5.セクハラなんてケモノ以下です

 面接はうまくいった。一日だけの研修を受け、翌日から現場に出る。電子マネーの決済用端末を置いている加盟店のうち、使用実績の少ない店舗をまわる仕事だ。


「え、これ全部読むのか……」


 研修で渡されたマニュアルは、けっこう分厚かった。慣れない仕事だから、目を通すのにも時間がかかる。


 一日にまわれるのは、せいぜい十五店舗くらい。まずは、店側が電子マネー利用を続けたいかどうか確認して、継続希望なら、自分のスマホからテスト決済をする。希望しない場合、そのことを本部に連絡する。それが基本の仕事だ。


 訪問先には、個人でやっている小さな店舗もあって、たいていあまり真面目に応対してもらえない。忙しい時間に行ったりすれば、まず門前払いだ。


 報酬は、テスト決済まで完了すれば高くなるから、営業スマイルでなんとかテストまでこぎつけたいのだけど、応じてくれないことも多い。


「やり方を覚えておきたいんで、操作方法を見せてもらえる?」


 そんなことを言いながら、必要以上に近寄ってくるオジサマもいた。レジなんて店内の目立つところにあるものだけど、個人経営の小さな店でひまな時間帯だと、ほとんど二人っきりみたいなこともある。そんなときにかぎって、端末はろくに見ずに、ワタシの顔や体ばかりジロジロと眺めているのだった。


 それ、セクハラですよ、と心のなかで言ってみる。


 結婚までの勤め先は、体を触られることもめずらしくなかった。ねらわれるのは、どっちかというと地味な子が多い。性的興味というよりも、相手を見下すことで、自分の優位を保とうとしているような気がした。


 最低だ。ケモノ以下だ。


「丁寧に説明してくれて、ありがとうね。よくわかったよ」


 モヤモヤした気持ちは残るけど、一件あたりの報酬額を思い浮かべて、ニッコリと応じる。


「いいえ! なにかお困りのときは、いつでもおっしゃってくださいね!」

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