第7話 スイング
明日はやっと休日。春休みっていう花粉以外はウェルカムな長期休暇明けは、数日がやっぱりつらいよな。と言っても、俺は部活もバイトもしてないから、やる事なくて暇してるんだけど。
休日にしたって課題を熟したら、後は本読んで散歩してダラダラして……老後の爺みたいな生活だな。絶対男子高校生の日常ではねぇよ。
いや、どこぞのパリピみたいにウェーイ☆なんてことは死んでもやりたくないけどさ。寧ろ、そんな事になったら自殺してやる。
「ねえ、尚哉。明日暇だよね?」
「……まあ」
「それじゃあ、買い物に付き合ってくれない?テーピングとかソックスとかシューズとか見て回りたいんだよね」
「それ、俺要るか?……いや、すまん。はい、行きます。行かせてください」
「よろしい」
圧が、圧が凄い。
それにしても、買い物か。いくつか、本の補充でもしようか。もしくは、本棚。
「あと、尚哉の服も買おうか」
「はあ?……ジャージで良いだろ。もしくはパーカー」
「ダメ。だって、尚哉って楽だからそればっかり着るじゃん。私嫌だよ。あの可愛いうさぎが付いた服着てるの」
「……あれ、サイズがデカくて楽なんだよ」
「尚哉って肩幅もある程度あって、鍛えてる訳じゃないのに割とがっしりしてるんだからさ。いっその事、ジャケットとかを着たらかっこいいかもよ?」
「俺に、カッコよさを求めないでくれ。そもそも、服とか着れればなんでも良いだろ」
「はぁ……」
ため息を吐かれた件について。いや、でも……布だぜ?服って、極論布じゃん。なのに、数千円、下手したら数万円飛ぶとか。そんな金有ったら、本とか漫画とか買うか、もしくは旨いもん食べるわ。
まあ、こんな事言ったら松井に叩かれるから何も言わないけど。
そんなこんなで、放課後。授業は説明ばっかりで、週末に読む本に関しても既に選定済みと来たもんだ。後は帰るだけ。
「悪い、待たせた」
「ううん、大丈夫。寧ろ、早い位じゃない?尚哉が本選ぶのに十分ぐらいしか掛からないの」
「……人待たせて悠長にできる程、俺は図太くねぇよ」
今日の連れは、松井。部活は休みらしい。
なんでも、顧問の意向で定期的な休息日を入れて体を休ませることを覚えさせるんだとか。
他愛もない話をしながら、靴を履き替えて昇降口を抜ける。
「尚哉君」
そこで声を掛けられた。というか、昨日聞いたばかりの声。
「白鳥さん?」
「ええ、昨日振りね」
笑顔で近付いてくる白鳥。昨日の今日でよく会うな。
彼女に挨拶しようとそっちへと向き直れば、不意に制服の後ろが引っ張られる。
首だけで後ろを確認すれば、不機嫌そうな松井が居た。というか、何でそこまでほっぺ膨らませてるんですかねぇ。
「……帰るんじゃなかったの?」
「いや、帰るけど……無視するわけにもいかないだろ」
折角話しかけてきたんだし。というか、相手に主導権があるんだからこっちがどうこう出来る事じゃない。
そして、白鳥はニッコリと松井に笑顔を向けてくる。
「初めまして、松井さん。私は、白鳥清。知ってるかしら?」
「……一応は。尚哉の幼馴染の松井照喜です。ヨロシク」
ただのあいさつの筈なのに、雰囲気がヤバい。え、白鳥は笑顔なのに凄味があるし、松井の不機嫌さが加速してるんだけど。さっきの短いやり取りで何かあったのか?
とにかく、空気が悪い。場を変えるべきか。
「……とりあえず、帰ろうぜ?このまま、昇降口に屯してても意味が無いだろ?」
「また、送ってくれるのかしら?」
「いや、だから車の送迎はどうしたんだよ」
「健康の為よ」
「老人か?」
「だったら貴方もお爺ちゃんね」
軽口には軽口が返ってくる。最初の出会いはどうあれ、割と良好な関係を築けてる、と思っても良いかもしれない。
問題があるとすれば、
「……」
ムッツリ黙り込んで、俺の上着の裾を摘まんでる松井か。
とりあえず、このまま摘ままれ続けてるのは、困る。皺になるし、そうなればアイロンをかけたりしなくちゃならない。場合によっては生地が伸びる。
という訳で、歩きながら松井の左手を攫うように横から掠め取ってみる。
「あ……」
「悪いな。制服伸びちまうから」
ふふん、幼馴染故に手を引く事なんて造作も無い事よ。
まあ、気取ってみせても結局のところは、制服伸ばさないでね、って理由だけなんだけどな。
「~♪」
「……随分と、仲がいいみたいね。手をつなぐのも手慣れてるみたいだわ」
「これでも幼馴染だからな」
「……幼馴染ってここまで距離の近いものかしらね」
「さあ……?少なくとも、俺と松井はこんな感じだな」
確かに、高校生にもなって手をつなぐ奴は居ない、かな。いや、居ないだろ。冷静に考えたら、俺は何やってるんだか。
でも、今更放せない。今日も今日とて、俺は自分で自分の首を絞めるばかり、か。
昨日よりも視線を集めそうな帰り道。それでも、今回も運が良いのか少なくとも同じ学校の奴には会うことは無かった。
他愛無い会話をして、機嫌よさげな松井と、微笑み浮かべた白鳥の相手をしながら夕日に照らされたアスファルトを行く。
ただ、そんな平和は長くは続かなかった。
「そういえば、尚哉君。明日は、暇かしら?」
「あ?……いや?明日は、松井の買い物に付き合うつもりだけども」
「松井さんの……へぇ……?」
周りの気温が少し下がった気がした。いや、気のせいじゃなく。
現に、俺のうなじの毛が逆立つような感覚があったんだから。
そんな俺を気にした様子も無く、白鳥は松井へと笑顔のままその綺麗な顔を向けていた。
「ねぇ、松井さん。貴方のお買い物、私も付いて行っていいわよね?」
「……ついてきても面白くもなんともないよ?だって私の買い物なんだから。ほら、尚哉は慣れてるけど白鳥さんはそうじゃないでしょ?」
「あら、見聞を広める事は大切な事だわ。興味が無いから、と最初から切り捨てるのは勿体ない事よ。それとも、私がついてくることは、都合が悪いのかしらね?」
「さあ、ね……うん、良いよ。ついてくればいいんじゃないかな。尚哉も、良いかな?」
「あ?ああー……松井がそれで良いなら、良いけども」
「じゃあ、決まりね。白鳥さん、現地集合になるけど大丈夫?」
「ええ、勿論。そいえば、行くのはどこなのかしら」
「郊外にあるショッピングモールだよ。場所、知ってるよね?東側にある噴水広場に朝の十時に集合しよっか」
「朝の十時ね。分かったわ」
話が、とんとん拍子に進み過ぎて、俺が完全に蚊帳の外に居る件について。
いや別に良いんだけどさ。何だったんだろうな、あの空気。
……まあ、いっか。丸く収まったのなら、それで良いさ。兎にも角にも、明日をどうにかしないと、な。
*
中々の、やり手。そして、優しい人。
それが今日、初めて面と向かって顔合わせをした松井さんへの私からの印象だった。
明らかに、私がそういう感情をもって尚哉に近づいている事を気づいた筈。その上で、今回の此方の申し出を受け入れた。
自分の優位性の主張?或いは、牽制?そうね、そういう意味合いも確かにあると思うわ。
けれども、それと同時に彼女自身の善性も働いた。
拒否する事は出来たはず。多分、尚哉に関しても松井さんが断れば、まず間違いなくそれ以上は言い募ろうとはしないでしょうし。
けれど、そうはならなかった。
ベッドに横になりながら、明日の事を考える。
ああ、そういえば、
「……誰かとお出かけするのは、初めてかしらね」
そう考えれば、私の恋心とは別に、心臓が大きく跳ねた。
ふふっ……明日が、楽しみね。
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