フードとコート

SHOW。

フードとコート

 地元の大型ショッピングモール二階にある、平日昼過ぎのしがないフードコート。


 九割越えの空席の中から、窓側のすみのカウンター席を選ぶ。


 対面席はどうにも落ち着かないから、窓外の駐車場と郊外こうがいを眺めている方が個人的に気楽だ。


 トレーに乗せてある、あらかじめ購入したハンバーガーセットをカウンター台に置く。


 背負っている黒リュックを隣席に座らせると、一息つき手首を回す。


「……」


 おもむろに無言で振り返る。

 待ち人はまだ来ていない。


 そのあと。Mサイズのコップに入った麦茶をストローで吸う片手間かたてまでリュックのジッパーを引き上げ、携帯ケースを取り出す。


 中にはオレのゲーム機が入っている。


「一応、連絡しとこうか」


 退屈しのぎワンプレイも良いけど、まずは相手に到着したことを伝えないといけない。


 連絡手段としてゲーム機はマイナーだと思うけど、オレが待ち合わせている人物に対しては、この方法が自然だ。


 ハンバーガーの奥にゲーム機を立て掛け、自前で用意した爪楊枝つまようじでポテトを頬張る。


 周りから変人扱いされるかもしれないが、指先の油汚れは厳禁。


 でも、塩味がスティック状の揚げイモに絡り、気付けば自然と手が伸びてしまう中毒性には抗えず、今日も頼んでいる。


 ゲーム画面が表示されて、片手操作でぎこちなくメッセージ欄へ飛ぶ。


 その一番上。唯一お気に入りに設定したアカウント名と画像が真っ先に表示される。


 名前は『フード』。満月を写したアカウント画像にカーソルを合わせ、オレは決定ボタンを押す。


 すぐにチャットが開かれる。


[いま家を出ました 一時間前]


 メッセージと投稿時間が吹き出しに記されている。なんだか事務報告みたいだ。


「……一時間か」


 住まいを知らないので分からないが、昼食を終えるくらいまでには来るんじゃないかと予想する。


[先に到着しました 二秒前]

「これでよしっと」


 そう言ってハンバーガーの包装を解き、二種のチーズインバーガーの半分を覗かせて、そのまま一口食べる。


 口の中で馴染みのバンズが舌に乗り、後からミンチ肉を挟み込むように異なるチーズが溶け込み、ケチャップソースとピクルスがとどめを刺す。


 これで懐事情に優しいお得な値段なのだから、リピートせざるを得ない。


「食べ終わって来ないなら、もう一回メッセージ送ればいいか」


 ぼんやりと呟いてゲーム機から動画サイトを開き、公式で上がっている格闘ゲームの対戦動画を無音声で流しながら食す。


「こんにちは『コート』さん」


 しばらくして、真後ろから声を掛けられた。

 他人行儀で淡々とした抑揚の、個人的には騒々しくなく淑やかな声色が安堵を誘う。


 ちなみに『コート』というのは、俺のアカウント名だ。


 このショッピングモール内で、オレのことをそんな呼び方をする人物は一人しかいないだろう。


 すぐに振り返り応える。


「こんにちは『フード』さん」


 『フード』さんは憮然と会釈する。


 機能性に趣きを置いた黒髪ショートと幼さが残る丸顔とは裏腹に、不機嫌と受け取られかねない気怠けだるい表情。

 切れ長の双眸そうぼうを自然と睥睨へいげいさせる悪癖が更に助長しているが、これが『フード』さんの通常運転だ。


 身なりはアイボリーのシャツに紺色のハーフパンツ。白ハイソックスに藍色のスリッポンを履き、少し小ぶりな濃緑のツーウェイリュックを背負い、申し訳ない程度に黄一色の缶バッジが装飾されていた。


 そしてやはりと言うべきかもしれないが、シャツに羽織るようにしてベビーブルーのフード付きパーカーを着用している。


 ついでに右手をそのポケットに突っ込んで、左手には昼食の入った袋を持っている。


「それ、この前のプロリーグ戦ですよね?」

「え……ああ、そうです」


『フード』さんはオレのゲーム機の画面を目線で指摘する。


 ナギという女戦士とシェイクマンという人造人間のゲームキャラクターが、荒廃したフィールドで抗戦を繰り広げている。


「ああこれ。ナギがシェイクマンに、突進からの連続コンボ決めて形勢逆転したやつじゃないですか」

「……へー、めっちゃネタバレですけど」

「ん? 『コート』さん、昨日のライブ配信を観てなかったんですか?」

「観てないですよ。ですので今、『フード』さんが来る前にチェックしとこうかなって」


『フード』さんの言葉通り、劣勢のナギが無謀ともいえる突撃を仕掛ける。


 これが丁度、攻撃に転じようとガードを解いたシェイクマンにクリティカルヒット。

 そこから連続コンボが決まりナギが逆転勝利を収め、華麗にポージングを取る。


 最後に格闘ゲームのタイトルが現れる。


路傍ろぼう王戦おうせん』。三十年前、ライト層向けの格闘ゲームとして一世風靡いっせいふうびしたアーケードゲームタイトル。


 その復刻リメイク。次世代ゲーム機にコンシューマー移植したのが『路傍ろぼう王戦おうせん さんじゅう』。


 そして、オレと『フード』さんがこうして交流を深めるきっかけになったゲームだ。


「オンラインランキング五位のナギ使いが、この試合をリアル視聴しないとかあり得ないです」


 そう不満を漏らしながら『フード』さんは、俺から見てリュックを挟んだ向かいの席に座り、カウンター台にリュックと袋を置く。


「……その、大学の出席日数とか提出物とか、色々考えるべきことがありまして——」

「へー……大変なんですね、大学生って」


 感慨もなく返答すると、袋の中から船皿を取り出す。そこには八つ入りの揚げたこ焼きが乗っている。


 こちらもハンバーガー店同様、フードコート内に店を構えるたこ焼きチェーン店の人気商品だ。


「またそれですか?」

「……その言葉、『コート』さんにそっくりそのままお返しします」


 オレと『フード』さんが、こうして逢うのは今日で三回目だ。その経緯は、『路傍王戦 卅』のオンライン対戦。


 オンラインランキング五位の俺と同七位の『フード』さんは、幾度か勝負を交えていて、お互いに認知はしていた。


 転機となったのはオンライン上のエキシビジョン企画である、各々で出身地を設定した都道府県別のトーナメント大会だ。


 上位ランカーの中では唯一の同県だった『フード』さんと、順当に決勝で対戦することとなり、俺は惨敗した。


 ランクとしてはオレの方が上ではあるが、どうにも『フード』さんが扱うキャラクター、シェイクマンを不得手としている。


 戦績も大きく負け越していて、敗戦自体は想定内ではあった。


 しかしこの対戦でことごとく戦法が看破かんぱされ続け、見せ場すらも作れず終戦。


 それに付随して、今までの歴戦の敗北によるがゆさから、オレは初めて対戦の御礼以外のチャットを『フード』さんに恥を忍んで送った。


 内容は疑問をそのまま書いただけだ。


[もしかしてナギの癖を見抜いているんですか?]


『フード』さんの返信。


[いえ。ナギというよりは『コート』さんの手癖が予測出来た感じですね]


 ここから日跨ぎするほどチャットで感想戦を行い、途中で雑談を挟んだときに設定した都道府県の話題が上がる。


 二人とも設定を偽ってはおらず、その県内の特徴やら皮肉を、親しみを込めて軽く交わす。


 そのせいでオレは気を許し過ぎた。


[一度リアルで対戦してみたいです]


 素直な感情が文字に起こされる。

 この内容を送信した後に再度、一文を確認して、部屋の布団の上で悶えた。


 何度も枕に向かって、俺自身に暴言を吐き続けていたか、もう憶えてもいない。


 こんなの遠回しに逢いたいと言っているのと変わらない。


 出逢い厨みたいな所業を、人付き合いが嫌いな自負だけはあるオレがするなんて思いたくなかった。


 今更後悔しても仕方がなく、俺は『フード』さんの返信を待つ。


 先程までの軽快なチャットのやり取りが嘘のように、かなりの時間が経過する。


 オレの混迷など露知らず、ようやく『フード』さんの簡素な返信を受け取る。


[嫌です]


 このゲームをプレイしていなければ、自分の命を絶ちかねないくらい茫然とした。


 いやその原因もゲームではあるんだけど、どころ頭裏のうりよぎるか否かでは精神的な持ち用が違う。


 前頭葉の鈍痛と急かされた心拍数。

 これくらいで済んだのは幸いだと思える。


 念の為、もう一度チャットを見る。


[訂正。『コート』さんのことを何も知らないままだと嫌です。なので失礼を承知でお尋ねしますが、何かご身分を証明可能なモノなどありますでしょうか?

 お名前やお住いも教えて頂けるとなお有難いです。勿論、自分が確認するためだけです。

 それでよろしいのでしたら]


 事務的な対応だと感じたのは、このときが初めてだ。一人称や文体から男性か女性かは不明だったが、そんなことはどうでもいい。


 しかるにこれは、宿敵『フード』と直接対戦出来る、またとない機会だと悟る。


 オレは即座に返信する。


[県内の大学に通っているので学生証があります。名前はそこにもありますが高遠たかとおと言います。住まいは三十美みとみちょうです。ご不明な点はありますか?]


 ここから紆余曲折はあった。

 最終的には地元のショッピングモールに平日昼過ぎ。二人のアカウント名を合わせ、フードコートにて約束することになる。


 その条件は、三回目に至ってもなお継続している。


 つまりはこの『フード』と『コート』という名前は、全くの偶然だ。


「……食べにくいんですけど」

「ああ、すみません」


 考え事をしていて、『フード』さんを凝視したままだった。食事中にそんなことをされると例え両親でもいい気分じゃないだろう。


「もしかして欲しいんですか? たこ焼き」

「えっ——」

「——そこのポテト全部とたこ焼き一個なら、考えなくもないですけどね?」

「いやそれオレの方が損してますよね?」

「そうですか。交渉決裂ですね」


『フード』さんは爪楊枝で刺したたこ焼きを一口で頬張る。


 ソースをまぶ鰹節かつおぶし青海苔あおのりちりばめられたそれは、購入してすぐだと随分と熱いはずだけど、どうやら猫舌という概念はないようだ。


 オレも昼食が残っているから、そのままお互いに無言で食す。


 途中。『フード』さんがウォーターサーバーにある冷水を取りに向かった以外は比較的粛々とした時間が過ぎる。


 そうして麦茶のみになった頃合いを見計らったかのように、『フード』さんが今日のレギュレーションを尋ねてくる。


「フィールドはどうしますか?」

「えっ?」

「対戦するフィールドですよ。ここでの前回の勝者が選ぶか、直近のオンライン対戦で勝った方が選ぶか。どっちがいいです?」

「……それ両方とも『フード』さんじゃないですか。もう任せますよ」


『フード』さんは苦笑いしつつ頷くと、自身のゲーム機とマイコントローラーをリュックから取り出す。


 それを眺めて、おれもコントローラーをリュックから手繰る。


 ゲーム機に備え付けられた既存のものでもプレイは可能だけど、コンマ一秒の誤差も許されない格闘ゲームなら、遠隔えんかくの純製品の方が遥かに安定したプレイが叶う。


 ましてや相手は『フード』さん。

 万全を尽くさずして勝てる訳がない。


「『コート』さんホストお願いします」

「了解です。ちょっと待ってください」


 フードコートでの対戦は、オレが必ずホストを務めることになっている。


 因みにこれはローカル通信の為、オンライン戦績には影響がなく、あくまでお互いの研鑽を積むことが目的だ。


 しかしかもにしている『フード』さんにとって、この対戦は無益でしかない。


 だからそれらの代替だいたいとして、フードコートの勝負では一つ、初戦のみだが賭け事をしている。


「それで『コート』さんは自分に何を賭けてくれるんですかね?」


 最後のたこ焼きを頬張って飲み込んだ後に『フード』さんは訊ねる。


「またプリペイドじゃダメですか?」

「ああ……今は別にって感じかな? 課金するにも千円相当じゃ限りありますしね。

『コート』さんに無駄金使わせるのも気が引けますから」


 そんなやり取りをしながら、俺と『フード』さんはセッティングを進めていく。


「何があるかな。流石に現金は良くないし」

「そうですね、貰っても自分は困ります。

 正直プリペイドでもギリギリですけど、一応ギフトカードって体裁があるからですしね」


 だからわざわざ、コンビニで贈答用を選択していた。本当に欲しいカードは別にあったと思いつつオレは『フード』さんに従った。


「自分は飲み物くらいでもいいと思うんですけど」

「いやいや。『フード』さんは我儘わがままに付き合って貰ってるんですから——」

「——なら一旦、置いときましょう。先に、『コート』さんがもし勝ったら……は、自分の素性でいいですよね?」

「はい」


 オレは『フード』さんのことを知らない。

 いや、『路傍王戦 卅』のランカーなのと、たこ焼きとフードパーカーが好きなのは知っているけど、圧倒的に情報量が少な過ぎる。


 こちらは初対面のときに学生証を提示しているので、本名などを色々晒した状態だ。


 しかし『フード』さんの個人情報は名前、年齢、誕生日、学校や職場、何一つ明かしてはくれなかった。


 それに訝しんだ様子を察してくれたのか否か、オレはこのゲームに勝利した暁には、その開示を約束してくれている。


 そもそもこの賭け事の始まりは、些細な不平に起因する。


「そういえば『フード』さん」

「なんですか『コート』さん」


 どことなく安心する響きだと思う。


「『フード』さんはオレの本名を知ってますよね。どうしていつまでもアカウント名なんですか?」

「『コート』さんが自分のことを『フード』と呼称するからですよ?」


 何を今更と言いたげに、淡々と述べる。


「いや、オレは『フード』さんの名前を知らないので、そう呼ぶしかないんですよ」

「じゃあ今日こそ勝って下さいね。自分は勿論、手は抜きませんけど」

「……」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。


 ホストを構築したらすぐ『フード』さんのアカウントが参加を表明する。相変わらずの手際の良さだ。


 決定を押してローディング画面に移る。

 そこでオレは、『フード』さんとの賭けに使える素材に思い当たる。


「『フード』さん?」

「はい?」

「賭けの代物なんですけど、大学の知り合いに貰った無料券はどうでしょうか?」

「……なんの無料券かによります」


 それはもっともだと苦笑する。

 主語が抜けているのと代わり映えしない。


 けれど必ず、『フード』さんの御眼鏡おめがねかなう自信がある。

 財布を取り出して、『フード』さんのカウンター台の前にまざまざと見せ付ける。


「……これは」

「はい。お昼に食べていた、たこ焼きの無料券です。どうでしょうか?」


 本当は『フード』さんに御礼としてプレゼントする予定で、数ある無料券から選んで貰ったものだ。


 少々ずるい気もするけど、他にこれといったものもないから、もう仕方がない。


「異論はないです、自分好きなので」

「それは良かった」


 思わずため息が漏れる。


「ただ、なんでこれをすぐ提示しなかったのかは疑問ですけど」

「えっと……ど忘れしてまして」

「ふーん」


 適当にはぐらかすと『フード』さんは、ただでさえ鋭利な双眸をさらに尖らせていたけど、丁度キャラクターの選択画面に移ったため、なんとか曖昧になってくれた。


「よーし、ナギ……と」

「ツーコンからだと、カーソルの初期位置がシェイクマンの真上だから良いですね」

「もしかして、それでオレにホストを頼んでるんですか?」

「そうですよ」


 お互いのプレイキャラクターは決まっているから、残すはステージ選択のみだ。


「『フード』さんが決めるんですよね。どこにしますか?」

「じゃあ荒廃フィールドで。ナギがシェイクマンを倒した実績のある場所ですから」

「ラッキーウィンだった気もしますけど」

「でも勝ちは勝ちですよ」


 そう言って『フード』さんは不敵に微笑んでいる。童顔のせいでどこか愛くるしいというか、少し年下の子と接しているような気分になる。年齢は知らないんだけど。


 あとこれは『フード』さんに失礼だから条件に含めていないけど、オレは『フード』さんの性別すらも判らない。


 装い、口調ともに中性的で、一人称は自分。判らないというよりは、どれも決定打に欠けている感じだ。


「……」


 ただ勿論、予想ならある。


 輪郭のシャープさ、髪の毛に段差がない艶やかなストレート、か細くハスキーな高い声、身長の低さ、筋量を感じない手先などから、恐らくは女性だとは思う。


 しかも予想を重ねると俺より年下の女性。

 口振りから大学のことは詳しくなさそうだ。となると高校生か、中学生ということも想定に入ってくる。


 ついでに今日は平日。仮に中高生なら学校をサボっている確率も高い。


 そういう子と大学生が、こうしてフードコートでゲームをするのは世間体が良くない。


 でもそれがどうであれ『フード』さんとのこの時間を、とても気に入っている。


 名前も、年齢も、性別も。何も知らない人だけど、それは間違いなく知覚している。


「早く決定押して下さいよ」

「あ、はい」

「今日はいつになくぼんやりしてますね?」

「……すみません」

「いえいえ。そういう日もありますよ」


 決定ボタンを押して再びローディングに入る。たちまち画面が暗転する。


「この待ち時間の無機質な緊迫感って、自分は凄く好きなんですよね」

「珍しいですね。あまりに長いゲームはそれだけでクソゲーム扱いなのに」

「自覚はしています。でも、自分はここから勝負開始するまでが、一番胸が高鳴るんです」

「……そういう感じもあるんですね」


 どちらかというと、オレは苦手だ。

 比喩表現だけど、台パンする程ではない。

 ただ勝負前にオレ自身の顔が映るせいで、平然となってしまうのが気に食わない。


「始まりますね」

「はい」


 荒廃するフィールドで、女戦士ナギと人造人間シェイクマンが相対する。


 茶髪東洋人のナギは古武柔術の使い手で、近接戦を得意としている。


 対して心臓が機械で出来ているシェイクマンは、肥大化したリーチの長い両腕を駆使した掴み技が得意だ。


『路傍王戦 卅』は三ラウンド制。

 二ポイント先取で勝利となる。


 主なその操作はコントローラー左側にあるスティックを使用する。

 横倒しで移動。

 上倒しでジャンプ。

 下倒しでしゃがむ。


 右側には対人用の四色四つのボタンがある。

 赤が弱攻撃。

 青が中攻撃。

 黄が大攻撃。

 緑がガード。


 そして側面に灰色のボタンが二つある。

 左側がガードブレイク。

 右側が掴み技。


 これらの組み合わせ次第で更なるバリエーションを生み出せるけど基本操作は以上だ。


 例えばコンボ攻撃を行いたいとなると、弱攻撃から中、大と連続して当てるのが一般的な方法だ。


 だけどそれが全てではない。

 元々がライトユーザー向けとだけあって操作性はシンプルだけど、奥は深いゲームだ。


 ゲーム画面の中心にカウントダウンが現れる。三秒から一つずつ数字が下がる。


『フード』さんの一息が漏れる。

 オレはコントローラーを強く握る。


 開始の合図が、切って落とされる。


「良しっ」


 開幕から仕掛けたのはナギだ。スティックを斜め上に倒し、空振りの中攻撃を行う。


 こうすると相手と最速で間合いを詰められるなおつ、攻撃のクールタイムが解けた状態で様々な展開を用意出来る。


 近接戦を得意とするナギ使いとしては常套手段じょうとうしゅだんだが、俺は久々に使用した。


 理由は単純明快。これで『フード』さんのシェイクマンから優勢を手にした回数が皆無だからだ。


「ナギ使いでよくあるやつですね。でも肝心なのは詰めたあとの心理戦です」


 ナギはシェイクマンの間合いに詰めてすぐ、再び中攻撃を見舞う。

 それをシェイクマンは悠然とガードする。


「……」

「予想通りです」


 しかも中攻撃指定のガードだ。

 これは事前に中攻撃のボタンを押した上で、すぐにガードボタンを押すことで成立する上級者の技巧である。


 この判定はかなり厳しく、誤ってそのまま攻撃になってしまうケースが多々ある。

 そして外すと自身のキャラクターが混乱するというハイリスクのプレイだ。


 逆に成功すると相手に大ダメージ、吹き飛ばし、無敵時間なしの混乱付与という利点がある。


 現にナギが、そんな目に遭っている、


「この勝負、貰いましたよ『コート』さん」

「……」


 そのあとの展開は分かり切っていた。

 シェイクマンの王道パターンだ。


 まずは吹き飛ばされて混乱中ナギに近寄り、すぐさま掴んで前投げ、三段攻撃によるコンボを決め、空中で再び掴み、下投げからの弱攻撃嵌めで終了。


 こうなるとなす術がない。

 第一ラウンドを取ったのは『フード』さんのシェイクマンだ。同時にリーチを掛ける。


「……ほぼノーダメージじゃないですか」

「見事に作戦が的中しました」


『フード』さんは謙虚に一礼する。


「どうしてオレの攻撃が読めたんですか?」


 指定ガードを行なったあの場面。

 考え得る限り数十以上の別パターンが存在する中で、中攻撃一点に絞った理由だ。


「あー……なんか冷静に攻め急いでるなって感じがしたので」

「冷静に攻め急ぐ?」

「はい。恐らく『コート』さんは序盤からHPを削りに来ていた。

 それだけなら大攻撃か掴みです。しかし操作から冷静さが見て取れました。ガードブレイクやスカシも疑いましたが、この場面でHPを一番削れる手段の、中攻撃からのコンボだと自分は直感しました」

「……」


 オレがその通りの作戦だったと『フード』さんへ伝える前に、第二ラウンドが始まる。


 このラウンドを落とせば敗北だ。

 だからこそナギは、再び同じ挙動をする。


「おお……」


『フード』さんの感嘆が漏れる。

 流石に大失敗した作戦をもう一度行ってくるとは予想外だったようだ。


 その声に口角がどうしても緩んでしまう。

 やはり素直な反応を貰うと、嬉しい。


 ナギが降り立った場所にシェイクマンはいない。『フード』さんが迎撃せず後退を選択して、万が一に備えガード中だからだ。


 一つ負けても良いという余裕。

 最低でもハイリスクな手段には出ないと、オレは高を括っていた。


 取り敢えず、即死は免れたと言える。

 そしてこの消極的な後退は、今度はこちらの予想通りだ。


 ナギはシェイクマンに突撃を仕掛ける。

 偶然にも先程観た、プロリーグの動画と同様の構図になる。


「あっやばっ……」


 そこで『フード』さんも勘付いたようだ。

 あの勝利は幸運ではあるけど、心理戦で出し抜いた部分も存在している。


『フード』さんは大いに悩むことだろう。

 ガードを解けば連続コンボを許す場面が脳裏に焼き付いている。


 だからといってガードし続ければ、ガードブレイクで被られるかもしれない。


 相討ちに出るにも、ナギとシェイクマンの敏捷びんしょうせいはナギに軍配が上がるから不利だ。


 オレの戦法は既に決まっている。

 あとは『フード』さんの出方次第だ。


「……」


 刹那の静寂。

『フード』さんが今、どんな表情か気になって、一瞥いちべつする。


「……だよな」


 確信したのはその瞬間だ。


『フード』さんはシェイクマンのガードを解く。そしてナギへと、不利を承知の上で猛然と走り、攻勢に出る。


 オレが『フード』さんについて知っていることがもう一つあった。


 自身の情報や、先程のハイリスク防御をかんがみるに、『フード』さんは生粋のギャンブラーだということだ。


「うそ……」


 完全に裏をかいた攻撃だと『フード』さんは思ったようだが、オレがナギに与えた戦法は急停止からのガード。


 つまりはここでダメージを加算させることを捨てて、ナギの得意な近接戦に持ち込む。


 攻め急がず、冷静さも欠かさない。


「よしっ」

「……悔しいくらい良い顔しますね」


 そんな恨み節を真横から感受しつつ、まだ勝った訳じゃないと気を締める。


 そこからはナギがやや優勢の、弱攻撃とガードのせめいが続く。


 お互いのHPが四分の一を切る。

 実力が拮抗した同士だと、仮に観覧者が居たとして、とても退屈なゲーム展開になることがある。


「決め手に欠ける」

「ですね」


 お互いに大技を当てれば勝利確実なのだがモーションも大掛かりな為、それが外れて、逆に付け入る隙へと変貌しかねない。


 時間制限もあるため、このまま行けばナギが勝つだろう。

 しかし『フード』さんのことだ。何処かで仕掛けてくるとオレは鈍く睨む。


「……」


 すると突如としてシェイクマンは無防備に後退した。リーチがあるキャラクターとはいえ、そこは届かない。


 時間が差し迫る。


「いや……」


 ギリギリ届くか届かないかの技ならある。

 それはスティックを横に倒した状態での大攻撃。これがナギに直撃すれば敗北だ。


「……」


 警戒網を敷く。

 ガードを続ける算段もあるけど、大攻撃を辞めて間合いを詰められるとHP残量が逆転する恐れもあるから、安易には出来ない。


 ラウンドは、最終局面。


「こうかな」


『フード』さんが呟くと、シェイクマンがナギの方へと移動しながら大振りをする。


 残り七秒の場面。遂に『フード』さんが勝利をもぎ取りに来た。


「ふー……」


 対してオレはタイミングに応じてガードするだけで良い。大攻撃をガードで受けるのみなら、HPはナギが多く終わる。


 その瞬間が訪れる。


「えっ?」


 ただただ絶句した。

 何故ならナギとシェイクマンは同じ格好、つまりはガードをしていたからだ。


 誤操作を疑ったが、このままガードを時間制限まで継続すれば勝てる。


 そう、思い込んでいた。


「あ……」


 気付いた時には、ナギは吹き飛ばされていた。『フード』さんは決め台詞とばかりに、とどめの一撃の名称を呟く。


「ガードブレイク」


 タイムアップを告げる鐘が鳴る。

 ナギは倒されていない。けれど、HP残量で逆転されて項垂うなだれている。


 シェイクマンが両腕を振り上げる、いつもの豪快なポーズを決める。


 この対戦は『フード』さんの勝利だ。


「……流石です」

「どうも」


 お互いにコントローラーを置いて、集中力を分散させながら一休みする。


「最後、大攻撃指定のガードを使って、技そのものをキャンセルしたんですよね?」

「はい」

「それでモーション的な余裕が生まれて、ガードするナギにガードブレイクが届いたと」

「仮に解除されていたら自分に勝ち目はなかったので、先勝しといてよかったです」


 オレもナギ同様に項垂れる。

 最後に確実な一勝を積み上げる為に、冷静さを欠いてしまった。


 久々に善戦へと持って行けたことを自讃じさんする気分にはなれない。


 オレは今、勝てる試合を取り零した。


「『コート』さん? 約束通りたこ焼き無料券を頂きますね」

「ああ……そこ置いたままなので、はい」


 紙が擦れる音がする。

 自らテ渡したかったと悔いてならない。


「次、いつにしますか?」

「次?」

「またこうしてフードコートに集まれる日です。『コート』さんの都合が付くのはいつですか?」

「……」


 流麗にオレを下したとは思えない提案だ。

 そもそも『フード』さんがどうして俺なんかと逢いたがるのか不明だ。


「あ、次はプリペイドでお願いします」

「えー……はい、用意だけは、はい」


 どんな理由があれ、『フード』さんに直接再戦を挑む権利に比べたら安い。

 この雰囲気も、『フード』さんのプレイする表情にも惹き込まれているからだ。


「じゃあ来週の同じ時間なら講義がないので。『フード』さんのご予定は?」

「自分はいつでも大丈夫です……サボれば良いんで」

「いや今、不穏なこと言いましたよね」

「別に、休んでも進級は——」


 そこで『フード』さんは口元を押さえる。

 まだ、何も聴かなかったことにする。


「えっと……連続で同じ曜日を休むと疑われると思うのでせめて再来週にしませんか?

あ、普通に休日の方が良いですよね……」

「……どちらでも構いません」


 釈然としないままではあるけど、『フード』さんは頷いている。なんだか小動物に触れ合うような気分だ。


「オンラインの方はいつも通り二十一時くらいにプレイしているので、機会があれば」

「また倒します」

「……今度こそ連敗を止めさせて頂きます」


 情けない返答だけど、この不名誉な記録から脱しないといけない。


 下手すれば『フード』さんに負け続けてランキングが降下しかねないからなおのことだ。


 オンラインランキング一位の『ニーナ』さんよりも勝率が悪いから、オレの当面の目標はやはり打倒『フード』だ。


「そういえば『コート』さん」

「なんですか『フード』さん」


 やはり良い響きだと思う。


「アーケード版の方を、プレイしたことってありますか?」

「いや、オレはないです。なんせ三十年前以上のアーケードですから、県内探してもないんじゃないですかね?」


『フードコート 卅』の初代が稼働している時代にオレはもちろん産まれてもいない。

 両親も辛うじて認知しているくらいで、プレイ経験はないようだ。


 そもそもショッピングモールにもゲームセンターはあるけど、クレーンゲームが大半を占めていて、アーケードゲームの筐体きょうたいそのものを目にする機会がなくなった。


 出来れば初代をプレイしてみたい気持ちは大いにある。けれどダウンロード配信も行っていないし、リメイクがなければ忘れ去られたであろうアーケードゲームタイトルに遭遇するのは、もう望み薄だろう。


「やはりそうですか」

「はい」

「実は、自分はあるんですよ」

「……本当に?」


 オレは信じられなくて、厳かに訊ねる。


「はい。小学生になる前からお父さんに連れられて、対戦しては負けてました」

「お父さん……丁度世代の人か……いや、それよりもどこにあるか分かりますか?」


『フード』さんは微笑みながら頷く。


「当然です。だって自分の地元のショッピングモールにありますから、今も」

「今も?」

「はい。お父さんや知り合いが固定客になっていて、無くならないみたいです」

「まじか……」


 少なくとも県内は絶滅したものとオレは思っていた。だからその事実に、柄にもなく高揚して紅潮しているのが見なくても分かる。


「良ければ自分が『コート』さんを案内しますよ?」

「はい。是非」


 好奇心がくすぐられないはずがない。ましてや『フード』さんも居てくれるなら、とても心強い。


「分かりました。『コート』さんってレバー操作は大丈夫ですか?」

「どうですかね。全くダメかもです」

「じゃあそこから教えますね。自分、お母さんに勝って王女の座に就いている実力なので、任せてください」

「……そうですか。なら、お願いしてもいいですか『フード』さん」

「はい『コート』さん」


 『フード』さんはコントローラーを再度握り、休憩はしっかり取れたと暗に伝わる。


 すぐ、コントローラーを強く握った。

 フードコートは、今日も静かに白熱する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フードとコート SHOW。 @show_connect

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説