#3 ヤスミ

「……ちょっと、家出」

「い、家出?」

 母の顔が戸惑いの色に染まる。

 家出……か。なんだかもう死にたくなってきた。

「家出ってアンタ……ここでの暮らしが嫌になってきたの?」

「……違うよ。ただの気分転換」

 嘘だ。

 また嘘をついた。

 気分転換なんかじゃない。ただ死にたくなったから家を出ただけ。

 私は家族に嘘をつく傾向にある。

 真意を知られたくないから咄嗟に出てしまう。虚言癖とかでは無いと思いたい。

「そう……。にしては、制服姿のままだけど……」

「あーこれは……着替えるのがめんどい、的な?」

「あらそう……」

 着替えるのがめんどくさいのは本当だ。

 でもいつまでもめんどくさいのままじゃダメだから、今日はパーカーとジーンズに着替えよう。

 私は靴を脱ぎ、母の横を通り過ぎて自分の部屋へと向かう。


 自分の部屋に向かったら早速スマホに充電ケーブルを挿す。

 宿題……嫌だなぁ。

 もう何もかもが嫌すぎて、宿題にも手をつけられない気分。

 引っ越す前ならすぐに宿題をしてたのに。

 ベットの上に体育座りをし、目を瞑る。

 ──私のこの「死にたい」は、引っ越してからずっとだ。

 二ヶ月間ずっと死にたいと思ってる。

 誕生日に死のうと思った事もあるし、引っ越してから一年経ったら死のうと思った事もある。

 川を見たら飛び込みたいと思うし、マンションを見たら飛び降りたいと思う。

 電車に乗る時は線路に吸い込まれそうになって何度も他人に止められた事がある。

 引っ越す前の一軒家にも戻れないし、時間を戻せるかどうかも分からないから逃げ道が無くて八方塞がりなんだ。

 引っ越しが私の心を壊した。

 こんな事を言っても他人に笑われるだけで。

 父が決めた事だったから、子供の私は逆らえなかった。

 弟は乗り気だったし、母も特に抵抗はしなかったから私だけ抵抗するのもなんだと思ってさ。

 死にたい。死にたい。死にたい。生きててもどうしようもない。

 なんでこうなっちゃったのかな……。


 そんな事を考えているうちに腹の虫が暴れ出した。

 食べたい、けれど面倒臭い。

 というかそろそろ着替えないと。制服がシワだらけになっちゃう。

 私は意を決して動き出し、制服を脱いでパーカーとジーンズに着替えて脱いだ制服をハンガーにかける。

 今日は何をしようか。

 何もしなくてもいいか。

 そうして私は数時間、ベットの上で体育座りをして目を瞑った。

 ──時刻は十五時。

 何も食べずにただひたすらに体育座りをして目を瞑っていた。

「流石にお腹空いたな」

 私はスマホを持ってリビングへと赴く。

 ……リビングからキッチンに行き、食パンを取り出してトースターで焼く。

「……あら、お昼ごはん?」

「うん」

 母がリビングのソファから問うてくるのでそれに無気力に返す。

 母はポテチうすしお味を食べながらドラマを見ていた。

 特にそれに苦痛を感じる事もなく、やがてトースターから焼き立てのパンが出てきた。

 皿に置いて、バターを塗って食べる。まあまあ美味しい。

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