第62話 期待と不安
VRワールドへのダイブを終えて、一つ息を吐く。
SFOの世界から帰ってきた後の習慣ともいえるその動作だったが、今日のそれは疲労感からというよりも覚めぬ興奮を落ち着かせるための一息であった。
あの後、マジシャンを優先して倒すという方法で安定した周回を行うことができた俺たちは、無事に六時間にわたるボス周回コラボを終えることができた。
誰も一度もデスすることなく終えた後の雰囲気はとても良好で、配信後もSFO内で打ち上げのようなものを行い、またいつかとフレンド登録をして解散したほどだ。周回中も余裕が出てからはリスナーに魅せるプレイングをしたり、役割を変えてやってみるなどして、おおいな盛り上がりを見せた。最近は寧衣と共に攻略配信であまり危険が伴わない作業のようなプレイを続けていたので、今日のコラボは色々な意味でいい刺激を貰えたといえるだろう。
そんな話の中の一つに、おしゃかまが語っていたネイカの人気の秘密というものがあった。
当然だがVRのゲームは一人称視点であり、それを配信するとなると当然一人称視点になってしまう。人というものは普通歩いているだけでも体が上下に揺れてしまうものであり、フルダイブVRのゲームの実況は見ているだけで酔ってしまうようなものになってしまうそうだ。
その対策として開発されたブレ軽減ソフトも完璧なものではなく、どうしても違和感というものは残ってしまうらしい。なのでフルダイブVRゲームの配信は二人以上の団体で行い、そのうち一人がカメラ役に徹するというのが普通だそうだ。
思い返してみれば前に出会ったシアーズの人たちも二人であり、サキとおしゃかまもVRハンターとして常に二人で活動している。サキとおしゃかまは基本おしゃかまが後方でカメラ役をしており、SFOにおいても基本的にはおしゃかまにあまり激しい動きをさせないように気を付けているらしい。
そんな中、ネイカは一人でのフルダイブVR配信活動を諦めなかった勢力のうちの一人であり、そんな勢力の中で一番の高みへと到達できた配信者こそがネイカだそうだ。ブレ軽減ソフトの勝手を詳しく解析し、それを最大限生かせるような身体の動かし方を繰り返し練習してマスターしたそうだ。それこそがネイカが「上手い」よりも「すごい」と言われる所以であり、軽快に動き回る一人称視点という配信画面に映るアクション性がネイカの配信の最大の魅力なんだとか。
ボス戦中にふと俺の視点も配信出来たらなんて思ったりもしたが、そういうことなら俺の視点を写すのは無粋というものだろう。それではネイカの配信の味が消えてしまうし、かといってこちら単体で配信をするわけにもいかない。俺はネイカの配信のエキストラとして参加しているわけだし、元よりそこまでする気もないからだ。
「……楽しかったな」
皆で協力して何かを達成する。それこそがMMOの最大の魅力であり、ここでしか得られないものだ。それを配信しているともなると、その達成感や一体感は筆舌につくし難いものがある。
とはいえ、それは何もプラスだけの要素ではない。人が多いほど集団としてはまとまりがなくなるし、時にはそれが裏目に出ることもある。それが嫌で安定した満足感を得られるソロゲーを好んでやってきた俺としては、どうしてもそのことに不安を覚えてしまう。
SFOがリリースされてから、間もなく二週間。そこではSFO初の大型イベントが待ち構えている。俺たちはリスナーと共に参加することが決まっていて、そこには大きな期待と不安が詰まっている。
俺は何事も起こらないことを祈りながら、その日を待つのだった。
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