第3話
夏にささやかな結婚パーティをした。
母も、新しい父も、優しい祖父母もみんな笑っていた。
式場は気を利かせて小さな花火をあげてくれ、そして俺はまた苗字が変わった。
しばらくして、俺たち家族は新しい命を授かった。
いくら同級生のどの母親よりも若い母であっても、さすがに高齢出産で少しばかり生命の危機があったようだ。新しい父が懸命に看護している姿に俺はかなり感動し、お陰で無事に妹を迎えることができた。
一回りも違う妹はよく泣いて、よく笑った。
そして俺たちもつられて、よく笑った。
俺はもう年中行事をおびえることはなくなって、小さな妹のために行事を楽しく過ごせるようにいろんな工夫をした。
お正月のお年玉、春は花見、夏は自宅の庭で線香花火。
秋は稲刈りを手伝って、冬は雪ダルマをつくって、クリスマスにはプレゼントを用意した。
俺は幸せな毎日を送り、高校生になっていた。
偶然にも高校は俺が生まれた家の近くであったが、幸せな俺は気にしていなかった。
あの父親も、どこか遠くへ行ったのだろうと勝手に思っていた。
俺の苦しい記憶のあるアパートはすでに取り壊されてなくなっていて、そこにはきれいな花壇のある小さな公園があった。
そして俺は高校3年……受験期を迎えた。
地元に残って近くの大学を進学するか、東京の大学へ進学するか全く決めることができず、悩んでいた。
その頃、何かあるとあの公園にいた。
俺が殴られたアパート跡の公園。
俺の人生が変わった場所にいれば何かヒントがあるかもしれない、なんて言い訳しながら。
この公園のことは母親には何も言っていなかった。
あのアパートを出てから、俺も母親も本当の父親の話は一度もしなかった。
あの頃の話はできるだけ避けていた。
俺が退院したばかりのときは、何度か電話が鳴っても取らないようにしたり、真夜中に家のドアを叩く音がしたこともあったけど、母はそのことについてはいっさいしゃべらなかった。
もしかしたら父ではなかったかもしれないけど、俺は父からなんだろうと勝手に思っていた。
だから、あえて俺もそのことには触れなかったんだ。
ある晴れた日のこと。
いつものように公園のベンチに座っていると、向いのベンチにボロボロの作業着の男がいることに気がついた。
気がついた、というのも空気みたいに存在感がなく、最初からいたのか俺が考えごとしている間に現れたのか、全くわからなかったからだ。
白髪交じりの長い髪の毛と濃い髭で表情はわからなかったが、こっちをじっと見ていることはわかった。
なんとなく気持ち悪いような気がして、目をそらした。
今日はもう、帰ろう。
携帯で時間を確認しながら立ち上がると、かすれた声がした。
「漱……か?…」
男が俺の名を呼んでいた。
振り返って男の顔を見た。髭の中のしわの刻まれた顔に、確かに見覚えがあった。
俺とよく似た顔の男。
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