第2話 二日目の不運な出会い
休暇二日目、道後温泉で昼食を食べた私とアンリは、近隣のぎやまんガラス美術館やお店をぶらぶらと歩き、眺めの良い場所にある足湯に入った。そこからは道後温泉が一望出来る。
「足がほぐれて気持ちいいね」
「疲れた?」
「暑いしね」
「これからどうしますか?」
「アンリは何時まで?」
「そうですねえ、五時までかな」
「じゃあ、晩御飯はいらないんだ」
「あっ、それは食べたいです」
「じゃあ、どうする?」
「添い寝もお申し込みでしたっけ?」
「うん。でも本当に添い寝だけ?」
「まあ、そこは状況しだいで」
「私のホテルでもいい?」
「どこですか?」
「松山駅のすぐそば」
「それならいいですよ」
「でも最長二時間までかな」
「明日も観光ガイドを頼みたいんだけど」
「うーん、じゃあ、朝までご一緒します♪」
「アンリの着替え、取ってからホテルに行こうよ」
「わかりました」
お互いに足を拭いて車に戻ると、アンリの案内でアンリのアパートの付近まで行った。
「ここで止めて下さい。支度に行ってきますね」
私が見ているとアンリは路地に入り、見えなくなった。
それからしばらくすると、バッグを持ったアンリが戻って来た。
「おかえり。住んでるとこ、もう少し奥なんだね」
「はい、これでも一応は警戒心がありますからね」
私はふふっと笑って車を動かした。
ホテルに着くと部屋へ案内した。
「わぁ、ツインなんだ!」
「嬉しい?」
「はい、普通はシングルですよね」
「そっち側、使っていいからね」
「はーい」
それから夕食のお店を探して、焼き肉を食べることにした。
「ハジメさん、嬉しいです。焼き肉久しぶりです♪」
「いいよ、たくさん食べてね」
私はまだ若い胃袋がガツガツとお肉を食べていくのを眺めながら、ぼーっと見入ってしまった。
「ハジメさん、どうしました?」
アンリが私の顔の前で手のひらを左右に動かしていた。
「あっ、ごめん。ねぇアンリ、あなた芸能人なら誰に似てるって言われる?」
「なんです、それ?」
「高校生の時、そういう話題になったでしょ?」
「そうですねぇ。モデルの佐藤栞里さんでした」
「そうだよね!、昔、耳が出るくらいにショートカットだった頃の栞里ちゃんにそっくりだよね」
「でも、向こうは百七十センチ位の身長があって、私は百五十五センチも無いので……」
「アンリ、笑うとすごく可愛いよ」
「ありがとうございます」
「ハジメさんは、えーっと、バイキングの小峠さんに似てる?」
「なんて日だ!」
「アッハッハッハッハ!、やっぱりあんまり似てませんでした」
「当たり前でしょ!、小娘にイジられたわ!、悔しい!」
「本当は、女優の波瑠に似てます」
「いいのよ、今さら持ち上げなくたって」
「さっぱりしてて、アネゴ肌な雰囲気が一緒にいて落ち着きます」
「そうね、アンリといると身長差から姉妹みたいだもんね」
「むーっ!、背の話はおしまいにして下さい!」
「分かったわ、ところでお酒は飲むの?」
「ほとんど飲みません」
「そう」
「弱いので、缶チューハイ一本で十分です」
「趣味とかは?」
「無いかな。家にいる時はゲームとかしてます」
「カラオケは?」
「高校生の頃は友達と行きました」
「じゃあ、この後行く?」
「いいですよ。ハジメさん好きなんですか?」
「まぁ、たまに歌いたくなる程度かな」
「ヨシッ!、まずは満腹になるまで食べよう」
残念ながらご当地名産のお肉は無かったが、二人でたくさん食べて焼肉屋さんをあとにした。
「ハジメさん、カラオケならここですね」
アンリの案内で大手チェーン店のカラオケボックスに入った。
ワンドリンクと二時間、ひとまずそれだけ申し込むと部屋に案内された。
私はさっそくアンリに歌わせる。
やはり様々なレパートリーを持っているようで、まずは女性アイドルグループの歌から歌い始めた。そして次の曲になると私にもマイクを持たせて一緒に歌った。
この娘、人付き合いにずいぶんと慣れているみたい。
いい気持ちにしてもらって二人で何曲も歌った。
結局、三時間歌ったところでおしまいにする事にした。
伝票を持ってフロントまで下りる。そして私が支払いを始めると、後ろが少しざわついた。
「おっ!、樹里(じゅり)じゃんか!」
「えっ!、マジ?」
「最近会わねえけど、市内に居るのか?」
「また一緒に遊ぼうぜ。俺達も大人になったからよ。前よりもっと気持ちいいことしてやるよ」
アンリは一人で逃げるようにお店を飛び出してしまった。
私はそれを目で追いながら、会計が終わるのをイライラと待つ。
「なんだよ、逃げちまったよ」
「あいつ、何してんだろうな」
「風俗かな」
「おっ、それなら見つけ出して友達割引とかでタダでさせようぜ」
「それいいな」
「高校卒業してから、あいつとはシてねえもんな」
「だなー、マジで探そうな」
ゲスな話を聞きながら、ようやく受け取った釣銭を持って外へ出た。
すると、数本先の電柱の影から私を見ているアンリを見つけた。
私は安堵して、彼女に駆け寄った。
そばまで行くとアンリは泣いていた。
バッグからハンカチを出し、そっと涙を拭いた。
それから手を引いてホテルへ戻った。
ポットを沸かしてお茶を淹れると、黙ったまま座っているアンリの前に湯呑を置いた。
テレビを点けるとお茶が冷めるのを待つ。
「アンリ、もう飲めるよ」
「うん」
「本名は樹里なんだね」
「うん」
「私はね、咲(さき)」
「樹里、お風呂はどうする?、最上階の展望風呂?、それとも部屋の風呂にする?」
「部屋がいいかな」
「じゃあ、貯めてくるね」
私は立ち上がると、樹里のそばへ行き、そっとキスをした。
それから入浴の準備を始めた。
お湯が貯まると樹里を先に入らせ、後から私も入る。
「樹里、背中側に入らせて」
黙って少し前に縮むようにした樹里の背後に体を入れた。
そして樹里の脇の下に腕を通し、前で組む。
「ねぇ、樹里。黙り込んじゃってどうしたの?」
「咲さんに会わせたくなかったな……」
「高校の時の遊び仲間?」
「そうです」
「あの中に元カレが居たの?」
「はい、でも今考えると最低な奴でした」
「そっか……」
「咲さんは、もう会いたくないとか、忘れたいとか無いんですか?」
「中学、高校と女子校だったからね。幸いにして何も無かったよ」
「それで女性が好きになったんですか?」
「まぁ、目覚めというか、きっかけはね。そうだね。でも誰ともペアにはなれなかったんだけどね」
「大学は?」
「共学で、教室には男子のほうが多かったな。経済学部だったからね」
「それで彼女居ない歴イコール年齢なんですね。東京にはレズ風俗店とかあるじゃないですか。心の隙間を埋めてくれるらしいですよ」
「まぁ、まだそこまでは追い詰められていないからさ」
「じゃあ、なんで松山で出会い系サイトを使ったんですか?」
「旅の恥はかきすてって心理かな」
「私で良かったですね。実際にはどんな相手が来るのか分かりませんもんね」
「そうだね。年上のおばちゃんとか来ていたらどうしたんだろうね。考えると可笑しくなっちゃうね」
「ねぇ、樹里」
(私達の出会いって運命的だよね)
「なんですか?」
「やっぱりなんでもない」
「えっー、それすごく気になるパターンですよね」
「あのね、まだ一緒にいられるといいなって」
「咲さんはいつまでいるんですか?」
「次の次の土日までかな」
「そんなに!?」
「うん、十六連休だからね」
「どこ行くとか決めているんですか?」
「松山、あと宇和島、あとは四万十川」
「それには十六日もいりませんよ」
「あとはどこか行こうよ」
「私を貸し切りたいんですか?」
「そうだね、一生」
「なにそれ、プロポーズですか!?」
「まぁ、そんな無理な話は置いといて、出発まで貸し切りは構いませんよ。でも半額は前金でください」
「いいよ、あとで計算してみて」
「咲さんて本当は何者ですか?」
「貯金をたくさん持ってるただの会社員だよ」
「すごいなぁ、私の事、援助してくださいよ」
「東京に戻ってからも?」
「はい、そうです」
「東京においでよ。そしたら同居させてあげるよ」
「東京、行ってどうするんですか?」
「働いて生活する」
「何の取り柄も無いのに?」
「高校は普通科卒?」
「はい、そうです」
「得意なこととか、やりたいことは?」
「指先を使うことかな……」
「指先か……、パソコンとかは?」
「好きではないかな」
「うーん」
「咲さん、まだ会って二日だから、そんなに真剣に考えなくてもいいよ」
「えっー、あなたの事だから真剣に考えちゃうよ」
「そんな、いいのに……」
樹里が湯船から立ち上がった。
「どうしたの?」
「もうあがる」
樹里は体と髪を洗うと浴室から出ていった。
私も体を洗うと浴室を離れた。
ドライヤーで髪を乾かし、部屋に戻ると、樹里は自分のベッドに横たわっていた。
私も自分のベッドに腰掛けると、樹里を見つめた。
樹里は少しうつろな目で私を見つめながら聞いてきた。
「咲さんは高校の時、何してました?」
「同じ部活の友達と一緒に色々と遊んでいたかな」
「遊ぶ?」
「お店で駄弁ったり、カラオケとか映画とか、ディズニー行ったり。あと友達の家とかね」
「そうなんだ……、私はさっき来た奴らとつるんで、たむろして、遊んでました。
タバコは嫌いだから吸わなかったけど、お酒は興味があって、少し飲んで気分が悪くなったところを襲われて、処女を奪われて、そのうちに色んな相手と交換でヤラれて、それで高校卒業して、ようやく奴らとは段々と距離を置いてきたんだけど、今日居場所がバレちゃった……」
何だか分からないけど、樹里に何かしてあげたくて、樹里のそばへ行き、手をつないだ。
「咲……」
「昨日が初めてだった。あんなに優しく扱ってもらうの。あんなに気持ちよくなったのも初めて。
いられる間はずっと一緒にいたい」
「いいよ。もちろん」
私は自分の布団をまくると樹里を連れて一緒に入り、手をつないで眠った。
(つづく)
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