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「罠、外れたみたいよ?」

「何故、疑問形?」


 フラウがくるりと身を反転させて僕たちの方に向きながら告げてきた。

 先程の音は罠が解除された音だったようだ。


「あまり複雑な罠じゃ無かったわよ。ワタシでも簡単に解除できた」


 罠自体は複雑ではなかったようだ。

 ちょっと光があればすぐに判るような簡単なものであったらしい。

 仕掛け自体、この部屋の主がよく使うであろうことから複雑な罠を仕掛けなかったのだろう。それに対し、カード認証が必要な二重の扉を潜り抜ける方がよっぽど困難を極める。ヴィリディスが首にぶら下げているカードが無ければ入る事すらできないのだから。

 入り口を破城槌か何かで強引に壊してしまえば侵入は容易いが、そこまで価値のあるものが眠っていたかと言われれば、僕はそうは思わない。

 部屋の主が記したノートであればそこそこの値打ちと思うが、他は一般に売られている書物でお金さえ出せば何処ででも手に入れられる物ばかりだった。


 何故わかるかと言えば、表紙の一番後ろに出版社とかいろいろ記載されているからだ。


「それじゃ、開けるわよ~」


 書物と書物の仕切りをフラウが引っ張る。

 そうするとその仕切りごと手前にグググと迫り出し、二重になった書棚が現れた。

 覗いて見ると数冊の書物が入れられている。

 それだけの仕掛けだった。


「な~んだ。お宝が眠ってると思ったのに~。残念」


 フラウは残念そうにしていた。

 金銀財宝が眠っていたとすれば一攫千金とでもなろうが、数冊の書物となればがっかりするのも当然かもしれない。


 しかし……。


「いや、これは金銀財宝よりも価値があるかもしれない。オレにとってはだけどな」

「なによそれ~?」


 ヴィリディスが二重になった書棚から取り出した書物を開いてペラペラと目を通す。


「一冊目は……これは世に出さん方がいいな。後で焼却処分とする」

「燃やした方がいいのか?」

「ああ。バシルの仕事リストと言えば良いのか?請け負った仕事の依頼主とその標的だ」


 あまり大きな声では言えないがと前置きをしたうえでヴィリディスがぼそりと話してくれた。


 バシルは夜の顔を持っていたらしい。

 つまり、暗殺者だ。

 暗殺だけを請け負っていた訳ではないが、主な仕事はそうであったらしい。

 本来はそんな帳簿を付ける様な事はしないだろうが、几帳面な彼らしいとヴィリディスは嬉しそうに告げてきた。


「その仕事で得た報酬で魔法や魔物などの研究をしていたんだから、道楽に対する手段が半端じゃなかったんだ。おっと、この話は忘れてくれよ」

「うん、忘れる事にする」

「確かに外で話す話題じゃないな。僕も忘れる事にするよ」

「助かる」


 ヴィリディスに言われるまでもなく、忘れるつもりだった。

 この建物に入るまでにフラウがブルブルと震えていたのを思い出したんだ。

 暗殺者の秘密を守るためにこの場所に来る人間を制限していたのだろう。


 もし、ヴィリディスが一緒じゃなければ、僕たちはすでにこの世にいなかっただろう。


「そして、こっちが重要だ。これは持って帰って中を確認する必要がある」

「そっちも重要なのか?」

「こっちのが重要だな」

「そうなのか?」


 一冊目は燃やしてしまっても問題ない。いや、燃やしてしまうべきであろう。バシルの顧客リストなのだから。そこに残っている名前がこの世に出て良いものじゃないとは誰でも想像すると思う。僕が簡単に想像できたように。


 その他の書物はこの世に残しておくべき物だと言う。

 中身をぺらぺらと捲りながら目を通し終えると、僕たちに質問を投げかけてきた。


「おさらい。魔法にはいくつ種類がある?」

「火、水、風、土。そして無属性か?」

「まぁ、それであってる」

「それだったらワタシだって判るわよ」


 ヴィリディスが茶化すように出してきた問題に僕たちは常識だろうとばかりに答えを口にした。四つの属性魔法と無属性魔法。誰もが知っている常識だ。


「それが、間違っているとしたらどうする?」


 ヴィリディスはそんな突拍子もない事を告げてきた。

 一冊の書物をとんとんと指で叩きながら……。




※コロナワクチンを打つ、そんなコメントを書いてましたが、何とか打ち終える事が出来ました。

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