第8話 八日目_解明

久しぶりに一人で目覚める朝。空っぽの隣のベッド。


この部屋はベッドが二つもあるから、気持ちが満たされない。もとから一つしか無ければ、きっと気にならないだろう。


カーテンを開けると街を眺めた。


今日は八日目、土曜日。


『起きたよ』


それだけ打つと髪をちょっと整えて、朝食を食べにレストランへ行く。

今朝は白米を食べたい気分なので、焼き鮭や海苔などをおかずにして食べた。


ふとスマホを見ると、メッセージが届いていた。


『おはようございます』

『荷物が鞄に入りきりません(T_T)』


そして修学旅行に持っていくようなスポーツバッグと、あふれた荷物の写真が届いた。


それを見た私は学生時代を思い出し、ちょっと懐かしい気持ちになりながら、返事を打った。


『たぶん多すぎ。洗濯機が使えるんだよ』


『分かった。減らしてみる』


それからまだ伝えていなかったことを打った。


『出発は明日の十時半。家まで迎えに行く』


『了解』


樹里からの返事を見ると、私も部屋に洗濯をしに戻った。


午前中はコインランドリーの前で過ごした私は、樹里に連絡を取り、昼食を一緒に食べた。


「バッグ、どうなった?」

「入れました」


「この後、見に行ってもいい?」

「どうぞ」



昼食後、許可をもらったので、部屋に上がり見てみると、大きなスポーツバッグがパンパンになっていた。


「こんなに持ってくの?」


中を見せてもらって理由が分かった。


樹里のバッグには予備と称するものが多い。

下着類には予備の予備もある。

そして、晴雨や気温の変化に備えた衣類や小物も多かった。


私は、もう一度、樹里を外へ連れ出すと、キャリーバッグを売っているお店に入り、メーカーとサイズを決め、色は樹里に選ばせた。


帰り道、シルバーのキャリーバッグを引いている樹里は、少し恥ずかしそうだ。


部屋に戻ると、そのケースに入るように持ち物を絞り込み、詰め込んだ。


「ふう、さぁこれでいいね」


「しっかりと備えて持って行くことは大切だけど、東京は何か困ったらすぐに買えたりするから心配しないでね」


「はい」


「それで、明日なんだけど、午後からの飛行機に乗って、東京へ着いたら、まずは私の家へ行こう」


「お金、本当にいいんですか?」

「うん、要らないけど、もし持っていきたいなら一万円位を財布に入れてけば?」


「じゃあ、そうします」


「他にはどう?」

「たぶん、大丈夫です」


「よしっ!、この後どうしよっか?」

「暇なんですか?」


「まあね、今晩ホテルに泊まる?」

「荷物とか洗い物とか」


「荷物は明日の朝取りにくればいいよね。洗い物は部屋に置いて、下着だけ東京で洗えばどう?」


「咲さん我慢出来ますか?」

「そっ、そんなラストナイトだから襲おうなんて考えていないよっ」



「実は私、高校の時、マワサレたんです……」


「えっ……」


「彼氏の友達とか、知ってる人も知らない人も」


「それまでにも交換とかされてたから我慢は出来たんですけど、みんな嫌で」


「お母さんは……」


「知ってます……」


「その日、たまたま一緒に居たのが真子ちゃんで、本気で嫌がってるのに、誰も止めなくて……」


「元々は私と幼馴染で同級生だったんですけど、たまたま居たってだけで、そんな目にあって。

その後、自殺未遂して、精神科に入院して、たぶんまだ入院してます」


寝言で話していた真子ちゃんのことで、その日のことを後悔して謝罪しているのか……

自分も同じ目にあったのに。


咲の心にはやり場の無い怒りがこみ上げてきた。


一方で心のどこかに樹里と触れ合いたいという気持ちが残っている。

私はそんな奴らとは違う。樹里を大切に扱うから……


大切に扱うから抱かせてくれってことなの?


自分の心の中に驚いた。



気付くと樹里が私のことを見ていた。

そうだ、何か言わなくちゃ!


でも口に出していい言葉が思いつかない。


結局、手を差し出して、樹里の首に回し、抱きしめた。



樹里は泣いた。子供かと思うぐらいに声を出して泣いた。

私は、私の樹里を大切に思う気持ちが伝わるように、しっかりと抱きしめた。


泣きつかれたのか、段々と泣き声小さくなり、荒かった呼吸が落ち着いてくると、樹里が泣きはらしたぐちゃぐちゃの顔で私を覗き込み、キスをしてきた。


私の気持ちが伝わったのかは分からないが、私はそっと目を閉じて、樹里からのキスが終わるまで、樹里に心を委ねた。



樹里は長いキスを終えると、少し笑みを浮かべながら洗面所に駆け込んだ。

そしてバシャバシャと顔を洗うと、私の足の間に腰を下ろし、寄りかかってきた。


私も樹里を背中から抱きしめると再び目を閉じた。



夕焼け小焼けで日が暮れて〜〜♪


「この辺のチャイムもこの曲なんだね」

「はい、夏場は五時半になると流れます」


「良い子のみんなはお家に帰りましょうってやつだよね」

「そうですね。覚えちゃいますよね」


「私達はどうしよっか?」

「咲さんに従いますよ」


「大人だからご飯食べに行こっか?」

「そうですね。その後は?」


「大人のお泊りかな……」

「サルですねぇ……」


「どうせ脱がされちゃうなら下着の替えは持ってく必要ないかな」


「そうだね、歯ブラシもホテルにあるし、手ぶらで来たら?」


「まぁ、おサルがそう言うなら、そうしますか」


「ちょっと、サル、サルって酷い」

「だって本当のことでしょ」


「でも普通でしょ?」

「そうですね。ただ二十七でバージンの性欲は強いですね♪」


「仕方がないでしょ。女性が好みなんだから」

「そうすると一生バージンなのかな」


「違うよ!、セックスした時点で卒業だよ」

「あはっ!、随分とムキになっちゃって、さすが処女ですね」


「樹里はひどい!、どうにもならない事でからかって」

「そうでしたね♪、まずはご飯で、その気になったら泊まりに行きます」



今から行くお店は樹里の食べたい所へ行くことにした。

しばらくは、恋しくなっても松山のご飯が食べられないからだ。


「じゃあ、手作りハンバーグのお店にします。ジューシーでとっても美味しいんです」


「いいよ♪、行こう」


カジュアルで木材を多用したお店は、中に入る前からハンバーグの焼けるいい匂いがする。


広めのテーブルに二人で座り、私はイチオシメニューを頼んだ。

特製ハンバーグのサイズは二百グラム。どうやらこの大きめなサイズ自体もこだわりらしい。


「たまに来るの?」

「滅多に来られませんけど好きなんです」


「そっか♪、じゃあ良かった」


机に頬杖をつきながら、ニコニコと嬉しそうに笑う樹里を見ていると、穏やかな気持ちになってくる。


樹里が頼んだ料理は、特製ハンバーググラタン。その熱々の料理がテーブルに届いた。


「すみません、取り分け用の小皿をください」


小皿をもらうと、樹里が私に少し分けてくれた。


「咲さん、美味しいよ♪、食べてみて」


「うん、ありがとう」


二人で一緒に食べてみると、グラタンの中に入った野菜達と、ハンバーグとチーズがマッチしていてとても美味しい♪


「私のも一口あげるね」

「はいっ♪、そのデミグラスソースが美味しいんです」


美味しそうに食べる樹里を見ているのは至福の時間だ。まるで母親みたいだけどさ。



お互いにきれいに食べ終わった。

いよいよ選択の時間だ。

フォークをお皿に置いて樹里を見る。

その表情からはどうしたいのか読み取れない。

仕方なく聞いてみた。


「美味しかったね、この後、どうする?」

「咲さんに従いますよ」


「今はあなたの気持ちが知りたいの」

「はい、それが従いますって気持ちなんです」


「そっか……、じゃあ、今日は家へ帰ろう」

「分かりました。そうします」


お店を出ると、樹里が部屋に入るのを見届けて、それからホテルへ戻った。


『部屋に戻ったよ』


『おかえりなさい』


『部屋の住所を教えて』



咲は住所が分かると電話を一本かけた。そしてお風呂を貯めると一人で湯船に浸かった。


(つづく)

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