エピソード8
また生徒会長から呼び出された。
「風紀委員長、今日は何の日、ふっふ~ん♪」
テレビの教育チャンネルから聞こえてきそうなメロディーにのせて言ってきた。
「さあ、分かりませんが」
「ゴールデンウィーク前最後の日!
約束を果たせそうにない俺が額に汗をかく。
「手強くて、ですねえ」
「この昼休みのあとの午後で決められる?」
「それは無理かと」
「だよねえ……」
フウと溜息をついて肩を落とす会長。
「じゃあせめてアクセサリーだけでも何とかならない? あのピアスをさ」
会長には分からないのだ、あのシルバーピアスの良さを。
そんなことを考えてしまうとは、俺も堕ちたものだな。
「……善処します」
頭を下げて会長室を出た。
そして放課後。
午後に解決するつもりが、どこを探しても橘の姿が見当たらず、この時間になってしまった。
「ご苦労! 風紀委員長くん!」
右手のひらをこちらへ向けた橘にそう言われた。
「今日は午後どこにいたんだ? 探したんだが」
「授業つまんないし屋上でゲームしてた」
「なんだ、そうだったのか。それならそうと連絡…………」
ふと手をポケットに入れて携帯を握った時に気づく。
「そーいえばまだ連絡先おしえてなかったね」
橘も同じことを思ったらしい。
「ああ、もう三週間にもなるのに。もしよかったら教えてくれないか?」
「えー、どうしよっかなー? 四六時中電話かかってきたりしたらなー」
「ひとをストーカーみたく言うな! もしほら、あの食堂みたいなことが起きたらSOS代わりに使ってくれていいから」
「それはない」
「え!?」
ものの見事に即答だった。
そんなに俺が信用できないというのか。
「じゃあさ、またゲームしよっか? わたしの連絡先を賭けて」
「俺は何を賭ければいい?」
「そーだなー? んじゃ、委員長が負けたら金輪際にゃんにゃん戦記には触れない、ってことでどう?」
「ぐ……っ」
助けてやりたいのに逃げていく。
いつだってこの愛らしい猫はそうだ。とても辛いことを経験しているだろうに。
「返事ないなら連絡先は――」
「いいだろう。それともうひとついいか?」
「なに?」
「生徒会長から橘のピアス卒業を指示されたんだが……」
「欲張りさんはキライです」
そう言われるだろうと思っていた。
確かに一度にふたつの要求は図に乗りすぎか。
「ふたつの要求、どちらか好きな方をお選びくださいな」
「じゃあ連絡先で」
「即答!?」
会長すみません。欲望には
「対決内容は?」
「ふふん。準備するから少々お待ちを」
学校指定鞄から何やら折りたたまれたものが取り出された。
それを花見のビニールシートのように広げて、そのすぐ隣に時計のようなものを設置していた。
いやこれは……。
世俗に疎い俺でも一瞬で何か理解した。
「じゃじゃーん! ツイスターでーす!」
赤、黄、青、緑の順に円が等間隔に並んでいる。
それを「ああ綺麗だ」などと悠長に構える余裕などない。
橘とこれをプレイ……嫌な予感とともにワクワクする俺がいた。
「膝とかお尻がついたらアウトね。ってルール知ってるよね?」
「まあ昔妹と……」
「その妹さんとは仲いいの?」
「悪くはないな。バカなヤツだが」
「そっかそっか」
その時、ひどく喜ぶ橘の姿があった。
以前、父親との不仲を告白した時とは正反対の反応だった。
「それじゃあ始めよっか」
「ああ……」
俺は黒のブレザーを脱ぎ、ワイシャツの袖ボタンを外す。
「いや本気過ぎない?」
「そりゃあな。橘の連絡先が懸かっているんだ」
「そんな知りたいの?」
「ああ。最近、自分の部屋でひとりになると橘の声が聴きたい時があるんだ」
「へーー、それはまた」
くるりと回転していつものように背中を向けてくる橘。
たまにこの反応を示すが、未だに掴めない。
「橘は綺麗なんだ、声も」
「も!?…………あーー、暑い暑い。わたしも脱ごっと」
「待て! それはなしで頼む!」
「なんで? わたしがブレザー脱ぐと負けちゃうの?」
ブレザーを着ていてもグラマーなのに、脱いだら耐えられない。日頃のお仕置きと違って地面に気を配らないといけないのに。
プレイ中に息子だけが着地を果たすかもしれない。
黙っている俺に構うことなく、ブレザーは脱がれ机の上に置かれていた。
美しい、こんな曲線が存在していいのか。
橘の身体を見てそう思った。
俺たちは互いに靴を脱ぎ、靴下でシートに乗る。
試合開始となり、最初は橘が【左足を緑】を引く。
そしてそのあと、俺は【右手を緑】を引いた。
「わたしの左足近くに置いたら覗けるかもよ?」
「い、いらん! ここでいい!」
三マス離れた緑に右手を置いた。
次に橘が引いたのはさっきと同じ【左足を緑】だった。
「よし、それじゃあ」
「おい! 同じなんだから動く必要ないだろ!」
「気分転換です」
ぴょんと軽く飛んでみせた橘はニマス離れた緑――俺の右手の横に左足を置いた。
飛び込んできた勢いで伝わってくる艶めかしい香り。少し見上げれば覗けそうだ。
「いいんだよー? 見上げても」
「く……っ。ところで、これって終盤はどうやってルーレットを回すんだ?」
「回す時だけ離してもいいから気合いで回しましょー」
「嘘だろ……」
少しでもバランスを崩せば終わるような際どい場面でのルーレット作業は自滅を生む。心しなければ。
俺が【左手を青】を引いてすぐにそこへ置く。カエルのような格好の俺がいる。
そして橘の次のターン、出たのは【右足を黄】。
「ちょっと失礼」
「ち、ちょっと待て!?!?」
橘の右足はカエル状態の俺を
今現在、橘のスカートで雨宿りをしている。
「もっと別の場所があっただろうが!」
「いいんだよ、我慢しなくても。委員長のお空には白の布が広がっているから」
「ポエムみたく言うな! 絶対に覗かないからな」
「見たい癖に」
「ぐ…………っ」
見たくてしょうがない。
真上に広がる純白の世界を拝みたい。
俺のターン、【右足を緑】。今まさに右手の後ろに置いているから移動の必要はない。神がかった運を見せる俺。
「ズルーい」
「楽な場所で助かった。次、橘だぞ?」
「ほいほい」
器用に左足でルーレットを回している。出たのは【左手を緑】、これはヤバい。
「んーー、後ろにある緑に手つくしかないか。ブリッジかー」
俺が端からふたつ緑を取っているため、そうせざるを得ないが、腰を落とそうにも真下に俺がいるから勢いよくブリッジ状に倒れ込むしかない。
とても危険だ。
「ちょっと待て! これは危ない! 俺が橘の腰を支えていいか? 一時的に手を緑から離すことになるが」
「え? いいのに」
「いや、ダメだ! もし勢いよく倒れて怪我でもされたら嫌だ! 大事な身体なんだから」
「……………………それ妊婦さんが言われるやつ」
「ち、違う! そういう意味じゃないんだ」
からかうように笑う橘はゆっくりと腰を下ろす。その腰を俺が右手で支えてやると柔軟な身体を操って右手をうまく緑に置いた。
ブリッジをした橘が俺のすぐ目の前にいる。
すぐに俺は天を仰いだ。今まではずっと下を向いていたのに。
「もう白い布はないよ?」
「ああ、今度は見上げたくなったんだ」
視線を下げればパンツが見えるだろう。なにせブリッジしているのだから。
次に俺が引いたのは【左足を黄】だった。
橘が黄の端に右足を置いているため、その足を
物理的に下から潜らせるしかなく、強引に攻める。
「ち、ちょっと……委員長」
「仕方ないだろ!」
潜らせた俺の左太ももに橘の右足が乗る。
そのうえ、俺は橘が倒れないように腰を支えており、右太ももには橘の左足が乗っている。
軽く下半身同士が合わさるこの形、実にエッチな体位である。
「これさ……お互い下脱いだら始まっちゃうね」
「へ、変な言い方はよせ! つ、次、橘の番だぞ」
「はーい」
左足でルーレットの真ん中を弄る橘。
出たのは【右手を赤】。
「残念だったな橘。そこからじゃあ流石に――」
「なんのぉぉおおお!」
「――ッ!」
左手の緑をギリギリ離さずに右手をめいいっぱい伸ばしていく橘。思わず身を乗り出しながら橘の腰元を支えてやる。
支えた代償として股間同士がびっちりと密着してしまう。
「えっち」
「違う! あのままじゃ橘が倒れるから仕方なく」
「仕方なく元気になるんだ」
「…………すまん」
固さは橘に伝わっているはずだ。
何度もこんな経験をしているが一向に慣れない。
いや慣れたら変態の仲間入りだ。
「次、委員長の番」
「そうだったな」
何とか赤に右手をついた橘が言ってきた。
呼吸をするたびに揺れる橘のおっぱいに気を取られている時だった――。
「ああぁっ! ルーレット盤が!」
「す、すまんッ!」
俺の右足に蹴られて飛んでいったルーレット盤は長机の下にある。
もう取れない。
それを見ていた橘の顔に少し悪魔が舞い降りる。
「ねえ委員長。次、左手を白、だって」
「なん……だと」
誘惑するように視線をおっぱいの方へ向けている橘。
俺の左手を白ブラに誘惑しようとしている。
ダメだ、ダメだ、と思いながらも吸い込まれていく左手。ワイシャツも白だというのに一心不乱に。
「あ……っ」
柔らかい……。
初めて触れた橘のおっぱい。
ワイシャツ越しではあるが、信じられない柔らかさだった。
まあ今まで触れてはいなかったが舐めてはいる、という意味不明な順番なのだが。
「次、橘だぞ」
揉む勇気は流石になく、そう言ってみた。
「じゃあ……股を黒、で」
俺の制服ズボンを黒に見立てる橘。
「もう付いてるじゃないか!」
「へへへ」
ズルいターンで焦らす橘。「次は?」という顔をしてくるから、あの時のリベンジを果たそうと思った。
「く、口を……ピンクだ」
「…………本気?」
ピンクを主張した時、俺が橘の唇を見ていたことに気づいた橘が頬を染めて言ってきた。口をピンク――俺のファーストキスを君に捧ぐ。
「ああ」
「そんなにしたかったの?」
「当たり前だ! も、もう俺はお前のこと――ッ!」
その先を言い掛けた時、右手を赤から離した橘が、その右手の人差し指で俺の口を塞ぐ。「言わないで」とでも言いたげに。
「いいよ」
「ほ、本当だな? 今度はするぞ?」
覚悟を決めたかのように目を瞑る橘に俺は徐々に近づいていく。
高鳴る鼓動に気が狂いそうだった。
だが不運は起こる。
一切動かない橘に俺が近づいているので、徐々に前のめりになる俺は腹筋と足の力が持たず、プルプルと震え出す。
橘は気づかないふりをしてくれているようだが、かなり辛い。
早く決めないと、と思った次の瞬間――。
「あいた――っ!」
ズルんと俺の足から滑った橘が腰をシートに打ち付けた。
「すまんッ!! 大丈夫かッ!!」
「イタタ……っ。へ、ヘーキヘーキ」
笑ってくれるが引きつっている。
俺が不安な顔をしていたのだろう、突然スマホをかざしてきた。
「わたしの負けなんで、どうぞ」
「え!? あぁ、連絡先だったな」
俺がポケットから携帯を取り出すと、
「え!? 委員長、ガラケーなの!? 珍しいね」
「まあな。この手のものにあんまり興味がなくてな。電話とメールさえできればそれで」
「お客さん、スマホに乗り換えるとエッチな動画が見れますぜ?」
「いらん! 橘がいればそれでいい!」
「――――ッ!」
急に両手で顔を隠してしゃがみ込む橘。
動きが完全に停止している。
「おいっ! どうしたんだ?」
「…………バッテリー切れですぅ」
「お前のスマホ、バッチリ電気点いてるぞッ?」
俺のツッコミに返答はなかった。
しばらく経って復活した橘が俺のガラケーと橘のスマホを操って登録してくれた。
手渡されてアドレス帳を開く。
初めて登録された女子の名前に心は躍っていた。
そういえば風紀委員長という肩書で声は掛けてもらえる俺だが、友達と呼べる人間はひとりもいないな、と少しにゃんにゃんさんの気持ちを理解した。
「それじゃ、今日はお開きにしますか」
「ちょっと待て! 何か忘れてないか?」
俺が自分の唇を指差すと、
「ほいじゃ、よいゴールデンウィークをー」
「橘ぁああ!」
一度ならず二度までも、俺のファーストキスはお預けとなった。
いや、本当にお預けなのだろうか。
一生捧げられないまま終わるんじゃあ……。
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