第58話 配信 マジシャンの動向


「あれは……なんだ?」


 ドロペットを呼び出して壁際に泥を吐きださせて固めてみたところ、無事に思惑通りのちょっとした高台を作ることに成功した。その高台からマジシャンの方を確認すると、マジシャンは瞑想中の修行僧のような様子で何かを行っていた。

 その「何か」というのが何かはわからなかったが、「何か」を行っているのは明らかだ。マジシャンの周囲には蛍のような光の粒がふわふわと浮かんでおり、その床には魔法陣が広がっている。


(……ていうか、マジシャンに攻撃するのはなしなのか?)


 ふと頭に湧いてきたその疑問。ネイカのような近接スタイルならパイレーツが邪魔で物理的にマジシャンの元までたどり着けないという問題があるが、俺は純粋な近接スタイルではない。もちろんメルがマジシャンの元までたどり着く必要はあるが、空を飛んでいるメルと地を進むプレイヤーとではその難易度が格段に違う。パイレーツが妨害できないであろう天井すれすれを飛行していけば、マジシャンに攻撃を加えることもできるのではないだろうか。


 ───と、そんなことを考えていると、マジシャンの周囲に浮かんでいた光がぱちぱちと点灯し始めた。

 それと同時に、じっとしていたマジシャンも力むようなそぶりを見せる。俺はそんなマジシャンの様子を前に身構えたが、火球のようなあからさまな攻撃は発生せず、先程までと全く変わらない光景が……


「やべっ……メル!」


 先程までと変わらない光景。つまり、子分のポップ時間がやってきていた。

 少し出遅れた俺は慌ててメルに指示を出したが、時はすでに遅く、子分のほとんどがネイカとサキの元に集まってしまっていた。


『子分多すぎ』

『増えた?』


 ネイカ視点では俺のミスが見えていないのか、そんなコメントが流れてくる。俺は申し訳なさを感じながら、ネイカの方を確認した。


「……しつこいっ!」


 パイレーツの相手をしながら、子分も蹴散らしていくネイカ。パイレーツへの攻撃の手を緩めてしまってはターゲットがおしゃかまの方に向いてしまうし、子分の攻撃も無視できるようなものではない。ネイカの表情には苦悶が浮かんでおり、それは明らかに俺のミスで先程までのバランスが崩れたことを意味していた。


 その一方でパイレーツのHPはもう1/4まで減っており、これまでずっとパイレーツと対峙していたネイカもHPを半分ほど減らしていた。

 ネイカの耐久はお世辞にも高いとは言えず、特にパイレーツの攻撃をまともに喰らったら半分では耐えられないだろう。これまでよりも多くの子分に囲まれてしまった結果、パイレーツの攻撃を躱しきれないということも起こり得る。


(クソッ……俺のせいで……)


 余計なことをした。そんな自責の念が心を蝕む。

 結局マジシャンのあの行動がなんだったのかはわからないし、何かが起きた形跡もない。俺の行動で得たものはなく、ただピンチを招いただけだった。


(いや、考えろ。今の俺にできることは……)


 頭の中のマイナス思考を振り払って、今起きている問題の解決に頭のリソースの全てを割く。今の俺にできることはただ二つで、メルを動かすことと、ドロペットを動かすことだ。


(メルはブレイブアタックしかできないから駄目だ。かといって、ドロペットに何ができる?)


 何の強化もしていないドロペットでは、子分とのタイマンでも勝てるかどうかすらわからない。せいぜい、相手の一撃を肉壁となって受け止めることしかできないだろう。


(……いや、そうか!)


 子分は、ポップした時に一番近かった相手に向かってやってくる。これは基本的にフィールドにいるモンスターと同じであり、フィールド上のモンスターは索敵範囲に引っかかった相手に向かっていくが、その途中で攻撃を受けるとその攻撃をしてきた相手にターゲットを切り替えるという性質がある。

 この性質が子分にも適応されるかはわからないが、もし適応されているのならば、ただ近くにいたネイカやサキを目指している子分のターゲットを吸い取れるかもしれない。ドロペットならそのまま倒されても支障はないし、十分に試す価値はあるだろう。


(問題はどう攻撃をするかだが……いや、そうか!)


 その問題の解決策もすぐに思いついた俺は、今度は余計な結果を招かないようにと祈りながら、作戦の実行に移ったのだった。

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