第72話 作戦開始


「退避!」


 そんなネイカの指示が響き渡る。それはフルアーマーミノタウロスの範囲攻撃───咆哮攻撃が来るときの合図で、先程までフルアーマーミノタウロスの周囲で戦っていたプレイヤーたちはボスの周囲から一気に距離をとった。


 そんな状況下で、俺たちの作戦が動き出す。まず俺は、フルアーマーミノタウロスの咆哮攻撃を途中でくらってしまうタイミングを見計らい、メルにブレイブアタックの予備動作をさせた。

 もちろんこれはフリであり、実際にブレイブアタックを使用させたわけではない。前に「予備動作が長いスキルはすぐにバレてしまうが、それを対人戦でどう活かすか」という課題を考えていた際に、予備動作のフリをさせることは可能なのかという疑問にぶつかった。その結果フリは可能であり、これによってフリで相手の動きをけん制させたり、フリと思わせて実際には発動させているといった駆け引きに持ち込めるということがわかったのだ。


 話がさらに逸れてしまうが、魔法獣にとってこれはかなり大きな事だ。プレイヤー用のスキルで予備動作が長い者もあるのでプレイヤーにも同じことが言えるが、どうしても人の手では予備動作を寸分の狂いもなく完璧にというのは不可能である。それに対して魔法獣というのはAIであり、予備動作のフリを完璧に行うのも造作ではない。目の肥えた玄人と駆け引きをしようと思えば、当然軍配が上がるのは魔法獣の方というわけだ。


「…………よし、行け!」


 俺の腕からメルを羽ばたかせる。

 フルアーマーミノタウロスの第二形態戦が始まってからは、まだ少ししか経っていない。というのもずっと傍観しているわけにはいかないので、すぐに参加せざるを得なかったからだ。

 そんな中で俺がフルアーマーミノタウロスの咆哮攻撃の挙動を確認できたのは、二回。いくら何度も見てきているメルのブレイブアタックでも、かなり予備動作時間が長いため、ドンピシャで咆哮攻撃をくらうように合わせるのは至難の業だろう。……だが生憎と、タイミングを見計らって指示を出すだけというのはもう慣れてしまっているんだ。もうSFOを始めて、そしてメルと出会ってから二週間も経っている。それに、俺が今まで散々プレイしてきたソロゲーには、その手のミニゲームが付き物だからな。


「お兄さん、どうですか?」

「大丈夫だ、タイミングは完璧なはず。アイリはヒールの準備をしてくれ」

「はい!」


 メルがブレイブアタックの挙動で上空へ飛翔し、フルアーマーミノタウロスへ向けて滑空を始める。フルアーマーミノタウロスはその手に持つ大きな斧を旗のように地面に突き立て、強く力む。

 皆がブレイブアタックの予備動作を行うメルに気付いて注目を集める中、俺はケイオスとブラウに目を向けた。

 ブラウは予定通り、先程フルアーマーミノタウロスから距離をとった集団に紛れて様子を見ている。ケイオスはメルの動向に気を取られて少し孤立してしまっているが……問題はないだろう。

 そうして皆がメルに気を取られて静まり返る中、ネイカの声が響いてきた。


「ちょっとお兄ちゃん!」


 その声につられてネイカの方を見ると、ネイカの目は「何無茶なことしてるの!」という抗議の目を俺に向けていた。

 たしかに冷静に考えれば、ネイカの視線は尤もだ。ボスの攻撃に合わせて突っ込んでいくなど、何無茶なことしてるの!以外の何物でもない。…………俺がそれなりにゲームを嗜んでいるということを知っているネイカなら、そう思うのも当然だろう。

 だが、二週間前に始めて俺を知ったリスナーたちならどうだろうか。俺のことをよく知らない人たちなら、俺がミスをしてしまったと思うのが普通で、わざとミスをしたなんて露程も思わないはずだ。現に、俺に非難の目を送ってきている人はネイカの他におらず、皆メルを心配そうに見つめているかどうしたらいいのか困っているかといった感じだ。


「……悪いな」


 絶対にネイカには届かないような小声で、軽く謝っておく。

 すると何が伝わったのかはわからないが、ネイカは呆れたような顔をしてメルの方へと視線を移した。

 そしてそれからわずかな時間が経つと、遂にフルアーマーミノタウロスの咆哮攻撃が発動された。メルは俺の目論見通りその効果範囲へと飛び入っており、その攻撃をくらう。そして咆哮攻撃をくらったメルはその身体が吹き飛ばされ…………


「…………ない?」


 フルアーマーミノタウロスの咆哮攻撃には、強力な吹き飛ばし効果がある。そういう話だったので、俺は……いや、誰もが吹き飛ばされるメルの姿を想像したが、それは実際には起こらなかった。そしてその代わりに起こったのが、メルの体を螺旋状に包むライトグリーンの光と、フルアーマーミノタウロスの咆哮攻撃と何かが衝突するようなエフェクト。

 予想外の挙動に誰もがポカンとした表情をする中、その原因であろうアイリだけがどや顔を浮かべていた。

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