脱獄を企てる囚人と刑事の物語 ~第四話~

第四話


「お帰り、大輝」


「ただいま~」


 幼い男の子は、見知らぬ男に気付いて、純粋な疑問をぶつける。


「その人は、だあれ?」


 母親を手で制して、自分で答える。


「こんにちは、君。私は葛西北署の刑事・霧島です。警察の者と言ったら、分かるかな?」


、警察官なの? スゴい!」


「おじさん……」


 霧島は先日、30歳になったばかりだ。それをおじさんと言われ、少々傷付く。


「こら! もっと礼儀正しくしなさい」


 母親に叱られても、ケロッとしている。もしかすると、いたずらっ子なのかもしれない。


「私は、君の証言を確認するために来たんだ。詳しく話を聞かせてもらえないかな?」


「良いよ~」


 本当に、この子の証言が信じるに値するのか、とても不安になった。


「2年前の10月17日の事を覚えている範囲で、詳しく話してもらえるかな?」


「えっと、その日はね……お母さんに、おつかいを頼まれていたんだ。それが終わって帰っているときに、こけて膝をすりむいちゃって、痛くて、うずくまっていたんだよ。そしたら、おじさんが通りかかって手当てしてくれたんだ」


「そのおじさんていうのは、この中にいるかな?」


 偶々持ち合わせていた5枚の写真を見せる。

 このうち1枚は平沢の写真。それ以外は別件の容疑者の写真だ。

 本来は容疑者の写真を一般人に見せるのはご法度だが、ここに慌てて来たため用意するのを失念していた。かなり焦っていたのだろう。いつもなら、こんな失態は犯さないのだが……


「えーっと……」


 ほんの少し迷いながら、大輝君が指差したのは……


 平沢である。


「本当にこの人で間違いないかい?」


「うん、間違いないよ! とっても親切にしてくれたから、僕よく覚えてるんだ」


「そうか……ありがとう」


 霧島は、苦悶の表情を浮かべていた。

 今の話から判断するに、大輝君の話には一定の信憑性がある。つまりそれは、冤罪の可能性も高くなってきたということだ。


「どうしたの?顔色が悪いよ?」


 大輝君は霧島の青い顔を見て、心配して声を掛けてきた。


「いや、何でもないんだ」


 少年の問いに答えながら、腰を上げる。


「今日は、ありがとうございました。また、何か思い出したりしたことがあれば、いつでもご連絡ください」


 母親の方に、挨拶をする。


「大輝君も今日はありがとう」


「うん! また聞きたいことがあったら、いつでも来てね!」


 無邪気にそう言う少年の顔を見て、ほんの少しだけ気持ちが和らぐ。


「では、失礼します」


 そういって、霧島はグリーンハイツ602号室を後にした。




<次話に続く>

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