第3話 三日目_松山城

咲の休暇の三日目、月曜日。


目を開けるとまだ樹里が眠っていた。

私ももう一度目を閉じると再び眠りについた。



樹里は目が覚めると、一瞬どこに居るのか分からなかった。天井の色が白い。体を動かしてみて隣に咲が寝ていることに気がついた。

そっか、咲のホテルか……

そうっとベッドから抜け出すとポットをゆすぎ、お湯を沸かした。


それからベッドに戻ると咲の髪を触って過ごした。


ピーピーピー


お湯が沸いたらしい。


紅茶のティーバッグを取り出すとカップに入れてお湯を注いだ。


なんか不思議だ。普段の私の生活とはまったく流れている時間が違う。


ゆっくりと流れるのは一緒かも知れないが、何かに追い立てられるような焦燥感が無い。


紅茶を一口すすり、椅子を立つと窓から松山の街を眺めた。


地元の田舎より広いはずなのに、何で狭く思うんだろ……

たった一回、カラオケに行っただけで、会いたくない奴らになぜ会うの?


広島か大阪にでも行くかな……


東京か……、今の咲さんが本物なら、一緒に行きたいな……



「樹里、おはよう」

「おはようございます」


「今日もいい天気ね」

「そうですね」


「今、何時?」

「十時です」


「寝坊だね」

「ぐっすり眠ってましたよ」


「何時に起きたの?」

「9時半ぐらいかな」


「ご飯どうする?」

「どうしましょうかね」


「何飲んでるの?」

「紅茶です」


「私も淹れて欲しいな」

「いいですよ」


窓際から離れて紅茶を淹れるとテーブルに置いた。


「樹里、よく眠れた?」

「はい、ぐっすりです」


「そう、よかった。ねぇちょっとこっち来て」

「何ですか?」


「もっとこっち、首のこの辺、見てほしい」

「どうかしたんですか?」


んッ!


んむッ!


「もう!、心配したのに」

「だってまだ樹里とおはようのキス、してなかったから」


「キス魔め!、実は色情狂なんですか?」


「酷い、欲望は持ってたけど、一昨日が本当にファーストキスだよ」


樹里にしがみつくともう一度キスをした。


「ねぇ樹里の唇、気持ちいい」


「昼間もキスするなら延長料金取りますからね」


そう言って樹里は咲から距離をとった。


私は仕方なく樹里の体から離れると、テーブルへ行き紅茶を飲んだ。


「今日はどうしよっか?」

「残り半日みたいなもんなんで、松山城へ行きませんか」


「わかった。じゃあ、出掛ける支度をするわ」


私達は着替えてメイクを済ませると部屋を出た。



「今日は路面電車と歩きにしませんか?」

「そう」

「はい、近いですから」


ホテルのロビーを出て大通りを渡るとカフェを見つけて、朝食を食べた。

それから最寄りの市電の停留所に行き、路面電車に乗った。


「私、初めてだよ。床が板張りなんだね」

「そうですね、何種類か走っていますけど、このレトロな奴は板張りですね」

「外の色も肌色とオレンジで、角が丸っこくて可愛い感じだったね」


電車が走り始めると、ヴゥーンというモーター音やレールや道路のつなぎ目などから出る音が大きい。

私は樹里に降りると言われるまでは、おしゃべりをせずに外を見て過ごした。


松山城の近くの停留所に降りるとその周囲には普通にビルもたくさんあった。

街なかの一角に広い緑があって、その中にお城がある感じだ。

樹里に従い歩いていくと、広い通りの向こう側に石垣が見えてきて、その上にお城が見えた。


「樹里、どこかで写真撮りたい」

「いいですよ」

「今日は二人で撮りたい」

「私と?、まぁいいですけどSNSには載せないでくださいね」


通りを渡りきるとお城をバックに写真を撮ろうとしたが、上手く入らない。私が色々と向きを変えて試していると樹里が教えてくれた。


「平たくて広いお城なので、きれいに天守なんかが収まる場所は、上に登らないと駄目だと思います」

「そうなんだ」


「一ノ門辺りからだと天守がきれいに入るみたいですよ」

「じゃあ、行こっか」


「ロープウェイと徒歩があるんですけど、どうしますか?」

「歩くよ!」


お城特有のカクカクと曲がりくねった道を登りながら頂上を目指す。


「暑いね、樹里」

「夏ですからね。こんなもんですよ」


「咲さん、どうです、この立派な石垣は、すごいでしょ」

「うーん、すごいんだろうけど、よくわかんないや」


「あと一息です。上まで登れば眺望も素晴らしいですから」


はぁはぁ……


「思ったよりも遠いよ」


「お城ですからね。一直線に攻め込まれないように、わざと曲げてあるんですよね」


「おぶってー」


「普段は何をしているんですか?」


「営業」


「それなのにやけにバテてますね」


「こんなに日差しの下を歩かないもん」


「日傘くれー」


樹里は私を置いて行くようにスタスタと歩き始めてしまった。


「待ってーー」


「咲さん、文句が多いですよー」


「何それー。仕方ないじゃん、本当のことなんだもん」


先に行った樹里が木陰で私を待っている。その涼し気な顔が憎らしい。

私もようやくそこへ追いついた。


「ここ涼しい。いい風だね……」


「東京も暑いんですよね?」


「そうだね。照り返しとかひどくて、ムワってするしね」


「フォトスポットまではもう少しですよ」


「うん、もうちょっとね、ここで涼ませてね」


樹里が石垣にもたれかかった。そして顔に当たる涼しい風に目を細めている。

そんな樹里を見ると頬を撫でたくなったが、発情してると言われるのが嫌で我慢した。



もう少し歩くと、いよいよ少し開けた城内に入った。確かに天守がよく見える。


「咲さん、ここから撮りませんか?」

「うん!」


手をいっぱいに伸ばすと二人の笑顔と白い塗り壁のお城を入れて写真を撮った。


「私にもください」


LINEで転送すると樹里が喜んだ。


「咲さんと一緒に過ごした証ですね♪」


樹里が口にした証って言葉が変に耳に残った。



二人は入場券を買うと天守に入った。中には甲冑や刀などの展示もあったが、まずは急な階段を登ると最上階へ上がり、外の景色を眺めた。四方それぞれを眺めながらかつての城主の気分を味わった。


「咲さん、高いところ好きなんですか?」


「ここ、凄い眺めだよね。まさに城下を一望出来るって感じでさ」


「そうですね……」


「樹里、どうしたの?」


「いえ、確かに松山にもいい所はあるなって……」


「そうだよ、そこにいると気が付かないだけだよ」


それから二人で樹里の家を探した。でも山の向こう側だったので直接は見えなかった。


「明日、宇和島に行こうかな……」


「そうですか、お供は必要?」


「詳しいの?」


「全然。まったく」


「そう。でも来て。車で片道一時間半ぐらいだから退屈だし」



私達は天守を離れると坂道を下りお堀に出た。


「大きいお堀だね、あれは白鳥かな?」

「そうです、餌付けしていて白鳥がいるんです。あと鯉もいます」


咲はお堀をバックに樹里と写真を撮った。


「ねえ、樹里、今日は着替えどうするの?」

「そうですね、ホテルへ戻ったら洗濯物を持って家へ帰ろうかな」

「今日は泊まらないってこと?」

「はい、そうですね」


「最初に樹里の家へ行って、着替えを持ったらホテルへ行くのはどう?」


「洗濯したいです」


「そうだね。私もホテルでコインランドリー使わなきゃな」



結局、晩御飯を一緒に食べたらホテルへ行って、樹里は洗濯物を持って家へ帰ることにした。



私は樹里と別れた後、コインランドリーで洗濯と乾燥をすると、シャワーを浴びてベッドへ入った。


(つづく)

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