第5話 噂話
地獄のような登校時間で精神的な体力が削れても、今日はまだまだ始まったばかり。
唯一の救いは、授業はまだまだ始まらずオリエンテーションがあるばっかりな点か。寧ろ、そうじゃなかったら昼休み辺りで干からびてる。
はてさて、俺が困ってるのはもう一つある。
それは朝のホームルームから、うなじに突き刺さる視線。
いや、原因は言わずもがな、我が幼馴染様なんだが……それはもう、俺のうなじに恨みでもあるのかと思えるほどに見てくる。視線で焼かれそうだ。
かといって、休み時間に話を聞こうとすれば、トイレに立たれたり、他の友達に呼ばれて席を離れてばかりで声を掛けるタイミングが無い。
昨日の夜は機嫌が良かったと思ったんだけどな。何か、気に障る事でも俺がやっちまったのか……。
ただ、俺には思い当たる節が無い。これは本当に。いくら俺でも、歩くだけで相手の他人の地雷を悉く踏む、何てことはない……筈だ。確証はないけど。寧ろ、そんな面があるのなら、俺は引き籠りになってる。そして一人枕を濡らすんだな、うん。
話を戻すと、どうにかしてこの視線を収めてほしい。じゃないと、俺のうなじが視線で禿げる。
洒落にならないだろ、うなじだけツルッツルとか。因みに、俺は毛量が多いタイプで、髪が伸びると頭の大きさが1.5倍ぐらいに見える。
そうして、時々うなじを撫でながら迎えた昼休み。
俺は終わりのあいさつと同時に、逃げられる前に振り返る様に席についた。
「で?何か用があるのか?」
「ふぇ!?な、何の話?」
「午前中ずっとうなじ見られてたら気付かない方が無理な話だ」
「……見てないよ。気のせいじゃない?」
「凡そ四時間、ずっとうなじに視線受け続けて気のせい、はないだろ。何だよ、何怒ってるんだ?」
松井の肩が揺れた。確りと顔を合わせて裏付けが取れた。今日のこいつは何があったのか機嫌が悪い。
ある程度予想していたとはいえ、一体何が原因なのやら。
「……今日、お弁当?」
「ん?おう。昨日の残り物詰めてきたからな」
「じゃあ、ついてきて」
そう言って、松井は席を立つと自分の昼飯なのか包みをもって教室を出ていく。
慌てて後を追いかければ中々どうして、アイツは歩くのが速い。置いていかれないように小走りにその背中を追う。
道的に、どうやら第三体育館の方に向かってるらしい。
第三体育館は、他二つの体育館と違って予備の側面が強いからか人の出入りはそこまで多くない。
とはいえ、不良の巣窟になっているだとか、良からぬ事をやるような奴らが集まる場所、という訳でもない。出入りが多くないだけで、第三体育館にも人の目があるからな。
一応解放されてるから、中に入れないことは無い。
「二階に行くのか?何か言われねぇ?」
「大丈夫だって。それより、ほら速く」
出入り口のガラス戸を潜って、松井は慣れた様子で舞台袖の体育倉庫へと入っていく。随分と手慣れてるな、こいつ。
体育倉庫、とは言われてるもののこことは反対側の舞台袖にも体育倉庫はあるから、こっち側はどちらかというと集会とかに舞台に立つ人たちの待合室の側面が強い。だからか、道具はあれども比較的スッキリしている。
松井は、そのまま二階に通じてる階段へ。つっても、二階席とかがある訳じゃなくて、窓を拭いたり、バスケットのゴールを伸ばしたりするときに使う通路みたいなもんで椅子がある訳じゃない。
何より、多分出れないと思うんだが――――
「……ここで食うの?」
「そ。ほら、こっちこっち」
階段の一番上に腰を下ろした松井は弁当の包みを広げてる。多分、言葉重ねても梃でも動かないんだよな、こいつ。
仕方がないんで、俺も階段を上り切って少し広い踊り場みたいなスペースに壁に背を預けて座り込む。
定期的に清掃員が入るお陰か、学園で凄く汚い、みたいに言われる場所は殆どない。この人気が無いような場所でもそれは変わらないらしい。
それから、無言の昼食タイム。
聞く事はある……んだけども、何を聞いたらいいのか。こういう時、モテ男は相手の気持ちを察したりできるんだろうが、生憎と俺には経験なし。
いや、今はそんな事どうでも良い。とりあえず、弁当をさっさと食べて考えねぇと。
そうして食べ進める中で、一つのミスに気付く俺。
飲み物、忘れた、と。
一応、飲み物なくても一食済ませる事は出来る。出来るんだが、やっぱり食後には口をサッパリさせたい。
どうしよう。また別の問題が浮かんできたんですけど。それもしょうもない癖に、じわじわと響いてくるタイプ。
そこに垂らされる一筋の蜘蛛の糸。
「ん。持ってきてないよね?」
「良いのか?」
「私は水筒が別にあるから」
差し出されたのは、水筒の蓋がそのままコップ代わりになる奴、の蓋。
ありがたく頂戴した。口の中の不快感には勝てないから。
「……ふぅ……ありがとな、松井」
「……」
「どうかしたか?」
「う、ううん、何でもないよ……」
「気になるなら、洗ってくるぞ?」
「ッ!ち、違う!そうじゃないから!大丈夫だから!」
松井は焦った様に、俺の手から蓋をひったくっていく。本当に変だな、こいつ。
「……本当に、大丈夫か?」
「な、なにが?」
「今日のお前、朝から変だぞ?今だって……」
「だ、大丈夫だって…………ねぇ、尚哉」
「あん?」
「尚哉は、さ。白鳥さんと、付き合ってるの?」
「…………はい?」
こいつは一体、何を言い出してらっしゃるのか。
ただ、その表情的に茶化す雰囲気じゃない。何というべきか、今の松井は……しっとり?って感じだな。
とりあえず、
「付き合ってない。そもそも、俺なんかが誰かと付き合う筈無いだろ?」
事実だけを言う。というか、そんな噂を立てられたら俺が困る。
何より、相手も困るだろ。だって、俺だぜ?屑でカスでクソ野郎な、燃え尽きた灰よりも役に立たないやる気なし男の彼女とか……俺が女だったら熨斗付けて返してやるよ。
話が逸れた。兎にも角にも事実無根、根も葉もないのに花を咲かせて堪るか。
「……で?その噂ってどこが出所なんだ?」
「え?えっと、今日の朝に二人並んで登校したって聞いたから……」
アレかぁああああああああッ!?
いや、うん、言われて考えれば分かるわ。確かに、勘違いしてもおかしくないかもしれない。それも、噂大好きの高校生なら猶の事。
「違うっての。まあ、確かに並んでたけど……それは、白鳥さんが後から追いついてそうなってんだよ。俺の意思は、そこに無い」
「ホントに?」
「寧ろ、どうにかして火消したい所なんだけども……どうすりゃいいか……」
「!じゃ、じゃあさ!その……本当に、恋人を作る、とかは?」
「そんな、一朝一夕に出来るもんじゃないだろ。というか、噂が出回った直後に別の女子に手ぇ出してるとか、社会的に死ぬ……まあ、沈静化するまで諦めるか」
人の噂も七十五日。閉鎖空間気味の学校じゃまちまちだけども、時間が遅かれ早かれ解決してくれるのを待つのが一番いいだろ。
面倒この上なくても、波風は小さい方が良い。
そういうもんだ。
*
お弁当箱を片付ける尚哉。
その様子を眺めながら、さっきのやり取りが私の中で回る。
チャンスだったかもしれない。いや、チャンスだった。
あの瞬間、私がほんの少しでも踏み込めていたなら……もしかすると、私と尚哉は結ばれたかもしれない。
でも、そうじゃなかったかもしれない。何となくだけど、こっちの可能性の方が高かったように思える。
そうしたら、多分尚哉は一緒に居てくれなくなる。それは、とてもじゃないけど耐えられない。
ごめんね、尚哉。私って結構、臆病で贅沢者なんだよ?
君を誰にも渡したくないのに、その一歩が踏み出せないんだ。
それでもやっぱり、君が欲しい。君の側に在り続けたい。
負ける気なんてさらさら無いよ。
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