第14話 再来

樹里と別れてから二週間ほどが経過し、九月になった。


仕事は徐々に忙しい時期に入り、もうこれからは年末に向かって走り切るのみだ。

おかげでプライベートの事を考える暇は無く、少しでも良い結果を求めて日々残業をし、土日もどちらかは出勤するような日常に戻りつつある。


そんな日に樹里からLINEが届いた。


『今週末の土曜日は部屋に居ますか?』


どういう意味だろ?と疑問に思い、返事を後に回して忘れてしまった。


すると夜になって、もう一度、同じ内容のLINEが届いたので、慌てて返事を送った。


『返事が遅れてごめんね。居ると思うよ』


ふぅ、忘れてたよと思ったそばから既読が付き返事がきた。


『じゃあ、待っててくださいね』


『なにを?』


その時は生ものでも送るという連絡かと思い、返事は待たずにスマホを置き、仕事に意識を戻した。


そして何が届くのかは知らぬままに土曜日を迎えた。


言われたとおり朝から家にいるが、何も届かないまま午後の三時を過ぎた。


さすがにお腹が空いたので、樹里に『まだ来ないよー』とLINEを送った。

すると『今、向かってます』と返事が来た。


『腹減ったのでカフェまで買いに行きたいよ(T_T)』と送ると


『許す』と帰って来た。


って樹里が配達する訳でも無いだろうに!!


すると続けて到着予想時刻が四時半と知らせてきた。


まぁ信じることにしていつものカフェにサンドを買いに行った。


戻ってサンドをパクついて、ようやく人心地が付くと、洗濯すらしていなかった事に気付いた。


もうじき夕方なので全部洗うのは諦めて、最低限だけ入れて廻した。


洗濯機が止まり、洗濯物を干し始めると、エントランスのチャイムがなった。


「お届け物でーす♪」という声に、女性だなと思いながら画面は見ずにロックを解除した。


それから少しすると玄関のチャイムがなったのでドアチェーンを外し、扉を開けた。


するとそこには麦わら帽子がいた!


うつむいて顔が見えない背の低い女の子、見覚えのあるシルバーのキャリーバッグ!


気付いた時には驚いて声が出なかった。


扉を開いたまま何も言わない私のことを不審に思ったのか、悪戯っぽい笑みを浮かべた樹里が顔を上げた。


すると凍りついたかのように固まっている私に気付き、鼻の頭を指で押してきた。

それで我に返った私は思わず「どうしたの!?」と聞いた。


すると、何を言ってるんだろうと怪訝な表情を浮かべながら「来たよ」と答えた。


「触ってもいいの?」

「いいよ」


「たくさん思いっきり?」

「まぁほどほどに」


「どこでも?」

「ここ外だけどね」


「どおして……」


「ねぇ、暑いからいい加減、中にいれてよ」


「入れるのね」

「当たり前でしょ!」


「咲!、へんだよ!、どうしたの?」

「変なのは樹里だよ。急に来て……」


「やっと仕事で樹里の居なくなった穴を埋め始めたのに、いったいどうしたの?」


「一緒に暮らしたかったんでしょ。だから来たのに……」


「今度はいつ帰るの?」

「うーん……、そんな事は考えてない」


「考えてないって?」


「ねぇ、そろそろ入らせてよ!」

「う、うん。ごめん」


「ふぅ、涼しいねー」



「ねぇ樹里……、いつ帰るか考えてないってどういう意味なの?」


「えっ、そのまんまの意味ですよ」


「期限は無いってこと?、ずっといるってこと……。でもどうして?」


「妹だからかな。東京にいるお姉ちゃんのお世話になろうかなって思ってさ」


妹……、お姉ちゃん……、嬉しいような悲しいような複雑な心境だった。


「よろしくね♪、お姉ちゃん」



それから樹里はアルバイトを始めた。そしてそれ以外の時間は勉強に費やすようになった。

さらに我が家の食事は樹里が作ってくれることが増えて、フライパンも二種類に増えた。

それにより中華料理もレパートリーに加わり、私も支度を手伝っている。



実は樹里は東京へ出てくるにあたって、アパートを引き払い、ご両親と今後について相談した上で、私の家に来ていた。


十月から資格取得に向けて専門学校へ通うことにしたそうだ。

入学金はお母さんが樹里のために貯金していたものを使い、月謝はバイト代でまかなう。


食費や部屋代などもバイト代でまかなうと説明したらしいが、ルームシェアメイトである姉としては何も聞いてはいない。


もちろん貰うつもりは無いのだが、黙って親に説明していた事は良くないことだと思う。


それにここが一番大切なところだが、恋人なら全部が無償の愛だが、妹となると想定していなかった。



それから十月になると、樹里はファイナンシャルプランナーになるための第一歩を踏み出した。でも私の周期的にやってくるムラムラは解消出来なくて、一人で発散するチャンスも無く、ついつい先日お世話になった怜さんのことが頭にチラつく。


樹里には決して見せられないが、私のスマホのブックマークには怜さんの紹介ページが入っていて、彼女のブログを読んだり、勤務予定を時々見たりしていた。



そんなある日、転機が来た。

ついうっかり、買い物に私の財布を渡してしまった。


その中には、先日、怜さんから貰ったメッセージカードが入っていた。

ポイントカードを探した樹里がそれを見つけてしまい、買い物から帰ってくるなり、怒って突き付けてきた。


「咲さん!、これ何ですか!、結局、レズ風俗に通っているんですか?」


「違っ、違うよ!。それは渋谷で占いをしてくれた人からもらったカードだよ。勘違いだよ!」


「怪しい……、今度そこへ連れて行ってくださいね」


「ところで結局ってどういう意味?」


「咲さんは性欲旺盛だから、私が居なくなったら、きっと玄人のところに行くだろうって思ってました」


「そんな!、そこまで分かってて、今の生殺し状態なわけ?、ひどいよ」


「そんなの大人なんだから、自分で何とかしてください!」


「だって私が一人の時間なんてほとんどないじゃん」


「じゃあ、妹に性欲の処理をさせるんですか?」


「そんな事は言ってないし、樹里が妹っておかしいし」


「じゃあ、ただのシェアメイトにしますか?」


「ごめん、頭が疲れた……。この話、お終いにさせて」



翌日の土曜日、少し長めにシャワーを浴びると、ちょっと出掛けてくると樹里に伝えて家を出た。

目的地は怜さんの所だ。

ムダ毛の処理をきれいにして、体もきれいに洗った。

昨日のやり取りで、私の我慢は限界を迎えていた。


駅のガードをくぐり、反対側へ行くと歓楽街を進む、そして雑居ビルに入り、エレベーターに乗り込んだところで、サッと誰かが乗り込んできた。


その鋭い眼差しを向けているのは樹里だった。



そのまま、家まで連行され、今、何をしようとしていたかと、前回の話を説明させられた。


すべて話終えると、一旦はうつむいた樹里が、顔を上げて、私の頬を思いっきり叩いた。


私はあまりに驚いて、何がおきたのか分からなかったが、樹里が机に伏して泣き始めてしまい、どうしたらいいのか分からず、ただ、じっと固まっていた。


それから樹里がようやく泣き止んで、顔を上げるとそのまま寝室へ入ってしまった。


一人になってようやく体の力が抜けた私は、叩かれた頬を押さえながら泣いた。


私にとっては非常に不合理な話に思えて、それを説明する力もなく、悔しくて悲しかった。


膝を抱えながら泣いていたが、泣きつかれたのか呼吸が落ち着いてきた。


それと共に、なんでこんなに苦しい恋をしているんだろうという気持ちが湧いてきた。


束縛されるが、私の欲求は満たしてもらえない……


腫れた頬を見ながら、もう一度メイクを整えるとバッグを持って外へ出た。

それからふらふらと怜さんのお店を目指して歩き始めた。



寝室に扉が開き、鍵が閉まる音が聞こえてきた。


とっさに寝室を出ると玄関を飛び出し、咲さんを追い掛けた。


ちょうどエレベーターが閉まってしまったので、階段を駆け下りて、マンションから少し離れたところで追い付いた。


「咲!、どこ行くの!」


咲は振り返るとこう言った。


「ちょっと欲求を満たしに行ってくるよ。これは樹里との姉妹関係を壊さないためでもあるんだ」


私は咲の手を両手で掴むと行くのを止めた。


「行っちゃ駄目!」


でも咲は腕を振りほどこうとする。


「咲!、行っちゃ嫌なの!」


「ねぇ、樹里、私の欲求はどうしたらいいの?」


その言葉にドキリとしたが、手を離すつもりはなく、より一層強く握った。


「樹里、痛いよ」


「咲、行かないで。ほかの人とスるなんて許せない」


「それは独占欲?」


「あいにく私も一人の人間なんだよ」


「そうだね、きっと独占欲だよ。でも咲が私のモノだから束縛したい訳じゃないよ。私は咲が……」


言わなきゃいけない言葉が喉につかえて出てこない。緊張で止まってしまった呼吸をため息をついて取り戻すと、一気にしゃべった。



「私は咲が、好きだから私だけを見ていて欲しいの」


「それから、そんなに欲求に苦しんでるなら、私を相手にして」


咲の目が大きく開き、表情が歪んだ。


「樹里、何言ってんの!?、もういい加減なこと言って済ませる状況には無いんだよ」


「咲、今までごめんね。妹っていうのは照れ隠しだったの」


まだ、釈然としていないような表情の咲にもう一度伝えた。


「咲、本当のことを言うね。私はあなたが好き。すごく愛してる。今まではぐらかしていて、ごめんなさい。」


咲が私のことを抱き締めてくれた。


「我慢してたんだよ。最初は良かったんだけど、段々と辛くなっちゃってさ。樹里、私も愛してる」


私は咲の腕をほどくと、部屋に向かって手を引いていった。



(つづく)

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