第3話
「全くサエナイさん、こういう騒ぎはもうやめてくださいよ?」
「はい。申し訳ありません...」
私の絶叫、そしてガブリエルが謎の光を発したため大家さんに連絡が行くには十分で物凄いスピードと剣幕で大家さんが飛んできた。
「それで? ゴキブリが出たので叫んだのは分かったけどスゴイ光が漏れた原因は?」
「うっ、それはですね──」
マズイ、どうやって言い訳するべきか。ガブリエルはさっき部屋を心配して覗いてきた隣人さんには見えていなかったのでコイツを生贄にするわけには出来ない。どうしたものか────妙案を思いついた私は声を抑えて大家さんに話しかける。
「実はですね、私の部屋に宇宙人が来てですね.....」
「なんですって?」
顔色を変えて一緒に小さな声で応じた大家さんの反応で内心ガッツポーズをした。オカルト好きで助かった~!
「──と言うわけで、光ったんですよ」
「事情は分かりました。ですが次からは気を付けるように」
それと、と去り際に手書きの携帯番号を大家さんは渡し、肩の力がどっと抜けた私はヨロヨロと部屋に戻るとガブリエルが居間でくつろいでいた。やっぱり幻覚じゃない。
「幻覚じゃないですよ。それより僕の事宇宙人呼ばわりしましたね。素直に天使って言えばいいのに」
「うるさい.....ってもうこんな時間!? 早く寝ないと!」
目の前のよく分からない自称天使のことなどそっちのけで私は急いで着替えを持ってシャワーを浴びる。
「ふー...」
頭から暖かい水を浴びながら今日の出来事を振り返る。
「あああ...」
振り返れば振り返るほど今日は厄日だと思った。
職場で自分の趣味が露見(と言っても一人だけしかバレていない)し、さらに自宅には天使を名乗って超能力のようなことをして本物だと主張したり、友人が結婚していたりと今日だけは24時間じゃなくて30時間であれば、と悔やんでも悔やみきれない。
「いや、僕は本当に天使ですからね~?」
「はいはい分かりました!」
居間から気の抜けた声で抗議する彼をあしらいながらチャッチャと身体を洗って上がる。
風呂から出れば実は全て私の過労からなる幻聴と幻覚でした、というなんとも最高なエンドではなくやっぱりそこに座っていた。もう無視しよう。
「あ、そういえばもう一個の封筒開封しなくていいんですか?」
「うるさいな。もう寝るの私は」
そう言いながらも身体はベッドではなく冷蔵庫へ向かい、開けてからソレを取り出すまで手慣れた動作でプルトップを引く。
「あわわわ」
「さっき落としてたんだしそうなるのは当たり前」
私の失態を笑うアイツを無視しながら際限なく出てくる泡と液体を啜り、落ち着いてから改めて一気に流し込む。
喉を通り抜けていく炭酸の爽快さと舌の上で余韻を残す苦さにおっさんのような声を上げた。
「く~~っ」
「全くそんな苦いものをよく美味しく思えるのか不思議だ」
そう言うガブリエルはどこから取り出したワイングラスでこれまた不思議な銘柄のワインを飲んでいた。不思議だし何よりその銘柄に私は惹かれた。
「それ何処産? 見たことないしアフリカ産? それともやっぱりお高いブランドの?」
私の質問にガブリエルは一瞬狐につままれたような顔をし、やがて腹を抱えて笑い出す。
「ははは、これは別にそんな良いものじゃないよ。百均とかで売ってるワインを手書きの銘柄瓶に入れてるだけだよ」
「へ~手書きなの。すごいすごい」
私が褒めると途端にガブリエルは瓶とワイングラスをどこかにしまって立ち上がる。
「お? ついに出ていくの?」
「近くで死者が出た。それの迎えに行く」
「いや、ここを中継地点みたいにするのやめて?」
こちらの愚痴をスルーするようにガブリエルはベランダから何の躊躇いもなく飛び降りた。
別にそこまで高くないけど心配になって後に続いて下を見ると既に姿はなく、不気味に思ったのと防犯からパタンと閉じてロックをかけて机の上に置いた残りのビールを一気に飲み干してから投げ捨て、布団を敷く。
「ガラララ.....ペッ」
シャカシャカと歯を磨き、口に溜まった液を捨ててうがいをしてから最後に実家から送られてきた最後の保湿クリームを塗って足を伸ばす。
「ただいま〜」
「おかえ....帰ってくんの!?」
「ここに丁度天国までのショートカットが通ってるんで便利なんですよ」
あまりにも自然過ぎて思わず返答しかけたが不審者に変わりのない自称ガブリエルは何の問題もないと言わんばかりにズカズカとまた居間に入ってきていた。
「寝るんですか。じゃあ僕はこっちに」
「ちょちょちょ、そっちダメ!」
ドアの向こうに行こうとするガブリエルを止めようと手を伸ばし、彼の身体を通り抜けて自らドアへタックルして開放してしまう。
「これは...なにも言わないでおきます」
「時には気遣いがオーバーキルになるってことを知ってね天使様」
オタク部屋、俗に言う『祭壇』に五体投地するような形で寝そべっている状態の私はガブリエルのやんわりとした言葉に毒を吐き、やっぱり今日は厄日なのだと痛いぐらいに理解した。
「僕は布団じゃないんですか」
「羽毛布団にしてやろうか」
ガブリエルは咄嗟に両手で自分の身を守るようにしてこっちを見てきたが気にせず布団を敷いて電気を消して潜り込む。
「ヒーリングミュージックでもかけましょうか?」
「やめろ。静かにして」
さいですか、と残念そうに呟いたガブリエルの顔は見えなかったがこの短時間でおそらく反省もせずにまた喋りかけてくると予想しているとまたしても話しかけてきた。
「寝れないときに羊を数えるってあるじゃないですか。あれって逆に寝れなくなるらしいですよ」
「いい加減黙れやおしゃべり天使!?」
ガバッと勢いよく起き上がり、声のする方向を睨みながら大声を出してからしまったと思ったが時すでに遅し。
「うるさいっ!」
「すいません...」
隣人からの怒鳴り声を受けながら私は布団を頭からかぶりながら謝罪を口にし続けているといつのまにか眠りに落ちていた。
「───ん?
「年を言ってくんじゃねえよおおお!!」
煽るガブリエルの顔を殴ろうと布団を蹴飛ばして起き上がるも身体はそのまま洗面台へと勝手に向かっていき、洗顔を始める。
「お? 殴らないんですか?」
「ぐぬぬ、長年の習慣が抜けない...いやなんかしたねコレ!?」
「さて何のことやら。人生は有限ですから最大限生かす手助けをしてるんですよ」
絶対にあの若干笑ってるのかよく分からない顔で話してると思って腹が立ったのですれ違い様に彼の頭を叩こうとして貫通した。
洗顔を終え、冷蔵庫から残った総菜を取り出し、弁当へ機械的に詰め込んで残った物を口に運んで朝食を済ませ、出勤に備えて着替える。
「あ、シワが」
「おいどういう意味だ」
「いや服の話ですよ。他になんの意味があるんですか」
ぐぬぬ、と勝手に自滅したと思っていると見透かしたようにこちらの顔をガブリエルが覗き込んで鼻で笑ってきた。
「チッ.....」
「ちゃんと行ってきますって言ってくださいよ」
「言うかボケ!」
バタンと乱暴に扉を閉め、戸締りをしてアパートの階段を下り始める。ああ、またこの地獄の時間が巡ってきたと一段
「あ、今日の朝の分飲むの忘れてた」
家を出て、最寄り駅まで脳死で歩いて改札を通過してから気づいたのでもう遅い。だが、なぜか胸ポケットに違和感を感じて漁ると錠剤が出てきた。
「入れた覚えないんだけどな.....」
そう思いながらも文字通り神に救われた気がしてそれを飲んでしばらくすると明らかに搭載過多な電車がドアを開けて中身をぶちまけてくる。
そしてぶちまけられた中身の一部は治癒するラスボスの腕の如く吸い込まれていくのでそこに加わって電車に乗り込む。
ああ、仕事辞めたい。
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