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 教会で奇跡の治療をまざまざと見せつけられた翌日、前日に別れたばかりのクリガーマン教授に呼び出され、王立高等教育学院の研究室を訪れていた。

 僕は良いとしても、ヴィリディスは”もうか?”と舌の根が乾かぬうちの呼び出しに呆れた顔をしていたのが印象深い。

 そして、教授に挨拶しようとした瞬間……。


「ヴィリディス!お前、話してない事があるだろう!」


 と、お冠の様子。

 怒声を飛ばされてしまった。


 怒りの矛先は当然、ヴィリディス……。だけど、何を話していないのか、いろいろあり過ぎてどれを示しているのかわからず首を傾げている。

 俗に言う、”わかんな~い”って奴だろう?


「教授。それだけではわかりませんよ。何を話していないのか、説明してください。それと呼び出しの件も……ってこれ怒声が呼び出しの件と分かったのですけど」


 怒りで我を忘れている沸騰中のクリガーマン教授をまそうとゆっくりと言葉を掛ける。そのまま冷静になってくれれば良いのだが、沸騰中の教授はそのままヴィリディスに書類を突き付ける。


「これを見てから言い訳でも考えるんだな!」


 そう言いながらくるりと身を翻すと教授席へと戻って行った。

 まだ頭から湯気の出ている教授を一瞥して、突き付けられた書類に視線を落すヴィリディス。そして、書類に目を落した瞬間、瞳を見開いて驚いていた。


「きょ、教授!こ、これを何処で……?」

「お前も隠し事が下手だな。見ればわかるだろう。バシルから送られてきたんだ」


 文字の特徴からバシルが書いた事はすぐに分かったようだ。

 だけど、ヴィリディスが考えていたのはそうでは無かった。


 ちなみにだけど、僕がその書類をチラッと覗き見したときに思ったのは、ただ単に”汚い字だな~”としか感想が無かったのは内緒だ。鑑定結果もそうだったけど、口にするほど空気を読めないわけじゃないよ。


「バシルの字であるのは一目でわかるのです。ではなくてですね、これをどの様に手に入れたのかです」

「まだ惚けるのか?まぁ、いい。それは私宛てに送られてきたんだ。サラゴナへ出張中に届いたらしいがな」

「そういう事ですか……」


 教授は未だ怒っているが、その度合いは少し下がった気がする。

 それを感じたのか、ヴィリディスは溜息を一つ吐き、手にした書類を眺め始めた。

 彼の真剣なまなざしに何が写っているのか、それは定かでは無いが、高速で左右に動く瞳が一字一句を漏らさぬと語っている事だけは確かだ。

 こうなってしまってはヴィリディスが集中を解く以外に我に返す方法は無く、僕とフラウは顔を見合わせて、諦めた様にソファーに腰を下ろすことにした。


 それから暫くヴィリディスは誰の言葉も耳に届かず、ここがクリガーマン教授の部屋と言うのも忘れて様々な場所に移動したり座ったりしながら書類を読み込んだ。

 そして、僕たちが飲み物を何回かお代わりし、トイレに一度行った辺りで顔を上げて息を吐き出した。

 満足げな表情は、全てを噛み砕いて読み取ったであろうことが良くわかる。


「で、そこまで読んでどうだった?話し足りない事があるだろう?」


 ヴィリディスが読み解くまでの時間、怒りを表に現さずにずっと彼を見ていた教授に僕は違和感を感じた。

 もしかしたら最初に見せていた怒りは芝居だったのではないか、そう思う事にした。


「確かに話していないな。と言うよりも、関係無いと思っていたから?」

「ヴィリディスよ。ゴブリンが身体強化を使えず、トロールが治癒能力を使っていない。これが関係無い……とは言えなんだろう」


 トロールが治癒魔法を使っていなかったのはクリガーマン教授もその目でしっかりと見ている。槍が刺さったトロールが血を流しっぱなしだったのを。

 バシルから届いた書類には僕たちが見た身体強化を使えぬゴブリンの事が書かれていたのだろう。ヴィリディスがそれを話していたのだとその時に判明したが、あの世に旅立った人の事を悪く言うのも違うだろうと思ってこの場では口を噤んだ。


「どちらも遺跡に住み着いた魔物だったんだろうが」

「たしかにそうですね……」


 ゴブリンとトロール。

 二種類の魔物から種族特有の魔法が仕えなかった事以外の共通点と言えば、遺跡に住み着いた事だけ。ヴィリディスと共に要因の一つであると共有していた事だ。それを指摘されて初めてそうだとヴィリディスは口にした……ように見せかけた。

 そのことを教授が指摘するかと思ったがそれはどうでも良いらしい。それよりもさらなる予想を教授が口にしたのだから。


「あと、そこにも記載があるが、あの二重の円は魔法陣だろうな。バシルの調査結果から見ればそう思える」

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