
「いや、そんなこと...」
「じゃあ、ちょっと譲歩して退院まで協力して」
絶句し、しばらく棒立ちだったガブリエルはため息を大きく吐いてから小さく頷く。契約完了! ひゃっほう!
「でも、その後は保証しかねますよ?」
「大丈夫。『奥の手』があるから」
ニヤリとし、ピースサインをするとガブリエルは笑い、壁を通り抜けようとする間際に「ピースサインはギリシャ人にしちゃいけませんよ。『くたばれ』って意味なので」と言い残して消えていった。
「ギリシャ人の知り合い居ないんだけどなあ」
正真正銘ぼっちになった病室で頭を枕に預け、目を閉じる。
「あ、起きた?」
「うん。まだ着かないの?」
「あと一時間ぐらいかな。到着したら温泉にダイブしようか」
「貸し切りだからって迷惑かけないでよ?どうして男の子っていつまで経ってもこう幼いの...?」
車の後部座席で目覚め、前に座る二人と話していると助手席の女性は困ったようなセリフを言っているが口調はどこか嬉しそうな様子で、運転席の男性は子供よりも幼さそうにハツラツとしていた。
「そろそろ運転代わらない? 仮眠ぐらい取った方がいいわ」
「ありがとう。でも、もう少しだし疲労が溜まっていればいるほど温泉が気持ちいじゃん?」
「天性の変態ね」
「パパへんたーい!」
子供が意味も分からず楽しそうに言うと二人は吹き出し、車内は笑い声で満たされる。
「ふわあ~...うん、代わってもらおうかな。休憩も兼ねて次のサービスエリアに入場するぞー!」
「わーい! アイスー!」
「んー? なんかすっごい懐かしい夢を見た気がする.....」
垂れた涎を
「おはよう陽七! 朝の調子はどうかな?」
「おはよう叔父さん。最悪の目覚めだよ」
「なんだって!? どうしたら最高の朝になるんだい!?」
「黙って朝食を用意して。あと単純にキモイ」
そう言うと叔父さんは肩を落としてあからさまに落ち込んで病室を去っていった。本当に何がしたかったんだ?
自分で言うのもアレだが叔父さん夫婦は子供を早くに亡くしていたからこそ私を引き取った時、とても大事にしてくれた。もし生きていたら私の弟みたいになっていたかもしれない。
「だからこそあの過保護さを抜きにすれば超絶カッコいいスーパードクターなんだけどねえ.....」
若き心臓外科のスペシャリスト、それが世間から見た
「朝食をお持ちしました」
「ありがとうございます──って部屋間違えてません?」
配膳された食事はVIPかと思うぐらい豪華で、とても美味しそうだった。
「いえ? ここで合っていますよ」
そう言って看護師は部屋を出ていき目の前には食事が食べられるのを今か今かと待ち受けるかのように日光を照らし返す。
「こんなマトモな食事...!」
社畜生活八年、涙しながら栄養満点な朝食を就職以来初めて取りました。
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