第40話 過去編 帝国の未来


「ど……どういうことにゃ?」


 戸惑いながらも、真面目に聞き返すキャビー。

 キャビーがアーシーの話を馬鹿にしなかったのは、冗談にしてはアーシーの瞳があまりにも真剣だったからだ。


「それを説明するには、私のユニークスキルをお教えしなければなりませんわね」


 ユニークスキル。自分が生まれ持っている故にキャビーにとってはそこまで驚くことではなかったが、普通はそうやすやすと出てくるものではない。そして、ユニークスキル持ちが多く生まれてくる際に関して、古来よりある言い伝えがあった。


「キャビーさんは、異業というものをご存じですか?」

「異業……?」

「ええ。約五百年前にこの世界にやってきて、世界をめちゃくちゃにしていったと言われている、死んでも蘇ってくる者たちのことですわ。そしてこの世界には、『ユニークスキル持ちが多く生れ落ちてきた時、異業が再び現れるだろう』……と、そんな言い伝えがありますの」

「……そんな馬鹿にゃ」


 そんな言い伝えも異業のことも知る由がなかったキャビーにとっては、とてもではないが信じられない話だった。

 しかしそれはアーシーにとってもそうだったようで、キャビーの否定に頷いて肯定を示す。


「ええ。私も最初はそんな訳ないと思っておりましたわ。この国で──いえ、他のどの国でも常識として教えられる異業という存在は、あまりにも不自然な存在ですの」

「それはそうにゃ。蘇るなんてありえない話にゃ」

「それだけではございませんわ。現れる時は突然現れ、消える時も突然消える。殺しても蘇るのに、この世界を半壊させたらある日突然現れなくなった。……他にもいろいろありますけれど、もはやおとぎ話のように感じてしまいますわよね」


 そういうアーシーの口調は、今では信じているとでも言いたげなものだった。

 そしてその理由を説明するように、再びアーシーが言葉を繋げる。


「……さて、私のユニークスキルの話ですけど……『予言の巫女』というものですわ。私は別に巫女ではないのですが」

「予言の……」


 予言。つまり、未来を予知するというやつだろう。


「まさか、そのスキルで見たのかにゃ?」

「ええ。異業が現れる未来と……帝国が滅ぶ未来を」

「……」


 他人のスキルというのは、キャビーの親がキャビーのスキルを知らなかったように、確認できるわけではない。だからアーシーの『予言の巫女』というスキルも、アーシーが本当に持っているのか持っていると嘘をついているのかは他人からはわからないのだ。

 それでも予言なんて馬鹿げているとキャビーが否定できなかったのは、キャビーも死の予言とも言えるようなスキルを持っていたからだった。


「『予言の巫女』は、大きく二つの力に分かれていますわ。それは単純に未来を見るだけの力と、もしもの世界を見る力に」

「もしも……それで帝国を救える未来を見たのかにゃ?」

「そうですわね。詳しい能力の話は省きますけど……その結果、帝国にはキャビーさんの力が必要だとわかりましたの」


 信じられない。アーシーの話を聞いてキャビーが思ったのは、そんな感想だった。

 そもそもキャビーは、帝国の闇部分だ。貴族が見捨てた、帝国の汚点なのだ。

 昔はそんなことすら知らなかったが、キャビーは虚街で生きていくうちにそれを嫌というほどに思い知らされた。そのこと自体に恨みやつらみは感じなかったし、それはそれだと割り切ることもできた。しかし、今更になってそんなことを言われて、はいそうですかと納得できるわけがない。

 そんなキャビーの抗議の目を見ると、どういうわけかアーシーは当然だとばかりに頷いた。


「わかっていますわ。キャビーさんが……貧民街や虚街の方がこの街をどう思っているのかということくらい。それこそが、帝国の滅ぶ原因ですもの」

「……どういうことにゃ?」

「帝国は、異業の軍勢に攻め込まれて滅ぼされます。ですが、内情を見てみれば、それは異業ではなく自ら滅んだと言っても過言ではありませんわ。この街に限らず、帝国内にはこの街の貧民街や虚街のような場所で暮らす、貧しい民が大勢います。他の国とは比べ物にならないくらいに。……そしてそれに加え、そのような場所から成り上がってきた者たち。彼らは、共に帝国を守ろうという貴族の呼びかけには応じませんの。その結果、帝国は異業の軍勢に敗北。帝国の国としての機能は全てゴタゴタになり、やがては荒野へとなり果てますわ」

「……じゃあ、もし皆が協力すれば……」

「ええ。その未来なら、帝国は異業の軍勢に勝利することができますわね。そしてその矢面になっていただきたいのが、キャビーさんですの」

「……」


 キャビーには、そんな馬鹿な話があるとは思えなかった。人一人の力でそんな大業を成せるとは思えないのだ。

 それに、もし仮にそれが正しかったとしても、キャビーは協力しようという気にはなれなかった。幼いながらもたしかに帝国で生まれ育ったという背景はキャビーにもあるし、帝国がどんな国であれ滅びると言われると少し思うところもある。しかし、こんな国滅ぶなら滅んでしまえばいいという気持ちもあるのだ。そしておそらく、それは先程のアーシーの話の中で皇帝の呼びかけに応えなかった人たちも同じ気持ちなのではないだろうか。

 つまるところ、何か一つ足りないのだ。命をかけて国を守る理由たるものが。


 キャビーがそんなことを考えていると、アーシーはそんなキャビーの内心もお見通しだとばかりに話を続けた。


「元はと言えば、お父様や……いえ、この国の確執が悪いのですわ。帝国の上流階級の人たちは、貧民街や虚街の人たちのことを人とも思っていない節がありますの。お父様も、当然この国のために命を投げ捨てろという風に貧民街や虚街の人たちに働きかけます。……それでは、協力していただけないのも当然ですわよね」


 アーシーは自嘲気味にそう言うと、あっけらかんとした態度で、再びとんでもないことを言ってのけた。


「お父様のために未来はいくつも見ましたわ。ですが、お父様が改心することはありませんでした。……ですから、お父様には……いえ、私以外のドスレクマーク家には死んでもらいますわ」

「……にゃにゃ!?」


 とんでもない発言をするアーシーを前に、キャビーは再び傷のことも忘れて驚き跳び上がるのだった。

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