第50話 コラボ企画


 それから五日が経ち。

 俺たちの配信を切り抜いた攻略動画は順調に数を増やし、再生数もそれなりに伸びているようで、ネイカという配信者を知らなかったSFOプレイヤーにもその名が知れ渡るという結果になっていた。

 一方では俺たちの目的だったスキルポイント集めも順調に進んでおり、そちらの検証結果を乗せている攻略サイトもおおむね好評と言えた。

 余談だが、誰がそんなまとめをしているのかと思ったら、雨野さんがやっていたらしい。もはや後輩というより、マネージャーと言った方が良いのではないだろうか。




 そんな日々を過ごしている中、ネイカの仕事用に公開しているメールアドレスに一通のメッセージが送られてきた。

 それは同じくSFOを配信している同業者からのもので、レベリングにボス周回を一緒にしませんかという誘いのメッセージだった。視聴者を混ぜるにしてはいらぬ争いを生むし、かといって見ず知らずの人とやるのは当たりはずれが激しく、今はそれを楽しむよりは着実にレベリングをしたいということらしい。

 余談だが、このメールアドレスを管理しているのも雨野さんで、この話も雨野さんからどうしますかと聞かれた話だ。


「こっちにとっても損はない話に見えるが、どうするんだ?」

「そうだねー。相手の人もかなり有名な人だし、何より雫ちゃんが持ってきたってことは安心安全な話だと思う!」

「……そうか」


 寧衣がそう言うなら、きっと問題はないのだろう。俺としても、雨野さんとは知り合ってまだ一週間ほどしか経っていないが、信頼に足る人物だということは理解しているつもりだ。


「それに、そろそろレベリングもしていきたいからねー」

「イベントまであと一週間だったか。でも俺たちってそこまでレベル低いってわけでもないんだろ?」


 たしかに最近はスキルポイント集めと攻略動画メインだが、それでも狩場を巡っているという事実は変わらない。時にはプレイスタイルの影響で全くの非効率である場合もあるが、そんなものはごくわずかだった。

 それに、プレイ時間もきわめて多い。というか、ほとんどトップと言っても過言ではないだろう。そんな中で、俺たちのレベルが低いなんて道理はなかった。


「今回この企画をくれた相手もSFOに関しては相当やり込んでるみたいだし、ちょうどいい相手だと思うよ」

「それじゃ、受けるってことか?」

「うん。お兄ちゃんさえよければ」


 寧衣のその言葉を聞いて、俺は少しだけ驚き固まってしまった。

 俺の中では、俺はネイカの後ろを金魚のフンのように意思もなくついて行くだけの存在だと認識していたのだが、どうやら寧衣にとってはそうではなかったようだ。

 寧衣は俺のことも一人の出演者として考えてくれているようで、よく考えれば当然の話かもしれないが、寧衣に言われるがままにしてきた俺にとっては少し衝撃なことだった。


 しかし、そんな心構えでやっていた俺にいきなりそんなことを求められても、困ることしかできない。つまるところ、「え、ああ、俺にも聞くんだ。別にいいよ」と答えることしかできなかったというわけだ。実際問題別にいいので……別にいいのだが。






 と、そんな心構えで臨んだボス周回企画当日。配信を始める前に顔合わせを済ませておこうということで、俺はそのボス周回の舞台となるテール海岸近くの集落までやってきていた。

 なんでも今回のコラボの相手はVRアクションゲームが上手いということで評判の二人組らしいが……


「あ、お兄さん」

「……んあ?」


 そんな呆けた返事が出てしまったのは、約束の時間にはまだ早く、ネイカすらまだログインしていなかったからだ。

 今回の集合場所であるフーラの里は海岸沿いにできた集落で、なんとも趣深い。なので、俺は一足先にログインをして観光気分で里を歩き回っていたのだ。そんなところで突然声をかけられたら、誰だってそうなってしまうだろう。いや、そうなってしまう。


 そんな俺の反応をじーっと見つめているその声の主は、件のコラボの相手であるうちの一人の、サキというヴァンパイアのプレイヤーだった。


「お兄さんですよね?ネイカさんの」

「……はい。そちらはVRハンターのサキさんで……」


 気を取り直して挨拶しようとする俺を見たサキは、抑え込むようにクスリと笑みをこぼした。


「……あっ、ごめんなさい。この前配信を見させていただいた時とは別人のようだなって思っちゃって」

「いや……まあ初対面ですし……」


 そんなことを言いながら、どこかでやったことがあるようなやり取りだなあ……なんて思っていると、そんな思いを否定してくるような言葉がサキの口から放たれた。


「あはは。でも、そういう人の敬語って使われても嬉しくないですよね」

「えっ……あー、そうかな」

「はい。そちらの方が好ましいです」


 そう言うサキの顔にはなんとも可愛らしい笑顔が浮かんでおり、先程の毒のある言葉は嘘のようだった。


「あ、それと───」

「サキ!!」


 サキが何かを言いかけたと同時に、誰かが遠くから叫ぶ声が聞こえてきた。

 その声の主はサキとコンビを組んでSFOを配信しているおしゃかまというプレイヤーで、みんなからはかまちゃんという愛称で呼ばれている人だった。


「サキ、ちょっと……って、お兄さんと一緒だったんだ」

「どうも……」

「初めまして、おしゃかまですー」


 おしゃかまはサキと比べて小柄なヴァンパイアで、いかにも人柄がよさそうなフレンドリーオーラを放っていた。


「今日はよろしくお願いしますね!……あ、サキに酷いこと言われませんでした?」

「かまちゃん、私酷いことなんて言わないよ?」

「いやいや、サキって急に毒吐いてくるからね。自覚して?」

「えー……そんなことないですよね?お兄さん」

「え、いや……」

「ほら!」


 サキの言葉に俺が同意しかねると、おしゃかまがそう叫んで心配そうな目を向けてきた。


「ごめんなさい。この子脳みそにフィルターがついてなくて。思ってることなんでも言っちゃう子なんです」

「まあ、正直でいいんじゃない……か?」


 おしゃかまの言葉で先程のサキの言葉を思い出した俺は、悩んだ末に敬語を取り払って接することにした。

 するとおしゃかまは一瞬固まって、何かを察したようにため息をついた。


「あー、もしかして敬語がどーこーって言われました?」

「……はい」

「いや、私はどっちでもいいんですけどね。この子、画面越しに知り合った人との初対面ではいっつもそれ言ってるっぽくて……あと、人との距離感もバグってて」

「えー、そうかなあ」


 その後もあーだこーだと言い合いを続ける二人を見ながら、俺は何となく居心地の悪さを感じていた。

 俺というよりもネイカの付き合いでこのゲームをやっているからか、やたらと周囲に集まってくるプレイヤーが華やかなのだ。というか、女プレイヤーしかいない。そのため混ざりにくいというか……むしろ、混ざらないことが正解なのではと思うくらいだ。

 そう思った途端に、俺はどこかリスナーたちのコメントが恋しくなったのだった。

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