第44話 配信 豊祭日


「豊祭日?」


『なにそれ』

『祭り?』


 聴きなれない単語にネイカがすかさず疑問を飛ばすと、アーシーは小さく頷いた。


「ええ。豊祭日というのはその名の通り、豊穣に感謝してご馳走を有難く頂くお祭りですわ」

「ふーん……それで、それがなんで暗殺に繋がるわけ?」


 アーシーはネイカの質問に対して、まずは豊祭日の説明から始めた。


「豊祭日といってもそれは古くからの伝統でして、今ではただいつもより少し豪勢な食事を頂くという程度の行事となっておりますわ。それは我がドスレクマーク家でも同じで、今日は全員で揃って豪勢な食事を頂く予定ですの。準備は前々から進めておりましたので、こんな状況ですが……いえ、こんな状況だからこそ少しでも英気を養おうという意味で予定通り行うそうですわ」


『あるある』

『妙なとこがリアルで草』

『飯食いたいだけやんけ』


 アーシーの話に口を挟むリスナーたちのコメントを眺めながら、俺たちは黙って耳を傾ける。


「そして我が家では、豊祭日の食事の直前までムニュが各席に置かれていますわ」

「……むにゅ?」


『むにゅ』

『なにそれ』

『メニュー表のことな』


 またも聞きなれない単語をオウム返しすると、アーシーが困ったように微笑んだ。


「ええと……豊祭日の食事はコース料理となっているのです。これも伝統ですわね。そして、そのコース料理で出てくる品を書き添えたのがムニュですわ」

「なるほど……」


 わざわざメニューと違う言い方をしているということは、何か使い分けがあるのだろう。そこまで突っ込む理由も興味もないので詳しくは聞かないが。

 俺が納得したのを確認すると、アーシーは話を再開した。


「そして、そのムニュは食事が始まると同時に給仕の手によって回収されますわ。『終焉の贈物』のトリガーを発動させるにはうってつけだとは思いません?」


『なるほど』

『キャビーのスキルか』


『終焉の贈物』のトリガーは、相手の手からアイテムを盗むことだ。この場合は譲渡ともとれるが、とにかく相手の手からアイテムが引き渡されればいいらしい。

 しかし、それと同時に別の疑問が浮かび上がってくる。


「それだと、アーシーだけが殺されないのは不自然じゃない?」

「私は怪我を理由に欠席すればいいですわ」

「でも、キャビーは給仕じゃないよな?」

「そうですわね。ですが、キャビーが私の護衛についたという情報を公開するのにちょうどいい機会だからと無理矢理こじつければ、なんとかなりますわよ」

「自分は欠席なのに、それでなんとかなるの……?」

「私の「わがまま」は今に始まったことではないですもの。それに、この申し出を断るのはキャビーを連れてきた護衛兵団にも泥を塗ることになりますわ。私だけならともかく、そこまでして給仕をさせない理由がありませんもの」

「護衛兵団はそこまで考えてないと思うけどね」

「物は言いようですわ。『護衛兵団が連れてきたキャビーさん』と強調して伝えるだけですから」


『黒い』

『腹黒姫様だあ』


 つまり、この作戦はアーシーがわがまま姫であるからこそ成り立っているということだ。そういう意味では、恥じらいを捨ててわがままを続けてきたアーシーの功績ともいえた。

 アーシーは納得したようなしないような俺たちの顔を見渡して、何とも言えない笑顔を浮かべた。


「……問題ありませんわね?それでは、私は────」

「あ、ちょっと待って」


 ネイカがアーシーの言葉を遮ると、もっと根本的な話を始めた。


「問題ってわけじゃないんだけど……私とお兄ちゃんはどうすればいいの?」


『たしかに』

『俺らいらなくない?』


 その質問に対して、アーシーが少しきょとんとしたことで妙な沈黙が流れた。

 そして、コテンと首を横に傾げる。


「……さあ?」


『www』

『出番、なしです』

『むしろぽっと出で疑われそう』


 そんなアーシーの反応にネイカが困り顔を浮かべると、キャビーがこと無げなしに言った。


「……別に、アーシーと一緒に居ればいいんじゃないかにゃ?元はアーシーの護衛としてきているわけにゃし」


 キャビーの言葉に、アーシーも肯定の意を示す。


「そうですわね。お二人のことも知っておきたいですし」


 そう言って頷くアーシーからは、どことなく残念な人特有のオーラが醸し出されていたのだった。


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