第41話 過去編 二人の悪巧み


「死んでって……謀反を起こすってことかにゃ?」

「そうですわね」

「にゃにゃ……自分の家族にゃよね?」

「そうですけれど……」


 困った表情を浮かべながら、アーシーが少し言いよどむ。


「……正直な話、今の貴族は腐りきっていますわ。自分たちは選ばれた種族だと言い張り、立場の低い種族のことを人とも思っていませんの。そんな者が上にいる限り、この帝国は何も変わりませんわ」

「……」

「それに、私は見てしまいましたもの。何度も何度も、自分は偉いんだと喚きながら死にゆく父を」


 悲しそうな、それでもどこか諦めたような声音を放つアーシー。その表情は、とても少女とは思えないほど憂いに満ちていた。


「……こんなスキルがなければ、私も同じだったのかもしれませんわね」


 何か特別なスキルを持っていたからといって、生物的に異変が生じるわけではない。それでも、持っているものの違いで人格的な差異は生まれてくるものだ。今のアーシーがいるのは、ひとえに彼女が『予言の巫女』を持って生まれてきたからに他ならなかった。


「……私がこの国のためにできることは、頭を下げることだけですの。私が国の代表として、全ての民に今一度手を取り合おうと頭を下げる。そこでキャビーさんに民の代表として手を取っていただくことで、初めてこの街は───そしてゆくゆくはこの国も再び一つになることができるのですわ。ですから私は唯一のドスレクマーク家の生き残りとなり、キャビーさんにはこの街の英雄になってもらう必要がありますの」


 アーシーは領主家の子だが、女性であるが故に継承権は一番低い。それこそ、アーシー以外の家族が突然いなくなるくらいの事件でも起きない限り、アーシーがこの領地のトップに座ることはないと言えるほどだった。

 ……いや、それでもアーシーがトップとして認められることはないだろう。元はと言えばクルド帝国は共同国家のようなものだし、当然この街もそうだ。今はその頂点と君臨しているものがいるが、そこが衰退すれば次に起こるのは覇権争い。つまり、仮にでもアーシーがこの街のトップになれるのは、アーシー以外のドスレクマーク家が消え去り、覇権争いが勃発するまでのわずかな期間だ。


「……そんなこと、可能なのかにゃ?」


 キャビーの口から当然の疑問が漏れ出す。

 アーシーはその言葉を聞くと、待ってましたとばかりに笑みを浮かべた。


「可能ですわ。やることを一つずつ上げていけば、大した話はしていませんもの」


 そう言うと、アーシーは指折り数えながらその説明を始めた。


「一つ、異業の軍勢が攻め込んでくる少し前にドスレクマーク家を暗殺し、私以外のドスレクマーク家が死んだということを民衆に広めること。これは『予言の巫女』で時期を見計らって、『終焉の贈物』で確実に仕留めてもらいますわ。

 二つ、キャビーさんに、この国の英雄になってもらうこと。これは、ナイトキャットであるキャビーさんがハンターとして成り上がるだけで、実力主義に染まっている民衆は持ち上げてくれますわ。

 あとは、最後に私たちが手を取り合うだけ。簡単でしょう?」


 簡単と言ってのけるアーシーの言葉は、どこか自分にそう言い聞かせているような響きがあった。

 しかし、アーシーの話にはまだ大きな穴がある。それは、キャビーが話に乗るメリットが何もないという点だ。「帝国を救うためだ」なんて理由では、そもそもの根底にある民が皇帝の呼びかけに応じないという話と矛盾してしまう。実際にキャビーには帝国のためにそこまでする理由がないし、する気もなかった。


 キャビーがそんな指摘をすると、アーシーは驚くほど軽い感じで頷き返してきた。


「そこなのですわよね。……私から言わせてもらえば、今日の死神討伐で死ぬはずだったキャビーさんを救って、ちょうど目の上のたん瘤だった虚街のギャングたちに濡れ衣を着せて死神として討伐させたことで恩を着せたかったのですけど……キャビーさんは知る由もないですし」

「……それは…………そうだったのかにゃ」

「そうとしか言えませんわよね。……まあ、正直な話私的にはどっちでもいいのですわ。キャビーさんが断るというのなら、私は一人で帝国を抜け出すだけですもの。泥舟と知っていて乗り続けるほど馬鹿じゃなければ、思い入れもありませんし。ただ……」


 アーシーはそこで言葉を区切ると、キャビーを見て楽しそうに微笑みかけた。


「どうせなら救っていきたいというだけですわ。それに、楽しそうですもの。せっかくユニークスキルを持って、こんな立場に生まれたのですから、変わりゆく世界に爪痕を残したいと思うのは……人の性だと思いませんこと?」


 まるで悪巧みでもしているかのように悪戯な笑みを浮かべるアーシーを前に、キャビーも気づいたら頬が緩んでしまっていた。

 年端もいかない少女が、二人で国をひっくり返そうというのだ。キャビーはその話を聞いて、いつもの光景を思い出していた。『終焉の贈物』でわずかな命となった相手に、自分の力を言い聞かせている時の相手の表情を。

 普通に考えたら、そんなことをする必要はない。ただ、キャビーは相手の驚く顔が好きだったのだ。まさか。嘘だ。そんな馬鹿な。そんな相手の顔を見て、勝ち誇るのが好きだった。


 そんなキャビーにとって、帝国をひっくり返そうというアーシーの話は、魅力的と言わざるを得ないものだった。

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