悪い子にはエッチなお仕置きを! 後編

 今度は横へ移動する。


「え!? 足は?」

「止めだ。マンネリを防ぐ。今度は耳だ」

「へー。それは乙だねぇ」


 たどたどしい言葉から耳も弱いと知る。

 乙などと言って足より助かります感を出しても無駄だ。


 俺は耳を軽くなぞった。


「ん……っ」

「どうした? 首に汗流れてるぞ?」

「薬の副作用だから。あー、暑いなー」

「副作用少なめって箱に書いてあったぞ?」

「……細かい男は嫌われるよ?」


 耳から下――首筋もなぞってみる。


「ぐ……ふ……っ」


 両眼を強く閉じて我慢しているようだ。

 この様子だと、不感症の逆なんじゃないかと思えてくる。


「どうだ? 降参か?」

「まだまだ」

「そうか。それじゃあ」


 今度は首中央からゆっくりと下へ進む。

 学校指定のネクタイを避けて胸元近くへ。


「あぁ!……委員長、慣れすぎじゃない?」

「はあ!? なんてことを! 俺をハレンチ隊長みたく言うな!」

「どうだか」


 さっきから気づいているが、たちばなの視線は頻繁に俺の股へ移動する。

 勝利条件なのだから当然のことなのだが、その行為がとても嫌だった。

 見られていることがこんなに変な気分になるなんて。


 ついに筆は下げ止まり、閉じられた第二ボタンの上に着く。

 仕方ない、と途方に暮れていると、


「いいよ、ボタン外しても」

「はあ!? 何を言っているのか分かっているのか!?」

「ブラくらい見られたってヘーキヘーキ」

「く……っ。なんて女だ……」


 ここで気づいた最大のジレンマ。

 俺が橘を降参に追い込もうとすればするほど攻める場所は過激になる。そして、そうなればなるほど俺が敗北する可能性が上がる。

 まさに諸刃の剣。


 それを理解した上で橘は提案しているのだ。

 つまり、これは罠であって乗っかれば大惨事に。

 孔明の罠というフレーズが頭をよぎった。


「どーすんの? そのくらいしないと降参には程遠いよ?」

「……本当に良いんだな?」

「自滅しないよーにね?」


 やっぱりこの女は分かっている。

 どうする、乗るべきか乗らざるべきか。


「いいだろう。これはただの雌猿さんのお着替えタイムだ」

「あー、そゆこと」

「え!?」

「どーりで反応薄いなーと思ったら、そーゆー作戦だったか」


 墓穴を掘ったようだが、問題ない。

 それを知られたからと言って何もできまい。


「んじゃ、どーぞ。お猿さんのボタン外してくださいな」


 ひとを馬鹿にした態度の橘にまたもイライラさせられる。

 言われるがまま第二ボタンに手を掛ける。


 他人のボタンを外す経験などなく、少し手間取りはしたが何とか外れた。そのせいで少しだけピンクのものが見えた。


「可愛いっしょ、ピンクブラ」

「さあ? よくわからんな」


 震える手を必死に抑えて第三ボタンに手を伸ばす。


 決死の覚悟で第三ボタンを外し終えた時、


「けどさー、お猿さんのおっぱいって人間のよりかなり小さいんだって」


 その言葉の直後にあらわになった橘の両胸を見て、俺の中の雌猿ちゃんイメージ画像が消えていく。


「わたしのおっぱい、どう? お猿さんっぽい?」


 ダメだ、これはダメだ。

 ピンクブラに収められたふたつの果実。

 絶妙な大きさと形。

 この世にこんな美しいものが存在するのかと問いたくなるほどの破壊力。

 雌猿ちゃんにこれはない。越えられない壁がある。


「あっ! 委員長っ!」


 その言葉で我に返った俺が確認すると、万歳寸前のヤツがいた。


「ち、違う……っ。こんなものただの脂肪だ。問題ない」

「ズボンはめっちゃ苦しいって言ってるけど?」

「言ってない! まだまだ余裕だぞと言っている」

「そっか。それは残念。んじゃ、まあどーぞ」

「え!?」


 その時、チェックメイト状態にあることを知らされる。

 そうだ、これからあの場所をなぞるのだ。

 変な場所に当たらぬように気をつけるべきであり、そのためには目を瞑って行うことは許されない。

 つまり……間近くで凝視しての作業。耐えられない。


「え!? ここまでしといてやらないの?」

「や、やるさ。問題ない」


 筆を右手に携えて俺は進む。橘のおっぱいへ。


「すごい猫背だけど、どーしたの?」

「さ、さっきからずっと屈んでいたから腰痛がな」

「いやいや、足の時は屈んでたけど、さっきまでは立ってたじゃん」

「う、うるさい! 細かい女は嫌われるぞ?」

「そーでしたそーでした」


 先程受けた指摘をオウム返しのように扱いながら歩を進める。


 たどり着いてはみたものの、目の前に殺人兵器がふたつある。俺の息子を殺そうとするヤツらだ。


「じゃあいくぞ」


 ゆっくりと近づいた筆が着地した瞬間、


「あぁ!」


 びくんとさせた橘から漏れる声。

 あまりの衝撃に胸から筆を離す。


「変な声を出すな!」

「いやー、ごめんごめん」


 違う。

 これはさっきまでの焦りから出た吐息じゃない。

 橘の顔を見てすぐにわかった。あまり汗をかいていないからだ。


 しかも、声をあげると同時に橘は俺の股間を凝視した。

 防御から攻撃に転じているというのか。


 だが引くわけにもいかず、作業を続行する。


「んん……っ。あ……っ」

「急に我慢しなくなったんだな」

「委員長が上手いからじゃない?」


 その手には乗らん。


「それはない。ただ同じところをなぞっているだけだからな」


 俺に見透かされ、少し不機嫌になる橘。


 だが、この行動が俺を窮地に追い込むとは思いもしなかった。


 俺が同じようにクルクルと円を描いていると、橘が急に少しだけ上下に身体を揺すり始めた。

 最初は気にも留めなかったが、その動きによってぽよんぽよんと絶妙な遊びを覚えた兵器が襲いかかる。


「橘っ! じっとしててくれ!」

「わざとじゃないって。委員長うまいから」

「――ッ!」


 さっきはかわせたその言葉。

 今の俺にはトドメの一撃だった。


「あっ! 万歳したっ!」

「し、してない! 違うっ!」


 慌てて立ち上がり、橘に背を向けた。


「ズルい! それヒキョーだって。こっち向いて、委員長?」


 提案を無視して深呼吸する。

 下を見て驚愕する。

 こんなに立派になって。お前っ、父親を敗北に追い込もうというのか。


 何とか鎮まり、振り返る。


「さあ、始めようか」

「うわ、最悪。元気なくなったじゃん」


 構わずに近づいた時、


「あのさ、足だけ外してくんない?」

「はあ!? 何を言う! そんな暴挙、許可できるわけないだろ!」

「いや……さ、結構きつく結んであるから痛くって」

「えっ!? なんだって!?」


 俺はこの日一番の焦りを見せた。

 なんで気づいてやれなかったんだ。

 軽く結んだから大丈夫だろうと侮っていた。

 更生ゲームに夢中になって女の子を傷つけているとも知らず。

 俺は最低な男だ。


「すまんっ! 今すぐ外すっ!」

「あぁ、ゆっくりでいいから」


 俺は無我夢中で両足のロープを解いた。

 靴下を履かない橘の足首にはうっすらと赤い跡が残っていた。


「赤くなってる……っ。女の子にこんなことをして……っ。俺は何をやってるんだ!」

「いやいや大げさでしょ?」

「大げさなものかっ。こんな綺麗な足に跡が残ったら……」


 しばらく足首を擦っている間、静寂が訪れた。


「……ねえ、そろそろ続きしてよ」


 声の方を見上げると、この日一番に困った顔をした橘が見えた。

 筆ではなく手で撫でられたからだろうか。


 撫でた甲斐あって赤みはましになっていた。


「よし、今度こそ観念させてやる」

「どっちが」


 立ち上がって向かい合う。

 戦いが再び幕を開けるのだ。


 意気込んで踏み出した瞬間だった――。


「そりゃ!」


 両足の拘束を解除された橘が、その両足で俺の身体を挟んできた。


「な、なにをする……っ」

「これでもう逃げらんないね」


 とんだ策士だ。

 痛がっていたことも演技で、すべてはこれが狙いだったのだ。

 寄せられた俺の下半身は橘の下半身のすぐ傍だ。固くなれば隠せない。


「お前……っ。痛いっていうのは嘘だったんだな」

「まあね。わたしにもダメージ入るとは思わなかったけど」


 意図するところが分からない。橘にダメージなど入っていないはずだが。


「さあさあ、どーする、委員長?」

「くそ……っ、くすぐりを続行するまでだ」


 動きにくい状況で俺は筆を走らせる。

 だが、挟み攻撃が思いのほか鬱陶しく、バランスを保てない。


「ち、ちょっと待て! あまり強く挟むな! バランスが……っ」


 バランスを崩しながら筆が走ったその先はピンクブラの中だった。


「ああっ! ち、ちょっと……!」

「す、すまんっ」


 完全に見えなくなった先端を抜こうとしたが、少し面白いものを見た。

 橘の茹でだこのようになった顔色だ。

 相当焦っているらしい。


 抜くのをやめて動かしてみた。


「い、いや……っ。ヤバいって」

「どうした? 挟み攻撃も衰えたな」

「まさか」


 まだ余裕を見せて挟み攻撃に力を取り戻してくる。

 このままでは敗北すると感じた俺は胸に入り込んだ筆の持ち手部分を縦から横にしてみる。


「あああ! そ、それ……むり……。やめ……て」

「降参か? どうだ?」


 まだ降参のコールがないので続けてみる。

 続けていて気づくのは妙な引っかかり。

 さっきまではスムーズだった筆先に何かが引っかかる。


「あ、あたって……る……から」

「え!? なんだ?」

「先っぽに当たってるって言ってんのっ」

「ええっ!?」


 聞かされた事実にこちらも降参までのカウントダウンが始まった。


「頼むっ! 降参してくれ!」

「どっちが……っ。カチカチなの分かってんだから」


 お互いの下半身は完全に付いていた。


「まだだっ。まだ負けてないっ」

「あああ、ダメ!……うぅ……」


 唸り声とともにずっと下を向き始める橘。

 どうしても勝ちたい精神に俺の手は止まらない。


「おい、観念しろっ。橘っ」

「……………………っ」


 耳まで真っ赤にさせて返事をしない橘。挟んでいた足は緩くなり、小刻みに震えている。


 次の瞬間――。


「――――――ッ!!」


 声にならないような声を発し、一度だけビクついた。その時、凄まじい絞め技が俺の腰元を襲った。


「おいっ! どうしたんだっ! 大丈夫かっ!」

「……………………」


 俺への拘束は緩んだが、橘は返事をしない。まるで電池切れのロボットのようだ。


「すまんっ、調子に乗り過ぎた」

「…………した」

「え!?」


 微かに聞こえたその声に、橘の方を見やると、


「参りました」

「――――ッ!!」


 恥ずかしそうに上目がちにそう言った橘の顔は、天使かと思うほどの可愛さだった。

 その瞬間、俺も敗北を期した。


「参りました」

「うわ、委員長!? 元気過ぎでしょ!?」


 さっきまでは鬱陶しかったその指摘に、今はふたりして笑った。




 拘束を解かれて自由になった橘の横で帰り支度をする。


「手首と足首、問題ないか?」

「ヘーキヘーキ。気にし過ぎだって」


 ニコリと笑い、こちらへ手首と足首を見せてくる。赤みはないようでひと安心だった。


「それはそうと、今回は俺の勝利でいいんだよな?」

「まあね、先に降参しちゃったし」

「じゃあ更生してくれるよな?」

「考えとく」

「おいっ!」


 俺の声を背に受けて教室を出ていく橘。


「でもさ、今のこのわたしが良かったんじゃないの?」

「――ッ!」


 言われてすぐに顔が熱くなる。鏡で見れば真っ赤だろう。


「じゃあね、委員長」


 帰っていく橘に、それ以上反論できなかった。



※※※



 次の日。


「あっ、風紀委員長おはよう」


 いつものように挨拶をされながら廊下を歩く。

 今日も平和だ。そしてもう風紀を乱すヤツはいない。


 そう確信して歩いていると風紀を乱す恰好の女子がひとり。


「おいっ! 橘っ。約束が違うじゃないか!」

「あ、委員長。おはー」


 昨日と全く変わらない装いで登場した橘に、怒りは湧くものの安心している自分がいた。


 いつもはすぐに教室へと入るはずの橘が棒付きキャンディーを咥えながら近づいてきて、


「あー、これは校則違反ってヤツだ」

「そうだ! 歩く風紀崩しだ!」

「それじゃあさ、また必要だよね?」

「え!?」

「夜のお仕置き」

「――ッ!」


 最後の言葉だけ誰にも聞こえないように耳打ちしてきた橘に言葉を失った。


「まあ、わたしはどっちでもいいけど」


 くるりと背を向けて歩き出した姿を見て、


「いいだろう。違反者にはお仕置きが必要だな」


 聞こえてすぐ棒に手を添えながら振り返った橘が言った。


「りょーかい。んじゃ放課後、あの場所で」


 小さくなる橘の背中を見ながら思った。


 ――悪い子にはエッチなお仕置きを、と。

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