第4話
ゴトンゴトン、と電車は音を立てながら中を揺らしてそれぞれの死刑場や釈放先へと案内していく。
『次は~〇〇駅~お出口は~右側でえす』
「はあ.....」
ああ、最寄り駅の名前が聞こえた。行きたくないけど一年以上歩いてきた通勤路は目を瞑っていても行けるんじゃないかと思えるぐらい足取りは軽く、自信に満ち溢れており恐らく死んだ顔の女がシャキッとして歩いているというなんともシュールな絵面に見えているだろう。
そんなこんなで冷静な分析に一人興じているといつの間にかビルが目の前にそびえたっていた。
手慣れた手つきでバックからIDカードを取り出して目の前の改札もどきにかざす。
ポロン、とオシャレな音と共にガードが道を開き入口を通り過ぎる。
「おはようございます」
「お、おはようございます.....」
守衛さんはいつものように笑顔で挨拶してくる。これも一年以上やってきたやり取りなのに未だに顔を見ながら返事をすることが出来ずにいる。
挨拶(一方的に会釈し返しただけだが)を終えたら待ち受ける第二の難関。エレベーターだ。
ここは多くの社員がそれぞれの部署へ移動するため列になる場所であり、そして高確率で同僚と遭遇するスポットでもある。
「あ、先輩! おはようございます!」
「おはよう亜紀ちゃん」
「サエナイ先輩は相変わらずですね」
「うるさい」
そう言いながら笑顔で目の下をなぞる後輩こと篠森亜紀は私直属の部下でもある。仕事は上々、さらに顔も良くて体型もスラっとしていて羨ましい。ちなみに本人曰く低身長がコンプレックスらしいが可愛いと男共からは評判だ。
そんな私からの評価など知らずに彼女は私を見上げながら話しかけてくる。
「でも、先輩なんか今日は違うんですよね〜?」
「どう違うのさ?」
「いや、なんて言うか直感なんですけど───家に誰か連れ込んだりしてます?」
ギクリとしたが同時にあり得ないので思わず私は吹き出してしまった。
「ははは、亜紀ちゃんそういう冗談は程々にしとかないと嫌われちゃうよ?」
「え〜?」
まだまだ知りたそうにしていたが丁度エレベーターが来たのでそのまま押し込まれて収容されると亜紀ちゃんとは離れてしまう。
いやはや、でも半分は当たってるので油断はできない。
亜紀ちゃんはどこかの神社の神主さんの娘らしい。しかし、本人がそれを否定するのでやっぱり嘘だと思われがちなのだが勘が冴えていたり結構風水など詳しいのであながち間違いないのでは?と同僚たちからは囁かれている。
やがて緩やかに停止し、階数を告げながらドアが開き一部の群れと共に外へ出ると、目の前には奥まで続くデスクの通路と鳴り止まぬ電話。ああ、もう引き返したい。
そんな事を思った矢先に背中をドン、と叩かれ振り向こうとして脇本を通り過ぎる人影が一つ。
「先輩今日も頑張りましょうね!」
「え、あ、うん....あはは.....」
今日も元気だなぁ亜紀ちゃんは。
鬱蒼としながら自分のデスクへ向かおうとして、既に書類の霊峰が出来上がってるので遠目からでも分かった。
「ちっ」
「よお、
舌打ちした直後に後ろから話しかけてきたこの男は
ちなみに私は係長。女のくせに、とかいう古臭い人間からのエールを受けながら今日も頑張ってます。
「昨日の飲み会誘おうと思ってたんだが───なんだあの山は?」
「ああ、どうせあのハゲ野郎の嫌がらせ。ホントしょうもないんだよね....」
ハゲ野郎、と言うのはここの階の責任者である───名前も言いたくないので伏せておく。
大体は字体を変えろ、というだけの簡単な仕事だが稀に資料を分かりやすく絵にしろだとか、汚い字で書かれたメモ書きをエクセルやワードでまとめろと言った明らか管轄外な仕事も紛れ込んでいる。
「ひでえな....手伝うか?」
「いや、大丈夫。それより亜紀ちゃんとの親睦でも深めてきなさいよ。彼女を知らずに狙ってる奴は多いよ?」
「そりゃヤベエ。急いで囲わなくちゃ! それじゃあ、また後で!」
手を振って送り、ため息一つを吐き出してデスクに向かう。
「さーて、さっさと終えますか」
「頑張ってくださいね」
「おう、頑張る───は?」
山の頂上から崩そうと手に取った瞬間、聞き覚えのある声が聞こえ思わず振り向くとそこにはガブリエルが青い顔で立っていた。
「なんでアンタがここにいんの?」
「その様子だと封筒開けてませんね?」
「帰ったら開けるからさっさと失せろ」
追い払う仕草をするとガブリエルは嫌そうな表情を浮かべながら、手に持っていたブリーフケースから封筒を取り出して机に置いてくる。
「今読んでください」
「はいはい後でね」
机の中に渡された封筒をしまい、パソコンを起動しながら仕事に取り掛かる。
やはり大方は字体の変更や汚いメモだけだった。まあ、ページ数の多い資料なので霊峰が出来上がっていたというのは半分以上捌いてから分かったことだが。
「んー! やっと半分....」
周りを見れば既に八割の席は埋まっており、みんなパソコンと睨めっこしたり隣の席の人と喋りながら、など賑やかだった。
さて、今日は何時間経ったのだろうかとデスクに置かれている小さな時計を見ると針は十一時半を差している。
「なっが」
「おい
大きく顔をしかめ、舌打ちを相手にかましながら頭部に乗っかっている不自然なカツラを剥ぎ取ってやりたい衝動を抑えて笑顔を無理矢理に作って目の前の
「先輩おはようございます。いや、もうお昼なのでこんにちはですか?」
「そういう御託はいい。俺が課した仕事は終えたのか?」
見りゃわかるだろうまだ半分しか捌けてねえよ! という心の声を封じ、大げさに驚いた表情と反応で自身の机にそびえ立つ霊峰を指差した。
「ああ、まだ半分しかできてません! すいません」
「お前なあ、これは今日のプレゼンで使うんだよ! 早く仕上げろ!」
ここの責任者ってのと私の上司ってだけで偉そうにふんぞり返り挙句は仕事を押し付けてくるこのいけ好かない奴を誰か裁いてくれ....
そんなことを思いながらペコペコと頭を下げ、謝罪して頭で汚い唾液を受け止めていると救世主がやってきた。
「部長、一人にそうやって仕事を押し付けるのは非効率的ですよ」
「上平さん...いや、これはサエナイの実力を知った上での適正な仕事で───」
とても見事な絵に描いたテンパる
「ここに居る皆に聞きたい。部長はいつも
沈黙が伝染する。しかし、その中でも上平常務の質問に対して昨日私のオタクが露呈してしまった後輩(亜紀ちゃんとは別の人)が手を挙げた。
「君か。どうだい? 彼女はいつもこれを済ませてるか?」
「い、いいえ! いつも部長がそれを半分ほど終わらせているのを見計らってさらに増やしてます!」
「お、お前!」
直後にザワザワとするフロアー。いや、あんたらはその惨状を一年近く見て見ぬふりしてたのにここでそんな初耳みたいにするのは意味が分からない。まるで、大学時代だと思いながらやっぱり人間って成長が止まるっていう話はあながち嘘ではないな、と一人別世界にいたらいつの間にか話は終わっていて上平専務が青い顔の部長と数名のフロアーにいた私の同僚を引き連れて奥の会議室へと消えて行っていた。
ひとまずこれで安心と時間的余裕が出来たと思った瞬間にズキン、と鈍い激痛が胸に走りその場に倒れてしまう。
「左江内さん!」
「サエナイ!」
「
薄れゆく意識の中いろんな人間からの呼びかけてくる声を聞きながら瞼が閉じていく。てか、サエナイって言ったやつ許さん。
そんなくだらないことを最後に私の意識はプツリと途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます