第57話 配信 ドロペット


 パイレーツの子分との戦いが始まってから数分が経ち、俺は少しずつ焦りを感じ始めていた。

 正確な数までは数えていないが、どうやらパイレーツは約一分間隔で子分を召喚してくるようだった。別にその処理自体は間に合っているのだが、現状そのほとんどをサキに頼ってしまっているのだ。


 その理由は子分の習性にあり、パイレーツの子分は一番近くにいる人をターゲットにする。つまり前衛のネイカかサキの周りに群がってくることになるのだが、SFOはフレンドリーファイアありのゲームであり、ブレイブアタックは発生の遅い範囲攻撃だ。どんなに俺が気を付けようとも、二人の動きと被ってしまえば事故に繋がってしまう。高火力のブレイブアタックを味方に当ててしまうことは戦線の崩壊に直結するので、それを避けようとすると俺にできることは湧いた瞬間のまだ誰にも近づいていない子分を狙うことくらいだった。


『兄ボスに攻撃した方がよくね?』

『子分うざいな』

『処理頼むーーー』


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、そんなコメントが流れてくる。

 たしかに現状手持ちぶさた気味な俺もパイレーツの攻撃に参加するという案もありなのかもしれないが、メルのブレイブアタックは火力が高いし、ネイカのパイレーツに対する攻撃の手も緩まっている。下手に手を出してはパイレーツのタゲがズレてしまうなんてこともあるので、俺個人の判断で今のバランスを崩すのも気が引けるということだ。


「……」


 今回の子分が発生してから数秒。すぐにネイカとサキの元に群がった子分を前に、再び俺はやることがなくなってしまった。

 本当にこれでいいのかと指揮を執っているサキに目配せを送ってみたが、当然間近で子分を処理しているサキがそれに気づく気配はない。救いを求めるように同じく後衛であるおしゃかまにも視線を送ってみても、やはりこちらも攻撃対象であるパイレーツの動向に注視しているようで気づく素振りはなかった。


(どうすればいいんだ……いや、それを考えることこそが俺の役目なのか?)


 今戦場に立っている四人の中で、その余裕があるのは明らかに俺だ。指揮はサキがとっているが、それもそういう作戦があったわけではない。サキが今回の企画の説明やらをした流れで、そのままその役を買って出ているだけだ。サキの指示になかったことをしたからといって責められる道理はないし、むしろ指示を待つだけでいる方が責められるべき姿勢というものだろう。


(ネイカとおしゃかまはパイレーツに専念してるし、子分の処理は概ねサキで間に合ってる。俺がやるべきことは……)


 そう考えだしてすぐに、俺は例の存在を思い出した。

 それは、パイレーツが動きを変えてから不気味に息をひそめているマジシャンの存在だ。後ろからではほとんど視認できないからと諦めていたが、マジシャンに意識を割いておくことこそ俺ができることなのかもしれない。

 とはいえ、意識を向けると言っても見えないことには話にならない。俺にはアニメや漫画に出てくるような気配で察するなんて能力は備わっていないし、相手の動きを予測できるほどの知識もない。そんな俺がその問題を解決する手段があるとしたら、それは強引にでも実際にマジシャンを視認できるようにするしかない。


(俺もメルみたいに飛べれば……)


 飛ぶ……というところではなく、メルという存在を改めて頭に思い浮かべた時、俺はふとある解決策を思いついた。

 メルは魔法獣だ。現状俺はスキルポイントをメルの強化一本に絞っているが、何もメル以外の魔法獣が使えないというわけではない。名前で予測できないような魔法獣がアンロックされた時はどんなやつかと確認するために取ったりもしたし、放置しているだけで呼び出すこと自体はできた。


 SFOの仕様上戦闘中はスキルを入れ替えることはできない。だが、その戦闘中というのはイコールでモンスターと戦っている間という意味ではないのだ。

 SFOにおいては、誰かに攻撃の対象にされる、又は自らが攻撃を仕掛けるという二つのうちどちらかの条件を満たすと戦闘状態に突入し、それからそれらが十秒以上起きない状態が続いたら戦闘状態が解除される。つまり何もせずに見ているだけの俺は、ボス部屋の中でボスと戦ってはいても、戦闘状態ではないのだ。



 そして、俺はちょうど今の状況にぴったりといえる魔法獣のスキルを解放していた。

 そいつの名は、ドロペット。泥のペットってなんだよと思って取得したのだが、実は泥+パペットをパだけ略して繋げた名前のようで、ただの泥でできたパペット人形だったというのがオチだ。

 そしてこのドロペットだが、初期スキルとして泥で攻撃するスキルと、泥を固めるスキルを所持していた。そんなスキルはどんなに探しても見つからなかったため、おそらくプレイヤーには実装されてないスキルだ。それで少し興奮もしたが、冷静に考えたら泥攻撃なんてあっても取る人はいないだろうと落ち着いたし、実際に戦わせてみると出せる泥の量がしょぼすぎて即解雇した思い出がある。

 おそらく強化していけば泥を出して固めて防御壁を作るとかそういった戦い方ができるようになるのかもしれないが、現状で出せるのはせいぜい一立方メートルにも満たないブロックを生み出す程度だ。しかも、固めた時の硬度もかなり脆い。

 だが、俺が上に座る程度のことはできたはずだ。それで視点を高くすれば、きっとマジシャンも視認できる視野を持つことができるだろう。


 そんな作戦を思いついた俺は、早速スキルスロットを弄り、ドロペットを呼び出してみたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る