第60話 配信 一声
マジシャンは相変わらず瞑想のポーズをとっており、これといったアクションは起こしそうになかった。唯一気がかりなのは、先程の周囲の光がはじけた時の光景だ。あの時マジシャンが何かをしていたのは明らかだったが、何が起こったのかは定かではない。何かのバフやデバフといったものならそれなりのエフェクトが表示されるはずだが……
(……いや、待てよ)
マジシャンが何をしたのか考え始めた時、俺の頭の中で一つの説が湧いて出てきた。
俺はあの時、あの光景を目にした後に子分の処理を忘れていたことに気が付いていた。それはほんの数秒の遅れで、それはつまり、あの光景と子分の発生がほぼ同タイミングだったということを示している。
(あの子分を発生させていたのはマジシャンだったのか?)
その疑問が浮かんできたと同時に、点と点が線で結ばれていくような感覚を覚える。俺は子分と言えば海賊の子分で、あれはパイレーツが出しているものだとばかり思いこんでいたが、このボスはパイレーツ兄弟だったはずだ。マジシャンの見た目は完全に魔法使いのものだが、設定的には彼もまたパイレーツなのだ。だとすれば、あの光景と子分の発生が結びついていると考えても何の違和感もない。
そんなことを考えている中、一つのコメントが視界を過ぎる。
『そろそろ次の子分くる時間だぞ』
俺はそのコメントに気づくと同時に、無意識のうちにメルを動かしていた。
俺の仮定が正しいならば、マジシャンのあの挙動を妨害すれば子分の発生は起こらないはずだ。
だが、もしかしたらマジシャンに手を出すとまた何か別の行動パターンが発生するかもしれない。
(……いや、やるしかない!)
パイレーツの方の状況は、見るまでもなくわかる。コメント欄でリスナーが阿鼻叫喚しており、ここで更に子分の追加が来ると崩壊してしまうだろう。
それに、俺はもう無意識にでもメルを動かしているのだ。俺の心は、すでに俺の行動が教えてくれていた。
しかし、俺がそんな決心を固めている中でサキの声が響き渡ってきた。
「撤退しましょう!削り切れません!」
「……!」
撤退。それは、コメントの中でも多く囁かれていた言葉だ。
ちらりとパイレーツの方を確認すると、HPバーはあれから少ししか減っておらず、三人とも纏わりつく子分の処理とパイレーツの攻撃の回避に手間取っているようだった。
そんな状況で撤退できるのかという疑問と、立ち位置的に俺は撤退がほぼほぼ不可能なのではないかという疑問が頭をよぎる。後者はともかく前者は残りの二人も感じているのか、サキの指示に対する返答はなかった。
そんな俺たちの対応に、サキも戸惑った顔を浮かべる。
(まずいな……)
不穏な空気が場に流れる。
次に何をするべきなのか。何が正解なのか。今の状況でそれを正しく判断できるものなどおらず、撤退という指示に従うことに迷いが生じていた。
その心は、このまま頑張れば勝てるのではないだろうかという希望的観測。せっかくここまで来たのにという惜しみ。そして何より、まだ勝利を諦めていないということだ。
(だったら……!)
勝利を諦めていないから、撤退を素直に飲めない。そんな中で判断を鈍らせて死ぬくらいなら、無謀だろうと『勝つ』という気概を持って挑む方が百倍マシだ。そしてその仮初めの言葉を投げかけることができるのは俺しかいない。
俺は再び確固たる決意を固めると、精いっぱいの声を張り上げた。
「まだだ!子分の発生は俺が食い止める!」
「「「……!?」」」
『!?』
『兄???』
突然の俺の鼓舞に、三人が驚いた顔を見せる。
俺は自分の背中を押すように、再び声を上げた。
「子分を出してるのはマジシャンだ!俺が妨害するから、三人は引き続きパイレーツを倒してくれ!」
「……了解!」
そんな俺の声に真っ先に返事をしたのは、ネイカだった。
三人からしたら、突然すぎて俺が何を言っているのかわからないだろう。それでも、ネイカは俺のことを信用してくれたのだ。
「はいよー!」
「……っ!わかりました!」
『マジ?』
『いけえええええ』
『撤退しろ撤退しろ』
『なんか知らんががんばれ!!』
『イケメソ』
『デスしたら戦犯だぞ』
そして、そんなネイカに続くように二人も声を返してくれた。
リスナーたちからは辛辣な声もあるが、場は十分に盛り上がっているように見える。
(……これでいい。これで……)
暴れる自分の鼓動を無理矢理抑え込む。
これが正解だったと、今はそう信じさせてくれ。
マジシャンに攻撃すれば子分は発生しない。俺の一声で、その可能性に俺たち四人のデスぺナが賭けられたのだ。そんな状況を前に俺は、押しつぶされそうな緊張感と沸き立つ興奮を感じていた。
そして、マジシャンが例の動きを見せる。
「……行け!メル!」
すかさず発された俺の指示で、メルがマジシャンに向かってブレイブアタックを放つ。
メルがマジシャンの脳天を射貫くと、マジシャンは吹き飛ばされ、周囲に浮かんでいた光は薄れ消えていったのだった。
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