第94話 配信 蠢く影


 キャビーの要請に応じることにした俺たちだが、話はそれで終わりというわけではない。

 進行役をネイカにバトンタッチすると、俺は襲い掛かってくる睡魔のことを思い出しながら話に耳を傾けた。


「それで、私たちは具体的にどうすればいいの?」

「アーシーからは、話がついたら第三部隊と共に帝都のファーダリエルを目指すように言われてるにゃ」

「ファーダリエルね。私たちもそこに向かえばいいの?」

「そうにゃね。アタシたちはすぐに向かうんにゃけど、ネイカたちは少し遅くなっても問題ないにゃ」


『ちょうど今居るわ』

『俺たちも行っていいのか?』


 リスナーのそんなコメントに目を通したネイカは、有無を言わせぬ口調でキャビーに確認を取る。


「他の異業たちも連れてきていいよね?いつも私たちのことを見てくれてる人たち」

「にゃにゃ!異世界の人たちにゃ⁉」

「そうそう。みんなキャビーに会いたいって言ってて」

「もちろんOKにゃ!数は多い方がいいし、アタシも会ってみたいにゃ!」


『うおおおおお』

『会いに行かねば』

『面白そう』


 キャビーはネイカの圧をもろともせず、満面の笑みでリスナーたちの参加に許可を出した。

 ネイカは肩透かしを受けてどこか困ったような表情を浮かべてから、話を元に戻した。


「それじゃ、私たちは私たちで各自ファーダリエルを目指すって感じで。その時に何か注意しといた方がいいこととかある?今はここを通るのは危ないよーとか」


『お』

『よく聞いた』

『あの話な』


 ネイカの質問に、盛り上がりを見せるコメント欄。


 fあの話というのは、最近になって増えてきた『プレイヤー狩り』の話だ。帝都ファーダリエルは今最も多くのプレイヤーが集まっているとも言われている街だ。もちろん帝都ということでゲーム内屈指の巨大な街であるのはもちろんのこと、適正レベル帯も20後半から30前半と幅広く、アクティブユーザーの現在のレベル帯とマッチしている。

 しかし、そんなファーダリエルでは一つの大きな問題が起こっていた。それこそが『プレイヤー狩り』で、ファーダリエル周辺で正体不明の敵(おそらくNPCだと言われている)にキルされるという事件が頻発しているのだ。

 そこで、多くのプレイヤーはこのリスクを回避するために、物置小屋を購入するという方法を取っていた。物置小屋というのは家の劣化版のようなもので、アイテムを保管しておくためだけのものだ。物置小屋に保管しているアイテムはデスしてもロストしないが、物置小屋の購入金と管理費が発生するので出費がかさんでしまう。とはいえ、突然キルされて全ロストなんて事態になるよりは圧倒的にマシだというものだろう。ちなみに、家だと更にインテリアや家具を設置でき、実際にそこに住んでいるような体験ができる。他プレイヤーを招いてくつろいだりもできるらしいが、少なくとも俺の耳には誰かが家を購入したという話は入ってきていない。

 更に家と物置小屋の差だが、家は実際のスペースを要する。つまり、プレイヤーたちが使える家はNPCたちが実際に暮らしている家と何ら変わりないということだ。例えば、一等地に立っている豪華な家を誰かが購入した場合、その家はもう他の人は購入できないということになる。もちろん、購入者がその家を売り払うか、管理費が払えずに解約されるともう一度誰か一人が購入可能な状態に戻るのだが。

 それに対して、物置小屋は実際のスペースを要さない。物置小屋は物置小屋という概念でしかなく、言うなればボス祠のように、誰かが物置小屋を購入するとこの世界とは別の空間にその物置小屋が生成されるという仕組みだ。なので、誰でもいくつでも購入可能であり、売り切れという概念もない。どれだけプレイヤーが増えても、物置小屋を買えないという鬼畜案件は発生しないというわけだ。


 さて、そんな事件が背景にありこの質問に至ったネイカなわけだが、キャビーの回答は俺たちの予想とは異なるものだった。


「にゃー…………帝都まではあんまり危険はないにゃね。暴動もまだ帝国の隅くらいでしか激しくはなってないのにゃ。それだけに、今回の反乱が中央まで及ぶとどこまで被害が出るかわからないってアーシーが言ってたにゃね」

「…………中央部はまだ安全なんだね」


『え』

『暴動関連ではないのか』

『NPCは狙われてないってこと?』


 様々な憶測が飛び交う。

 キャビーが知らないということは、プレイヤーを狙い撃ちにした、まさに『プレイヤー狩り』ということなのだろう。

 そして、このプレイヤー狩りによって誰かが指名手配されたという話は出ていない。もちろん既に指名手配されているプレイヤーはいるのだが、帝都周辺にはいないのだ。キルされた時に出てくるキルログにも、プレイヤーの名前が出たという報告はなかった。

 これらのことから、この事件はNPCがプレイヤーを狙っている事件だと予想される。NPCがプレイヤーをキルすると何が起こるのかは不明だが、何かNPCにとって美味しいことでもあるのだろうか。

 …………いや、もしそんな話があったとしたら、運営はプレイヤーとNPCの対立を望んでいるということになってしまう。それをありえないと断じることができないのも少し不安だが、あまり考えたくはない話だ。だとすると、プレイヤーをファーダリエルから追い出そうとしている、もしくは帝国自体から追い出そうとしている?


(これだけの情報じゃ憶測すらままならないか)


 そう判断した俺は、一旦考えるのを諦めることにした。

 その間にどうやらキャビーとの話はまとまっていたようで、キャビーはこちらに手を振りながらにこやかに去っていった。


「というわけでみんな!帝都に集合っていうのと、『プレイヤー狩り』はもちろん、鎮圧戦は多分デスしにいくようなものだから、一時的にでも物置小屋を買ってアイテムは預けておいてね!あと、お金もなるべく使っておいた方がいいかも?あとは一応いらない素材も預けといて、デス後の活動資金として用意しておくといいよー!もちろん遠い人とか、デスペナ嫌な人は不参加でもいいからね!でも、合法的にNPCをキルできるチャンスだから、何か美味しい話があるかも!」


『はーい』

『今はやめとく』

『いく』


 ネイカの呼びかけに思い思いの返答をするリスナーたち。

 最後の言葉は、おそらく俺が聞いていなかった最後のやり取りの部分だろう。

 平時にNPCをキルすると、システム的なものではなく普通に殺人犯としてNPCに指名手配されるそうで、その国の街中には二度と入れなくなるそうだ。しかも捕まってしまうと自害してリスポーンするしかなく、デスペナルティも発生する。他の国に逃げれば影響は少ないらしいが、デメリットが大きすぎるだろう。もちろん、犯行がバレなければ指名手配もされないようだが。

 それに対し、ネイカの口ぶりかすると戦争中に敵兵を殺すのは罪にはならないということだろう。NPCをキルすると何が得られるのかは不明だが、むしろ不明だからこそ今回の話には多くのプレイヤーの興味を湧かせるものがあった。

 一体どれだけのプレイヤーがこの呼びかけに応えるのかはわからないが、きっと少なくない数が集まるのだろう。


 それにしてもイベント期間中にこんな事件が起こるとは、NPCはこちらの都合など全く考えていないらしい。全て裏で運営が手を引いているという予想もあったのだが、今回の事件によりその意見は否定されたと思っていいだろう。今後もっと大きなイベント中に事件が起こった時。どちらを優先し、どちらを切り捨てるのか。誰がどう動くのか。なんだが、このゲームは俺が予想していたよりも遥かに面白くなってきそうだ。


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