第三章 初イベント

第63話 イベント詳細


「寧衣、食事中なんだから携帯くらいしまったらどうなんだ?」


 そんな他人には聞かれたくないような恥ずかしい注意をしたのは、まさにその他人に聞かれてしまう場所でだった。

 平日も真っただ中である水曜日の、正午前。SFOがイベント実装のためのメンテナンスを実施しているので、寧衣を外に連れ出すためにも俺はショッピングモールを訪れていた。

 寧衣にしては珍しく文句も言わずについてきたのは、初イベント実装日にもかかわらずその詳細が未発表でそわそわしていたからだろう。現にショッピングモールを見回っている際にも落ち着きなく、情報解禁時刻である正午の直前である現在に至っては、昼ご飯を前にしているというのに箸ではなく携帯端末を握りしめているくらいだった。

 しかし、当の本人である寧衣はというと、


「お兄ちゃんさあ、今回のがどんなイベントか次第で私たちの盛り上がりに直結するんだよ!わかってるの⁉」


 なんて反論をするばかりで、まるで聞く耳を持とうとしていなかった。

 たしかに初イベントはリスナーとなんて発言したおかげでそんな事態になっていることは事実なのだが、だからってそうそわそわしても仕方ないだろう。俺たちにはどんな初イベントであれ受け入れるしかないし、どうしても無理そうなイベントならリスナー参加型を諦めたって文句は言われないはずだ。いや、言葉だけでのノリの文句のようなものは来るかもしれないが。

 しかし、この状態になってしまった寧衣はテコでも動かないほど頑固になる。俺は苦言を呈しながらも内心で諦めて一人黙々と箸を進めた。






「……来た!十二時!十二時!」


 ガキか。と言いたくなる気持ちを抑えて、はいはいと言葉を返しておく。

 寧衣はそんな興奮した声を上げるとともに、痙攣でもしているのかと思うほどの速度で指を動かして携帯端末を必死に操作した。そしてやがてその動きを止めると、今度はピクリとも動かずにその画面を見つめた。


「……どうだ?大丈夫そうなのか?」


 寧衣には苦言を呈した俺だが、何もまったく気にしていなかったわけではない。何も言わなくなった寧衣に対してコメントを求めると、寧衣は戸惑ったような声をぼそりと出した。


「……うーん……うん……」


 悩んだ結果の肯定なのか、ただ判断に困って出ただけの言葉なのか。どちらにせよ寧衣が困惑していることだけは事実なようで、寧衣は首に手を当てながら頭を傾けた。


「なんか……ギルドメンバーで協力?してボスを倒そうっていうイベントなんだけど……」


 その言葉を聞いただけだとごく普通のイベントに聞こえるが、寧衣は協力というワードに疑問符が付くような言い方をしていた。つまりは協力と言っていいのか悩むような状況になっているわけで、ギルドメンバーでボスを倒すのにそんな状況になるといえば……


「タイムアタックとかか?……いや、でもそれだとギルド同士の対決になるか……」


 ふと思いついたものを口に出して、すぐさまそれを否定する。寧衣も俺の言葉に首を振り、またもしどろもどろな言葉を並べた。


「うーん……なんか、人狼ゲームみたいな……いや、それも違うかなあ……」

「人狼ゲーム?」


 人狼ゲームと言えば村人陣営と人狼陣営に分かれてなんやかんやするあの有名ゲームのことだろうが、それがどうしてボス討伐と組み合わさるというのか。寧衣自身もまた自分で言った後に否定しているのでまるっきりそうだというわけではないだろうが、少なくとも似通った部分を感じたというのもまた事実だろう。

 俺がそんな推測を打ち立てていると、ようやく言葉が纏まったのか寧衣が先程よりも一段とはっきりした声を出した。


「……うん。まあちょっと人狼ゲームっぽい感じかな。基本的にはギルドメンバーで一緒にボスを倒すっていうイベントなんだけど、その中で人狼を見つけ出す……みたいな」

「……人狼っつっても本当に人狼なわけじゃないよな?」

「うん。なんか人狼役の人には特別なスキルが与えられるんだけど、そのスキルはボスが倒されるまでに使わないと討伐失敗になるみたい」

「なるほど……」


 つまり、人狼役の人は周りにバレないようにそのスキルを使う。その他の人は普通にボスを攻略しながらも、そのスキルのモーションをとった人を探し出すといった感じだろうか。


「それで、そのスキルは四つあるっぽい」

「四つ⁉」


 そんなに使えるわけないだろ。と思って叫んだ俺だったが、その後の寧衣の説明でその意味を把握することとなった。


「うん。だから四つの陣営に分かれてそれぞれ自分の陣営の人狼役の人がバレないようにしつつ、他の陣営の人狼役の人を探すって感じかなー」

「あー、そういう……」


 寧衣の言葉でイベントの概要を理解しつつも、一つの疑問がよぎる。


「でも、それなら皆でそのスキルモーションをとりまくったらわからなくないか?」

「ん?……あー、そのスキルっていうのはモーションももちろんあるんだけど、使うとド派手な演出があるらしいよ」


 ド派手な演出。たしかにそれなら見分けはつくだろうが、今度は逆に隠しづらすぎるのではないだろうか。……いや、やはりそこまではやらないとわからないし、そもそも運営的にもバレない方が凄いというバランスで考えている可能性もある。寧衣も言っていたがそもそもはギルドメンバーでボスを倒そうというイベントらしいし、そこのバランスにケチをつけすぎるのも筋違いだろう。


 しかし、とても楽しそうなイベントではあるが、俺たちからすると少し難があると言わざるを得なかった。


「……うーん、そういうやつかー……」


 寧衣も同じことを考えているようで、ようやく動かしだした箸でちまちまと昼ご飯をつつきながらそんな呟きをこぼす。

 人狼ゲームのような自分の役職を隠さなければならないようなゲームを配信する場合、俺たち───正確には俺は問題ないのだが、配信者となるネイカの役職は全員に筒抜けになってしまうという問題があるのだ。

 そして、それだけならば参加者のモラルでどうにかなるとも言えるが、その被害を一番受けるのは俺なのだ。俺はいつもネイカの配信のコメント画面を同期し、自分の視界内に流れるようにしていた。だが、もしそれをしてしまうと、当然リスナーたちはネイカ視点でコメントをするわけで、実質的にネイカ視点の話が俺に筒抜けになってしまうというわけだ。

 もちろんそれは俺にコメント画面の同期をしなければいいだけの話だが、なんとなく俺はそれが嫌だった。俺の中でSFOといえばあのコメントと一緒にやるゲームであり、今更コメントなしでやるのは盛り上がりに欠けるというか、やる気が損なわれてしまう。もちろんこれも完全なる俺のわがままであり、でしゃばるなと言われてしまうとそれまでなのだが。


「まあでもこのイベントならリスナー参加型で決行かな!これでやらなかったら荒れそうだし。細かいとこはこれから考えよ。四時間しかないけど」


 メンテ終了時刻の十六時からやる気満々の寧衣の言葉を聞いて、俺は思わず笑みをこぼした。

 俺も俺で、それなら後二時間は寧衣を連れまわしても問題ないなと判断すると、なるべく寧衣を歩かせておくべく寧衣に昼ご飯を済ませるのを急かすのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る