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 カークランド王国のパドゥムの街の東にある遺跡の調査を終えて一週間とすこし。僕たちはエンフィールド王国の王都にある王立高等教育学院への帰路に就いた。


 ヴィリディスの寝不足解消や僕とフラウのパドゥム観光など、それは忙しい日々を過ごした。

 そのおかげもあって、乗合馬車に乗る今は皆でゆっくりと、そしてのんびりと過ごすことになった。

 天気が良ければ風景を一面緑の草原の景色を楽しんだり、遠くの山々へ視線を巡らせても良かった。

 だけど、乗合馬車に乗車して三日目のこの日は生憎の曇天とあっては、だらだらと過ごすしかなかった。


「で、少し読んでどうだ?なかなかに面白いだろう」


 僕の真正面の席でヴィリディスが礼の三冊にもおよぶ物語を読み始めていた。

 出発して三日目にようやく読み始めたが、いまだに十数頁しか進んでいないのだ。

 研究書などは読みなれているのだろうが、物語だ。ヴィリディスは物語を読むのを躊躇していたようだ。


「何というか、オレにはよくわからん世界だな。まだ、導入部だから面白いかどうかはわからんな。感想は最低でも上巻を読み終えてからだな」

「まぁ、そうだな。後で感想を聞くとしよう」


 話を切るとヴィリディスは再び視線を物語へと落した。


 もう一人、フラウはと言うと、早速大きな口を開けて昼寝に入っていた。

 と言うか、寝るの早くないか?

 冒険者たるものいつでも眠れるようになる事が肝心だ、と言うけど、フラウのはちょっと違うと思うぞ。


 隣の他人も僕たちに興味が無さそうだし……。

 話し相手がいない僕は仕方なく物語の最終巻、下巻を開くのだった。




「お客さ~ん。悪いが、少し停まるよ」


 馬車の前方、御者席と車内を隔てる窓が開けられ、御者からその様に告げてきた。

 表情を見ると芳しくない様子だ。眉間にしわを寄せているからね。


 窓を閉めていてもハッキリとわかる程に天井を叩きつける雨音が酷くなってきたのだ。

 それが理由なのだが、それとは別に理由もあると言う。


「この先にかかる橋が流されそうだってよ。」


 少し前にすれ違った人がその様に教えてくれたそうだ。

 僕は下を向いて物語を読んでいたから、そこまではわからなかった。

 人がいたのは気付いたけど。


「雨が弱くなれば状況も変わるだろうから、暫く待機だ」


 道は雨でぬかるんでいるが進むのは出来るだろうが、もし、橋が流されでもしたら雨粒に討たれ続けなければならない。

 今の場所は大木の陰なので雨を凌ぐにはもってこいの場所。

 この場で待機していれば数刻後には御者が橋を見て来てくれるらしい。


 もし、橋が流されてしまったら、渡し船で人だけを向こう岸に渡し、代わりの乗合馬車を手配してくれるみたいだから、我慢するしかないだろう。

 でもね、我慢できない人もいるんだよね……。


『何で進まないんだ?高い金を払っているんだからサッサと次の街まで行かんか!』


 とまぁ、聞こえて来たのは別の馬車からの怒声だ。

 僕たちが乗る馬車には我儘を口にする人がいなくてよかった。

 良かったけど、あの怒声がこっちまで聞こえてくるのはどうかと思うよ。

 だって、雨音で御者の声は聞こえないのに、おっさんの怒声が聞こえる。自分の恥部を大雨にもかかわらずおっぴろげにしているって事だよ。

 ああいう大人にはなりたくないね。


 モヤっていてハッキリとは見えないけど、怒声を上げたおっさんは貴族然とした格好をしている。貴族となると金に物を言わせて押し通ろうとするのかねぇ。

 え、それは一部だけ?それならいいけどね。


 でも、あれ、乗合馬車じゃないの?


「あ~ぁ、あの御者も可哀そうに。高い金でチャーターして貰ったのに、雇い主があれじゃぁ、なぁ~」


 っと、御者から天の声が。

 そうか……。

 あれが貧乏貴族ってやつか。

 自分の馬車を買えずに、チャーターで済まそうとする。

 貴族に舞い戻るにしても、あんな貧乏貴族は御免被りたいね。

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