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 盛大に降る雨の音に耳を傾けながら僕はウトウトと船を漕ぐ。

 曇天ではあるが日はまだ高く寝る時間には早すぎる。

 まぁ、昼寝と思ってくれ。


 御者は天を仰ぎながら恨めしそうな声を上げているが、他の乗客も暇を持て余すよりはと、僕と同じように寝入っている。だから、雨音の他はスースーと一定のリズムで息をしているのが聞こえるだけだ。


 何とも優雅な昼下がり。

 気持ち良く転寝うたたねをしていると突然、怒号が耳に入って来た。

 誰の声か言わなくてもわかるだろう。

 高い金を出して馬車をチャーターした貴族然としたあのおっさんだ。

 ”貴族然とした”じゃないな、”貴族の”だな。

 でも、あんなのが貴族と思ったら恥ずかしくなってきた。

 まぁ、他国の事だから無視しておこう。

 恥をかくのはカークランド王国であって出身国のエンフィールド王国じゃないからね。


 だけど、聞こえてきてしまったのは仕方がない。

 でも、関わり合いになるのは御免被る。

 だから、僕は気が付かないふりをして狸寝入りを決め込む。

 こうしていれば、そのうちに寝息を立てるだろうとの目算もあるのだが……。


(それにしても言い争う声が止まないな)


 狸寝入りを決め込んでいるとは言っても、怒声が止まないのは気になる。

 どのくらい大声を上げているんだ?

 それにしてもよくもまぁ御者に対して文句が尽きないものだな。

 御者に同情してしまうよ。


 とまぁ、そんな事を考えていると、怒声が止んだ。

 あの貴族のおっさんが諦めたのだろう、そう思ったのだが……。


 さらに少し経って、僕たちの乗合馬車の横を別の馬車が通って行った。

 すごい速さで、って事は無かったから通常の速度だったのだろう。

 これでゆっくりと眠れる。

 そう思いながら、僕は意識を手放し夢の中へと飛び込んでいった。




「お~い、出発するでよ~」


 少し耳障りなだみ声によって僕は目を覚ました。

 どうせだったら耳に心地よい美女の声が良かった。

 絶世の美女だったら何の文句も無いよ。

 ……一番はフラウの声なのは言うまでもないよ。

 ん?何かおかしな事を言ったか?言い訳じゃないぞ。


 ゆっくりと目を覚まし、窓の外を見やるとあれだけ盛大に降っていた雨が鳴りを潜め、ポツリポツリと小雨に変わっていた。

 これなら道中も問題なさそうだ。川に架かる橋が流されていないと祈るのを忘れてはいけない。


 そして、僕の祈りが通じたのか、日頃の行いがとても良かったのか、たどり着いた川に架かる橋は無事だった。そして、幸いなことに橋が架かる川は少しの増水で済んでいた。

 このあたりでは激しい雨が降ったようだが、上流では川を増水させるほどの雨量は無かったらしい。この川の流れを見れば誰でもわかるか。


 乗合馬車は橋を抜け、アダンナの街へと走る。

 このままの調子で走れば、日が沈む前に到着できるはずだ。

 とは、御者の弁である。

 が……。


「なんで無事に済まないのかねぇ……」


 川を渡って少し走った場所、カーブが連続する場所で一台の馬車が横倒しになっていた。

 雨が降っておらず道が乾いていればなんてことない場所だけど、いったん雨が降りぬかるんでしまうと途端に難所と化してしまう。

 僕たちの乗合馬車も速度を落とし慎重に進んでいたのは言うまでもないだろう。


 横倒しになった馬車の傍に止めると御者が周囲を確かめる。

 乗客も何があったのかと窓から顔を覗かせ周囲に視線を走らせている。

 僕の記憶が正しければ、あの馬車には怒声を上げた貴族のおっさんが乗り合わせていたと思ったんだけど……。


「貴族のおっさんは車内か?」

「いや、いないようだぞ。御者だけがあそこでうずくまってるぞ」


 同じように窓から周囲を見回していたヴィリディスが答えを口にした。

 蹲っているようだが御者は無事らしい。

 荷物が散乱していると思ったが、それを引きずった跡が見える。


 あの貴族のおっさん、自分の荷物を引きずってでもアダンナの街に向かったのか。馬車が横倒しになったのも貴族のおっさんが強引に走らせたからじゃないのか?


 僕は貴族のおっさんの行動に怒りを覚えるのだった。

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