第88話 配信 物欲センサーという魔物
アリーの森を抜けてマルナ王国の内部へと歩みを進めていた俺たちは、実績解除=SP稼ぎのためにひたすら初見のモンスターを狩りまくっていた。
「いやーこっちまで足伸ばした甲斐あったね!」
「この辺はだいぶ適正レベルが高いんだったか?出てくるモンスター軒並み新規だな」
『実績おいちいいいいいい』
『今日中に20いけるか?』
『なお解析は…………』
皆まで言うな。そもそも、魔法獣に関しては眠り猫を解除できている分既に十分な収穫なのだ。
あと、今日中に20はどう足掻いても無理だな。
「私も早く双剣に移行したいし、派生スキルも気になるし…………SPが無限に欲しい!」
「マジでSPゲー…………っと、これでこの辺のは100狩れたか」
『次』
『一旦街寄るのもあり』
『そっから東に街あるぞ』
効率がいいと言われている『百体狩り』を終えた俺たちは、そんなリスナーのコメントに流されるように東へと足を運ぼうとしたのだが、そこで攻略サイトを見ていたネイカがこんなことを言いだした。
「この辺の情報少ないねー…………なんかもう二種類モンスターいるみたいな話もあるんだけど」
「二種類?レアにしては多いな。でも一度も見かけてないよな?」
『まあそこトッププレイヤーのレベル帯が適正ですし』
『ガセか?』
『出現条件あるんじゃね。昼限定とか』
「いやー、名前しか載ってないから判断つかないや」
「どれどれ…………レッグドロンとライトニングスライム?」
『ライトニング⁉』
『かっこいい』
『スライムで出ないってレアだろ』
まずこの情報が正しいのかどうかも不明なのだが、たしかにライトニングスライムなんていかにも珍しそう…………だが、たくさん出てくるとしてもおかしくはないネーミングである。レッグドロンに関しては判別不能だ。
「もうちょっと粘ってみよっか。場所変えたら出てくるかもだし」
「そうだな」
『街はスルー?』
『街<SP』
「あ、街はもちろん行くよ。ちょっと周辺ぶらついてみるだけ」
『おk』
『よかった』
その街というのはクルルの街という名前で、クルド帝国との境を防衛するための街とも呼ばれている大きな街だ。
…………もちろん、それは運営の出している簡素な情報であり、プレイヤーからの事細かな情報はほとんどないのだが。
「にしてもライトニングスライムなあ…………レアだとして、もうこの辺のレアモンスターの情報が出てるってだいぶ早いよな」
「うん。だから通常モンスターか、運のいいプレイヤーがいたのか…………」
『ん?』
『今何か』
突然ざわつき始めるコメント欄。
俺には何が合ったのかさっぱりわからなかったが、どうやらネイカの視点では何かがあったようで、気付いたリスナーと見逃したリスナーの間で論争が起こっていた。
「ネイカは見たのか?その何かとかいうやつ」
「うーん…………多分?直接何かを見たんじゃなくて、なんか草むらが動いたような感じが…………」
「よくそんなんに気付いたな」
『噓だろ』
『いた』
『左行った』
『気付けるわけない』
錯綜する情報に流されるように、あちこちを見渡してみる。特に草むらの影や茂みに注目してみたが、やはり俺にはなにもわからなかった。
「風でも吹いたんじゃないのか?」
などと言いながらも、俺はネイカの言葉を信じて動かずに様子を見ていた。
そんなネイカはしばらくの間目を凝らして左側の茂みを観察していたが、やがて諦めたように首を振った。
「気のせいだったのかなあ…………」
そう呟きながら、ネイカが足を一歩踏み出すと…………
「あっ!ちょっと!」
「いたいたいたいた!なんかいた!」
『何かいたwww』
『何かいたな』
『追え』
『何か』というのは、紛れもなく『何か』だ。
俺たちが確認できたのは『何か』が草むらの中を颯爽と動き回る音と草の揺れだけで、それが一体何なのかは不明だった。
「お兄ちゃん追って!私回り込む!」
「OK!」
『はっや』
『追いつける?』
俺たちが一斉に動き出したと同時に、その足音に驚いてなのか一目散に逃げ去ろうとするその影。
もしかしなくても、あれは小さなモンスターなのだろう。そう考えた俺は、咄嗟に『ダイナバッファロー』のうしかべをセットし、うしかべを呼び出して『雄叫び』のスキルを発動させた。
「おっ!」
「ナイス!」
『ナイス』
『いい』
『いいね』
『雄叫び』というスキルは、相手を一瞬怯ませてヘイトを買うスキルだ。
『雄叫び』をくらったその影は一瞬ビクついて足を止めると、再び逃げるように駈け出した。どうやら怯みが効いたということはモンスターではあるようだが、ヘイトが効かないとなると、基本行動が逃げるのみのモンスターということなのだろう。
だが、ネイカはその一瞬の隙を黙って見ているようなプレイヤーではない。ネイカがその影の動きを先読みして『投擲』のスキルで片手剣を投げて攻撃すると、その攻撃は見事に草むらの揺れを捉えてその影にダメージを与えた。
「『解析』ッ!」
その直後、条件反射のように解析スキルを発動させる俺。今回はいつものシューンコメントが流れる間もなく、解析が失敗してスキルが弾かれ…………
「…………ん?」
『お?』
『シューン』
『シューン』
『は?』
嘘だろ?
なんて俺の思いは言葉にならず、その謎の影のモンスターは姿を消した。
それが意味するものは、解析の成功だ。
「すご!絶対レアじゃない⁉」
『今日どうした?』
『魔法獣のバーゲンセール』
茫然とする俺に、興奮した様子で声を掛けてくるネイカ。
俺は思わず、わけのわからないことを口にし始めた。
「いやいやいや、おかしくね?」
「何が?」
「いや、今日はもうSP貯める流れだったじゃん」
「うん」
「全然解析の気分じゃなかったんですけど⁉」
『は?』
『www』
『わからんでもない』
『喜べ』
嬉しいけども!
今日はもう眠り猫で満足してたって!
ていうかSP残ってないって!
なんて俺の心の叫びは、嬉しい悲鳴というやつだ。
「ちょ、とりあえず何が解放されたのか…………うわ、レアだ」
『うわ?』
『喜べ』
『うわwwwww』
言い訳をさせて欲しい。
「うわ」という言葉が出たのは、獲得するためのSPが足りなかったからだ。
魔法獣の名前は『リトルポップ』。必要SPは驚異の50。メタルバードの三倍以上です。間違いなくレアですありがとうございました。
…………っていうか、結局あの影は何者だったんですかね?解析だと倒した判定にならないから、実績も解除されないんだよな。
『50wwwww』
『無理だろ』
『とんでもねえバケモンだぁ!』
『最強か?』
『リトルってそこから派生する可能性あるってこと?w』
そんな俺からの報告を受けて、一層と盛り上がるコメント欄。
もちろん必要SPが高ければ強いなんて保証はないが、期待度が高くなるのは言うまでもないことだろう。派生の可能性なんて考えたくもない。
「いやでも50て」
「テンシの強化の方は?」
「多分20まで上げるのに60とかだな。しかも20で上位個体が解放されたとしてそれを取るのにまたSPが…………」
「うわぁ」
『うわぁだな』
『SPくれ』
『SP足りるわけねえ』
『100は遠すぎる』
「どうすんだよこれ…………」
なんて言いながらも、俺の表情は明るいものだった。
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