第65話 理由


 俺は今、軽い感動を覚えていた。

 SFOの世界にやってきてから二週間。ネイカの金魚のフンとしてそれなりに頑張ってきたつもりだが、それだけを意識しすぎてここがMMORPGの世界だということを忘れていたのかもしれない。

 今俺の目の前に広がるのは、人……いや、プレイヤーの海だ。海だなんて言ってもその人数は五十人なのだが、五十人でもこう一斉に集まると物凄く多いと感じられた。

 そんな人の群れを見て、ネイカが満足そうに頷く。


「よーし、みんな集まれたかな」

「「……」」


 マナーがなっていると言っていいのか悪いのか。返事すら控える参加者を前に、ネイカは少し困ったような笑みを浮かべた。

 俺たちが今居るのはイベント専用の待機エリアで、ギルドマスターであるネイカがイベント開始のボタンを押すと現れるエリアだ。ギルドメンバーはギルドマスターがイベントを開始しようとするとその旨の通知が送られ、参加希望者はセーフエリアからイベント参加のボタンを押すことでこの待機エリアへと転送される。そこから待機エリアにギルドメンバー全員が集まるか、ギルドマスターが更にイベントを開始のボタンを押すとイベントが開始されるようで、ちょうど今ギルドメンバーの上限である五十人がこの待機エリアに集まりきったところだ。


「というわけで初イベ始まるよ!ボスの情報もまったく知らないから、とにかくみんな死なないようにね!」

「「「はーい」」」


 ネイカの注意喚起に一同が返事をする姿は、まるで先生と生徒のような光景だった。

 俺がそれを見てどことなくほっこりとした気持ちを感じていると、ふと後ろから肩を叩かれた。


「……ん?」

「あっ、どうも……もしかしなくてもお兄さんですよね?」


 そう声を掛けてきたのは、大槌を背負ったマッチョの男だった。

 俺はどう返事をしたものかと少し迷ってから、ぺこりと頭を下げた。


「そうですね、ネイカの兄です。そちらは……」

「ガイスっていいます」

「ガイスさん」


 ガイスと名乗った男は俺に合わせて軽くお辞儀をすると、ネイカがいる方をちらりと見た。


「お兄さんはあっちに行かないんですか?」

「……あー、まあ今はコメントも見てないですし、行ったところでなあ……と」


 今回のイベントにおけるチーム分けは完全にランダムなようで、俺とネイカが同じチームになる確率はほぼ1/4だ。リスナーにはネイカ視点で思う存分楽しんでほしいし、俺に配慮してコメントを控えるということはしてほしくない。それは事前にネイカと確認したところでもあり、俺は普通に参加するだけということになっていた。


「へー、そうなんですか。それは残念です」

「残念?」

「ええ。俺はお兄さんも好きなんで、配信で見れないのは少し残念だなと」

「お、おお……それはどうも」


 こんなストレートな言葉で好意を伝えられたのはいつぶりだろうか。俺は思わず照れくささで目を逸らしてしまった。


「お兄さんの方では配信してないんですよね?」

「そうですね。実は配信ツールとかもよくわかってなくて」

「そうなんですか……」


 ガイスはそう言うと、その表情に残念そうな色を浮かべた。


「……もしやったら、見ますかね?」


 俺がそう言ったのは、半ば無意識のことだった。

 こういう時。いや、こういう時でなくても、俺視点の配信に需要はあるのか。リスナーはそれを求めているのか。そういったことは、今までも色々と自分の中で考えてきたことだ。そしてそのたびに俺は、消極的な結論を出してきた。実際問題難しいところはいくつかあるし、ネイカの方からそんな話をされたこともない。結局俺の方から動くこともなく、なんとなくそんな考えが浮かんでは消して、浮かんでは消してと否定し続けてきた。

 ただ、リスナーの口から直接意見が聞ければ───


「もちろん見ますよ。見ない理由がないですし」

「見ない理由……」

「ええ。ネイカさんの配信を見てる時にお兄さんの配信もあるなら、一緒に付けておかない理由がなくないですか?もちろんメインで見るのはネイカさんの方でしょうけど、ふとお兄さんの方が気になった時にちらっと見ればいいわけですし」

「……たしかに」


 そうか。たしかにそうだ。

 俺は今まで、心のどこかでネイカの配信か俺の配信かという二者択一で物事を考えていた。その時に選ばれるのは当然ネイカの方だろうし、俺は必要ないんじゃないかと。

 だが、ゲーム配信なんてものは何も一つしか見られないという制約があるわけじゃない。それは普段はそれを嗜まない俺では思いつかなかった、盲点ともいえる話だった。


 俺の中から、今まで俺が自分も配信をするという選択の否定に使っていたものが、スーッと消えていく。そんなときに丁度、遠くからネイカの声が響き渡ってきた。


「おーい!お兄ちゃーん!」

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