4.ウソをつくのは悪いことです

 結局、押し切られた――。いや、あのお金を見たら、断れなくなってしまった。


 善人を探すとか言いながら、規約違反をそそのかすようなこと、やめてほしい。


「早かったじゃないの。あら、その子は?」


 出迎えた母が、驚いたように言った。


「あ、友だちの子なんだけど、ちょっとだけ預からなきゃいけなくて」

「ああ、そうなの。いらっしゃい。まあ、可愛らしい子ねぇ」


 神さまは、モジモジしながら黙っている。これ、普通の子どもっぽく見えるように演技しているのか? 笑える。


「痛っ!」


 つないでいた手をつねられた。こいつ……!


「どうしたの? 急に」

「ううん、なんでもない。虫に刺されたみたい」


 ひとつウソをつくと、ウソの連鎖がはじまる。「曲がったことが許せない」みたいなタイプじゃないけど、つかないですむウソなら、つきたくない。


優那ゆな、ずっとお利口にしてたわよ」

「そう」


 優那は、帰ってきたワタシを見るとうれしそうに近寄ってきたが、神さまと手をつないでいるのに気づくと、テーブルの後ろに隠れてしまった。満二歳になる。言葉の発達がすこし遅めかもしれない。


「ただいま、優那」

「じゃあ、もう帰るわね。お父さん、待ってるから」

「うん、ありがとうね。助かった」


 アパートの階段を降りていく足音が遠ざかる。


「えらい会話のすくない家族やな」

「ほっといてください」


 昔は、どっちかというとよくしゃべる家族だった。ワタシの離婚と父の病気の進行で、母とは意見がぶつかることばかり。おたがい余計なエネルギーは使いたくないから、自然と口数が減るんだろう。


「言葉って、面倒ですよね」


 ワタシは、ひとりごとのように言った。


「神さま的には、ウソつくって悪いこと?」

「そんなん、小学生でもわかることや」


 言い方が、いちいちイラッとくる。


「ま、言いたいことはわからんでもない。けど、言葉がうなったら、人間なんてケモノ以下やで」

「ケモノねえ」


 ワタシは、夕食の支度をはじめた。

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