第4話 四日目_宇和島
休暇四日目、火曜日。
何気なく新聞を広げ、モーニングサービスのコーヒーを飲みながらロビーで寛いでいると、今日も笑顔で樹里が入口から入ってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
「朝ご飯は食べてきた?」
「コンビニで何か買ってもいいですか?」
「ここで食べたら?、バイキングだし」
「その分、遅くなっちゃいますよ」
「いいよ、急いでないし」
樹里にはしっかり食べて欲しくて、ついしつこく誘ってしまった。
ロビーの隣にあるレストランに行くと、樹里の分だけお金を払い、私は軽く会釈をして通してもらった。
「案外、空いてますね」
「そうね、繁忙期だと思うけど、客室もそれほど混んでいない気がするわ」
「夕べは洗濯出来たの?」
「はい、部屋に干してきました」
「私も浴室に干してあるわ」
「宇和島はどこか行きたいところがあるんですか?」
「そうね、後で話すわ」
樹里がしっかりと食べ終えると、駐車場で車に乗り込み、出発した。
車は市街地を抜けると高速にのったので運転が楽になった。
「さっきの話だけど、私の父親の実家が宇和島の奥にあるの。もう私の知らない叔父さん達が住んでいて顔を出すつもりはないんだけど、お父さんに故郷の景色を見せたくてね。写真を撮りたいんだ」
「お父さんは来ないんですか?」
「ちょっと具合が悪くてね。もう飛行機とか乗れないんだ」
「そうなんですね……」
「樹里のご両親は?」
「健在ですよ……」
「私、五人兄妹の末っ子で、お兄ちゃん達は結婚してて、お姉ちゃんも働いていて彼氏もいて」
「肩身が狭かったんだね」
「咲さん、兄妹は?」
「兄が一人。結婚して親と同居してる」
「じゃあ、実家に帰りづらいですね」
「そうだね、もう部屋も残ってないよ」
「少し似たもの同士かもね」
車はインターチェンジをおりた。知らない間にそこからの道はきれいに舗装されていた。以前は山肌をぬうようにくねくねと走った道が、今は真っ直ぐだった。
そしてその道の途中に父の実家があった。
私は邪魔にならない場所に車を止めると車外に出て空気を深く吸った。
この場所は三百六十度を山に囲まれている。
道から百メートルも下りれば川幅百メートルほどの清流が流れている。
子供のころに来たときには若竹とタコ糸で作った釣り竿をたくさん並べて、川魚のドンコをたくさん釣って焼いてもらって食べた。
何にでも食いつくような二十センチ程の身太の魚で白身で美味しかった。
きっと今でもたくさんいるだろう。
あぜ道を歩きながら川を目指す。糸トンボがたくさん飛んている。川っぺりまで着くと写真を撮った。それから後ろを振り返ると、実家と裏山の写真も撮った。
あとは神社だ。
私は樹里を連れて近くの神社まで行った。
山の中腹に建てられているようで急な石段が百段ぐらい続いている。
「ここ登るよ」
「はい」
「うちのお父さんが子供の頃、よくこの境内で遊んだんだって」
私達は無言で石段を登った。杉林の中にあるので風が涼しい。
鳥居をくぐるときれいに掃除が行き届いた境内に着いた。でも人の気配はしない。
お賽銭を入れて旅の無事を祈願すると、写真を撮って石段を下りた。
実家の近くまで来ると、もう一度、実家の写真を撮り、実家の前から見える景色を撮った。
これで今回の旅の目的はほぼ達成された。
「樹里、鯛めし食べに行こっか?」
「おっ、いいですねぇ♪」
「咲さん、宇和島って真珠の名産地なんですよ」
「そうなんだ」
「旅の記念にどうですか?」
「覗いてみようかな」
「樹里はアクセサリーしないの?」
「そうですね、高校生で卒業した感じですね。もうピアスの穴もふさがっちゃったと思います」
樹里から聞く話はどれも少し悲しい気分になる。
こんなに愛らしいのになんでだろう。
宇和島市街地まで来たので、スマホでお店を探す。
「ここにしようかな」
「いいですよ、行ってみましょう」
ラストオーダーぎりぎりに店内へ入ると鯛めしを注文した。
するとすぐに出てきた。
鯛の刺身と生卵入っただし醤油、それに薬味と汁物。
私達は卵をとくと、そこへ刺身を漬けてご飯へかけた。それから薬味を乗せて食べ始めた。
「美味しい!」
「うん、美味しい!」
だし醤油に絡まった鯛もご飯も美味しい!
贅沢な卵かけご飯とも呼ばれるらしいが、とにかく美味しい。
樹里が満足な表情を浮かべているのも嬉しくて、私も顔がほころんでしまった。
お店を出ると次の予定で迷った。
宇和島城に登るか、真珠屋へ行くか、それともこのまま松山へ帰るか。
私はアクセサリーはいらないけど、樹里は喜ぶのかな?
「樹里、どこか行きたいところある?」
「うーん、特にありませんけど」
「真珠は?」
「咲さんが見たいなら行きますよ」
「樹里は欲しくないの?」
「要らないですね」
「でも昔は付けてたんでしょ」
「それは少しでも自分を良く見せたくてしていただけなので、今はどうでもいいです」
「プレゼントするっていってもいらない?」
「はい、そうですね。私には不要ですね」
「じゃあ、また山登りしよっか」
宇和島城の駐車場へ車を駐めて、天守を目指して坂道を登る。そして二人で寄り添うようにして写真を撮ると、天守に入った。
「宇和島湾だってさ」
「こちら向き、きれいですね」
「ねぇ、樹里。ここ何か付いてない?」
私は少し襟を開くと樹里の顔を呼び込んだ。
「えっー、大丈夫みたいですよ」
心配そうに襟元から顔を上げた樹里を両手で捕まえると、その唇にキスをした。
「長いっ!、長いですよ!、いきなり発情しないでください!」
「これはどちらかというと、樹里からの愛を求める求愛行動なんだけどな」
「何を馬鹿なこと言ってるんですか。私は残念ながらノンケですからね」
少しショックだった。
なぜだか気持ちが通じ合ってる気がしていたから。
でも確かに同性愛者だなんて、一言も無かったよね……
樹里から手を離すと、階段を先に下りて外へ出た。
正直、気落ちした私は黙って車を運転し、松山まで戻り、樹里を下ろした。
ホテルの部屋に入るとまだ五時半だった。
さっきの一言で気持ちをポッキリと折られた私はベッドに横になった。
お腹も空きそうにないので、お風呂に入ったら寝よう。
何もない天井を見つめていると樹里の顔が浮かんでくる。まだ会ってから四日だけど、好きになっていたんだという事を改めて感じる。
でももうお終いだな。
四国を離れるとしても未練はない。東京へ帰るか……
そこまで考えた時にスマホが振動した。
慌てて画面を見ると『晩御飯どうしますか?』。
そうか、樹里は私に失恋のダメージを与えたことに気付いていないのか……
『まだ食べていないよ』
『美味しい定食屋さんに行きませんか?』
『いいよ』
『今晩も添い寝しますか?』
『そうだね』
私達は待ち合わせ場所で落ち合うと晩御飯を食べに行った。
(つづく)
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