第5話

 胸の激痛から倒れ、一瞬目を閉じてから再び目を開くと私は変な場所に立っていた。

「ここどこ?」

 見渡す限り黒い空と灰色の地面。いつの間にか胸の痛みは無くなっておりこれ幸いと考え現実離れしたここを散策し始める。

「にしても静かな場所だな~。音がない」

 歩いている地面も砂のように柔らかく、ハイヒールの音も鳴らず周囲からは風の吹く音さえも聞こえない。こういうのは実家でも滅多に体験した事が無かったと思い、そこから最近帰省していないな~学校の友達とか今何してるんだろう、などと考えながらしばらく歩いていると塔が見えた。

「お、第一村人発見コース?」

 幼少期に見たテレビ番組のようなことを呟き、何のためらいも不信感も抱かず扉を開け放つ。

「こんにちはー? 誰かいますかー!?」

 中はハリー〇ッターのあのテントばりに時空歪んでね? ってぐらいに広く、内装は大きなホテルのエントランスのようになっており光源は受付カウンターだけしかなかった。

 ホテルのエントランスのようだと表現しておきながらも一切の装飾などは無く、比喩表現抜きで本当に受付カウンターのみ鎮座しており、とりあえず人の有無を確認しようとカウンターに近寄る。

 カウンターには昔懐かしいファミレスとかで見かけるベルだけが置いてあり、誰もいないしこれで呼べと言うことかと思って軽くプッシュした。

 チーン

 押した割に大きな音がエントランスいっぱいに響き壁に吸い込まれるかのように余韻を残しながら段々と消えていき、また無音となる。

「ちぇっ、誰もいないのか」

「失礼な。いますよ」

「うおおビックリした」

 ガッカリし、塔から出ようと振り向くとそこには執事のような恰好をした美青年が立っていた。

 普通なら案内してくれそうだが赤い眼でジロリと一瞥した後でどこかうんざりしたような表情で声をかけてくる。

「とりあえず驚くのは勝手だけど君の名前は? 悪いけど忙しいんですよ」

「自分から名乗るのが礼儀でしょうよ。違う?」

 少しからかうような意図を込めて言い返したつもりだったがどうやら気に召さなかったらしく小さく舌打ちをし、どこからか取り出した分厚い本を広げてモノクルを装着して何かを探し始める。

「えーと?...ああ、コレか。どれどれ───まだ寿命を迎えてないじゃないか! どうしてここに居るんだ!?」

 なんのこっちゃと呆気に取られているとバタンと本を閉じて青年はいきなり私の手を握ったり顔をペチペチと叩いてきたりしてきた。

「イタイからやめろおっ!?」

「マジで生きてるのか...お前早くここから去れ!ここを出て行ってまっすぐひたすらに走れ! 分かったな! 分かったら出ていけ!」

「え? いや、え?」

 青年は切羽詰まった様子で私の手を掴んで塔の外へと投げ、乱暴に音が鳴る勢いで扉を閉め、塔の扉はそのまま消えてしまいしばらく呆けていると目の前に簡素な扉が現れた。

「これに入ればいいのかな?」

 扉を開き、ギイイと軋みながら開いた先はトンネルに繋がっており扉を超えると塔のように扉も消え去っていく。

 トンネルの中を見渡すと、前方の遥か彼方から光が強く点滅しこっちへおいでと手招きをしているように感じて足を踏み出すと胸に強い痛みが走った。

「ぐっ!?」

 あまりの痛さに思わず倒れ、左胸を強く握り上げ痛みを紛らわせながら立ち上がり光の先へと一歩、また一歩と進んで行く。だが痛みは光へ近づく度に強くなっていき、ついに立っていられなくなる。

「あと少し..あと一歩なのに!」

「────い! おい! 起きろ!」

「!!────ぬああああ!」

 光の先から聞き慣れた誰かの声が飛んできて、それが聞こえる度に身体中に走る激痛が徐々に和らいでいく気がして咆哮を上げながら立ち上がる。

「おおおお!!」

 立ち上がっても激痛があるのには変わりがないのでその一歩のために全身を使って光へ飛び込んだ。飛び込むと眩しさに目を潰され、全身の激痛も段々と消えていき眠りに落ちた。

「ふあっ!?」

 眼を見開き、ガバッと起き上がると腕には数本の管が刺さっていることに気付き周りを見ると同じようなベッドがあって病院だと分かる。

「え? なんで病院?」

 ピッ、ピッと同じリズムで鳴り続ける心拍計を見ると健康そのものを示しておりひとまず安心した。だが同時に次はもっと大きな不安が襲い掛かってきた。

「今日の日付は!?」

 右側にあったデスクの上にある時計を見ると私が倒れてから一夜程度だった。

「ふー、ひとまず安心───じゃないっ! 仕事が! 終わってない!」

「仕事仕事ってうるさいですよ。先輩こういう時ぐらい忘れたらどうです?」

 ベッドの上で頭を抱えてのけ反る勢いでいると亜紀ちゃんがビニール袋を持って笑顔で見舞いに来た。

「おおー亜紀ちゃん。私のパソコンは持ってきた?」

「人の話聞いてました? 養生してください」

 笑顔を崩さず、ベッドの空いてる場所に腰掛けながらリンゴを取り出してペティナイフでそれを切りながらあの後を話し始める。

「ちなみに残っていたお仕事は全部みんなで分担して消化しきりましたので安心して養生してくださいね~」

「いや、終わったら新しい仕事を──」

「養生してくださいね~」

「だから新しい──」

「養生してくださいね~」

「──はい」

「素直でよろしいです。はい、どうぞ」

 声の調子はそのまま私が折れるまで亜紀ちゃんはずっと同じ言葉を繰り返し、その度に手元のリンゴから果汁が漏れており、頷くとウサギさんの形に切ったしおしおのリンゴを食べさせてくれる。

 笑顔怖いよ。亜紀ちゃん。

「ほれで? ふひょうどーなっはの(部長どうなったの)?」

「ん-と? とりあえず自宅謹慎。先輩の容態が良くなり次第にも先輩へもこれまでの被害を聞くらしいです」

 うーん、実に困った。と言うのも実的被害を被ったわけでもなく、ただ仕事を押し付けられその度に帳簿を記しているわけではないので言い逃れはし放題。言っても多分取り合ってくれないだろうな~。

「もしかして先輩、自分の意見だけだし取り合わないだろう。とか思ってません?」

「え? よく分かったね」

「クマと同じく顔によく出てるんですよ」

 またしても目の下をなぞりながら笑ってくる彼女には隠し事など全て筒抜けなんだろう、と思っていた。だからこそニヤリと笑い頷くと亜紀ちゃんは得意げな顔で胸を張った。

「安心してください。課のみんなも意見してくるので絶対に無視はされないし無傷ではすみません!」

「うわ、行動力の塊」

 この数時間でどんな働きかけをしたのだろう、と問いたくなったがそれは野暮だと思い胸の内へとしまい、聞きたかったことを質問する。

「そういえば上手くいってる?」

「え? 何がですか?」

 キョトンとした顔で聞いてきた。この鈍感娘め。

「何って決まってるじゃん。上平常務と、だよ」

「すこぶる良好です!」

「おお、即答」

 笑顔をさらに上乗せしたキラキラスマイルで返されリア充羨ましすぎる、と自分で自分の傷をえぐる結果となり心臓とは違った痛みを胸に抱えていると医者らしき人が入ってきた。

「ああ、体調は良さそうですね。ですがお見舞いにいらっしゃった方はちょっと外で待ってもらっていいですか?」

「はーい。それじゃあ先輩元気になるまでお仕事禁止ですからね!」

 おーう、どうやって暇を潰そうかなと考えながら手を振りながら見送って静かになってから医者に顔を向ける。

「それで、どうなんですか?」

「分かっていましたか。なら話は早いですね」

 ため息を一つ吐き出し、メガネを拭いてかけ直してから医者は真剣な表情と声で予想通りの宣告が来た。

「左江内さん、もう誤魔化しきれません。おそらくあと一年弱しか生きられないかと」

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