第4話

俺や母を殴っていた、あの父だった。


反発とか、怒りとか、激しい感情は沸き上がっては、こなかった。


自分でびっくりするくらい素直に「うん。」と返事をしていた。


静かな再会だったと思う。


いつもならうるさい街の雑踏も、ボリュームを最小にされていたみたいに静かだった。


ただ。黙ってお互いの顔を見ていた。






沈黙を破ったのは父の方だった。


元気だったか?と小さな声で言った。


記憶の中の父は、酔ってどなってばかりいたので、その声は別人みたいに聞こえる。


あのころは怖くて仕方なかった声が、今はとても弱々しい。


俺はうなずいて、母さんも再婚して、元気だよと答えた。


そうか、と父が見せた笑顔も、とても弱く見えた。






あれから10年経っているんだ。俺が大きくなった分、この人は年をとったんだ。


すこし寂しい気持ちがした。


普通なら、どう感じて、どう接するんだろう。


テレビでやってる感動の対面みたいに泣くのが普通なんだろうか。あのころはよくも殴ってくれたなコノヤローと怒るのが普通なんだろうか。


小さい頃に殴られすぎた後遺症なのか、俺は普通の感情が少ないみたいだ。




なんにも、感じない。




たいしたことは話さなかった。


今近くの高校に通っていること、この公園ではぼーっとしにきているんだと言うことを話しただけ。




父も近くに住んでいること、持病があって病院通いをしていて、帰りは必ずこの公園を通っていることなんかを話した。


心臓が悪いらしい。不整脈で胸にペースメーカーという機械をいれているそうだ。父はちらっと左肩付近を見せた。傷と四角い膨らみがあった。その皮膚の下にはそれが入っている、と。




自分や母が幸せな日々を送っている間、父は心臓を患って、機械を身体に埋め込む手術をしていた…


そう考えると、すこしかわいそうな気がして。


「また、会えないか?」


そういった父に「いいよ」と、うなずいていた。




毎週火曜日が父の通院の日で、俺はそれにあわせて公園に通った。


よれよれの作業着の父も、毎週公園に現れた。そして俺を見て、昔とは考えられないほどの笑顔を見せた。


そして話すことは一般の父親らしくない、パチンコの釘の見方や競馬の馬の見方なんて、俺の実生活に関わりのないことばかりだった。だけどなぜか不思議と面白かった。父親の話し方がうまいのか、俺の中に流れてる血のせいなのか。あんなに嫌っていた父親なのに、なぜか毎週火曜日が楽しみになるほど。




「吸うか?」


「たばこ?! 俺は未成年だよ!」


「俺が高校生くらいの頃は、学校のトイレで吸ったもんだぞ」


「そんなんだから心臓悪くしたんじゃねーのかよ」


「くく…そうかもしれんなぁ」


そういって差し出された赤いマルボロは煙いだけで、やっぱり俺には苦手な香りだった。


試しに吸って、むせた俺を見て父は「それでいいんだ」と笑った。


「おまえは長生きできそうだな」と。






家に帰ると、母がたばこのにおいがすると言い出して、いいわけを考えるのに苦労した。駅の喫煙スペースの近くで参考書を読んでいた、とか適当なことをいってごまかした。母は何か言いたい表情をしたが、なにも言わなかった。


俺もそれ以上はなにも言わなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る