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 今、僕たちはがいるところは森の中。

 目の前には焚火が燃え、ぱちぱちと弾けている。

 焚火を囲んで正面右にはフラウが、左にはヴィリディスが見える。

 フラウは警戒しながら焚火を眺め、ヴィリディスは焚火に書物をくべて炭に変えている。


 バシルの隠れ家と称する資料庫を調査してすでに二週間が経っている。

 本来ならすぐにウェールの街を飛び出したかったが、ヴィリディスが”書物の調査をしておかなければならない”と頑として聞かなかったので遅くなった。


 バシルの裏の顔を知れば逃げ出したくなるのも当然だろう。

 僕とフラウは知らぬ存ぜぬを貫くと心に決めたので話さない。

 だが、秋が深まりつつあるこの時期にウェールの街を出たのはそれが理由じゃない。

 バシルの隠れ家に堂々と入れたのだからね。


 ではどんな理由でと言われると、実は詳細な理由を聞いていない。

 一つだけ確かなことは、教会に狙われるかもしれない、である。


「この場所なら話してもいいだろう。これから話すことは他言無用だ。殺されたくなかったらな」

「暗殺者の秘密を探るより拙いのか?」

「そう思って貰って構わない。オレもそうだが、追い出された実家にも手が回る、そう考えても不思議じゃないからな。相手は教会だから……」


 暗殺者の秘密よりも拙い。つまりはバシルの顧客情報を手に入れた以上の危険度があると言う事だ。顧客情報、帳簿くらいだったら知り得た本人と帳簿を消し去ればよい。

 だが、その相手が教会であるとなれば話は別だ。

 僕が追い出されたのは父親が教会に恐れを抱いていたからだしね。


「まぁ、気を付ける事だ。知らぬ存ぜぬで通せば追っ手も来ないだろうからな」


 そう言うと懐から一冊の書物を取り出した。

 何処から出したんだろう。常に身に着けてるとか尋常じゃないぞ。


 ”聞いてしまったら抜けられないと思え”


 と、僕とフラウを脅してきた。

 教会に狙われると考えると、そう告げるのは当然だろう。

 だが、僕もフラウも”聞かない”と言う選択は無い。

 恐れよりも好奇心が勝っている。

 これが後悔の元であるのだが、この時は知る由もなかった。


「そうだな、もう一度おさらいだ。魔法は四つの属性魔法と無属性魔法の五種類があるのは知っての通りだ」


 ぱちりと焚火が爆ぜる。

 沈黙をさせぬとばかりに。


 四つの属性魔法と無属性魔法、ごくごく普通に学んでいれば親から、もしくは何処からでも知ることができるだ。

 魔法の適正が無くても誰でも知っている。


 さらにヴィリディスは続ける。


「この書物はとある書物を写したものだ」


 現在、書物と言えば印刷が一般的だ。

 とは言え、一文字一文字組み合わせて一頁にするので価格はそこそこする。一般市民の給料一か月分で二、三冊買えるかどうか。まぁ、それは新たに売り出された書物の値段だ。

 尤も、大量に必要になる教科書等はもっと安く販売はされているが。


 それに比べて手書きで写された書物、写本された書物はそれだけの値段では購入できない。

 かなりの値打ちがある。

 それをヴィリディスが常に身に着けているのは不思議でないのは判った。


 だが……。


「まぁ、写しの写しの……いくつ間に入っているかわからんが、最近写された書物だ。だから写しに間違いがあるのは否めない。読むのに骨が折れたがな」


 印刷するには専門の工場に頼む必要がある。

 貴族の自叙伝なんかはそうやって作られる。


 その印刷工場に持ち込まず写本で済ませる、となれば尋常ではない。

 表に出せない内容である事は間違いないだろう。


 当然、写本にはどんなに注意深く写したとしても間違いがある。それを一つ一つ修正しながら読むには苦労したのだろう。


「そうやって読み解いたこの中には衝撃的な事が記されていた」


 書かれていたではなく、記されていた、ヴィリディスはそう言った。

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