第77話 配信 スキルを使うということ


「この辺に生息してるので解析したことないのは、エスキャットってやつとオキシマーダーってやつだな」

「オキシマーダーってすごい名前だね」


『強そう』

『うざそう』

『猫の魔法獣ほしいな』


 解析したことがないというのは文字通り一回も試したことがないという意味で、解析できなかったモブなら他にもいる。しかし、最近はめっきり解析スキルのレベルを上げることができていないので、再び試す必要はないという判断を俺は下していた。というのも、スキルのレベルを上げるのに必要なポイントは指数関数的に伸びるようで、もう要求量がとてもじゃないが出せないくらいのところまで来てしまっているのだ。


「とりあえずはその二匹を探しつつ、俺の実力試しかな。モブのレベル自体は低いから、あんま長居する気はないが」

「私の出番はなさそうだねー。……というわけで、頑張るお兄ちゃんの姿をばっちり皆にお届けするよ!」


『やったああああ』

『初日以来か?』

『兄パート助かる』


 などと盛り上がりを見せるコメント欄だが……まあノリと勢いというやつだ。

 俺もそれに乗じてやる気ありげな一言でアピールしてから、記念すべき初ちゃんとした戦闘を目指してモブを探し始めたのだった。



 そして俺の初めては、間もなく訪れた。

 まあここはいたって普通のフィールドでありモンスターもそこら中にいるので当たり前なのだが……そのお相手はトレントツリーという、一言で言えば動く木のモンスターだった。


「トレントツリーさんおいでませー!さあお兄ちゃん、やっちゃってー!」

「……おうよ」


『テンション高w』

『変なスイッチ入ってんな』


 カメラマンモードとでもいうべきだろうか。カメラを持つと妙な気が入るというのはわからないでもないが、相手にするにはなんともやりにくい感じだ。

 ちなみにこのトレントツリーだが、レベル的にはサキ&かまとコラボした時の俺たちでちょうどいいくらいの相手といったところだ。つまり今の俺たちなら圧倒していて、おそらくネイカが手を出せば瞬く間に倒されてしまうだろう。

 そして俺の装備は、相変わらずネイカと同じ片手剣とバックラースタイル。レベルアタックはなんと所持している武器に応じてモーションが用意されているとのことなので、そこもこのスキルの便利な点の一つではあった。


「よし……まずは俺だけで戦ってみるわ」

「おっけー。さすがにいきなりメルちゃんに指示出しながらはキツそうだもんね」


 ネイカの返事に黙って頷く。

 するとそれを合図にするように、トレントツリーが俺に向かって根っこをうねうねとさせながら迫ってきた。


(落ち着け……たしか片手剣でのレベルアタックのモーションは、上から下に振り下ろすっていうシンプルなものだったはず。まずはバックラーで相手の攻撃を弾いて……)


「はッ!」

「おー!」


『ナイス』

『相変わらず上手くて草』


 トレントツリーの二連蔦攻撃を、バックラーでいとも容易く凌いでみせる。コツは身体の重心を意識することで、初撃の反動で二撃目の蔦の軌道上までバックラーをもっていけるように受け流すことがポイントだ。…………なんて上手ぶって解説できるのも、俺がSFOを始めてからというもの、バックラーで相手の攻撃を受け流すことかメルに指示を出すことしかろくにやってこなかったからだ。悲しきかな。

 だが、そんな日々ともサヨナラだ。今日から俺は、このレベルアタックで……!


「うおおおお!レベルアタッ……!?」


 俺がレベルアタックを発動させたその刹那。先程まで偉そうに重心を意識がどうのと言っていた俺の身体は、俺の支配下を離れて勝手に動き始めた。


「ちょっ……タァッ!」


 そしてそのまま俺が握っていた片手剣はトレントツリーを引き裂き、トレントツリーはよろめくようにして後退した。

 そして再び唐突に身体の支配権を戻された俺も、少しバランスを崩してよろめく。


「……」

「お兄ちゃんいいねー!」


『いいぞー』

『がんばれー』

『わかる俺も最初そうなった』


 突然自由のきかなくなる身体。それはスキルを使ったということを考えれば当然の結果だが、実際に体験してみると違和感が凄まじいことだった。今まで画面上でこういうアクションゲームをプレイしたことはあるし、一度技を発動させると勝手に一定の動作が行われるなんてゲームじゃよくあることだ。しかしVR上で、自分の身体でそれを味わうと、今まで普通に認識していたそれが何か別の意味を帯びて感じられる気がした。


 だが、そんな違和感も一度知ってしまえばこっちのものだ。

 俺にバランスを崩されたトレントツリーと、自ら少しバランスを崩した俺のどちらが先に復帰するかなど言うまでもない。俺は一瞬で意識を切り替えると、再びトレントツリーにレベルアタックを叩きこんだ。


「レベルアタック!…………レベルアタック!」


 そして何発かレベルアタックを決めると、トレントツリーは呆気なく消えていった。

 レベル差のあるその戦いは一見すればただの一方的な戦いだったが、俺にとっては大きな収穫があったと言ってもいいだろう。

 その後最初の一撃で少しバランスを崩したことをネイカに弄られたり、リスナーのあるあるというコメントと和気あいあいとしたりしながら、俺たちは新モンスターを求めてさらに歩き進めていくのだった。


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