第38話 過去編 弱者
まどろみの中、最初にキャビーが感じたものは空腹感だった。
覚醒を拒む脳に鞭を入れながら、藁を紡ぐように意識を現実へと引き戻す。
やがて目も覚めてきたところで、キャビーの身体が何かの衝撃で大きく揺さぶられた。
「……ッ!」
その衝撃と共に、キャビーの腹部に激痛が走った。その痛みで、キャビーの意識は完全に目を覚ますことになる。
(そうにゃ。あの男にやられて……どうなったにゃ?)
ここはどこなのか。あれから何があったのか。そんな疑問がキャビーの頭に浮かんでくると同時に、男たちの声が聞こえてきた。
「しかし、本当にあんなのが死神だったんですかねえ」
「さあな。それはこの先わかるだろ」
端的な会話では正確な内容まではわからなかったが、死神というワードに対してキャビーは心臓を掴まれるような感覚に襲われた。
死神。あんなの。まず間違いなく、キャビーのことを指している話だろう。
きっと領主が送ってきた軍というのは死神を討伐しに来ていて、きっとあの初老の男性はその軍の一人だったのだ。
(だとしたら……ここは馬車の中かにゃ?)
思い出してみれば、先程の揺さぶられるような衝撃も馬車の揺れのようだった。
自分が生かされているという状況も踏まえれば、きっと領主の目的は死神を捕縛することで、私は今牢獄へと運ばれている最中なのかもしれない。
(逃げなきゃ……ヤバいにゃ)
しかし、キャビーは今荷物に埋められているような状況で、とてもではないが荷物をどけることができそうになかった。力を入れようとすると腹部に激痛が走り、どうしても力が抜けてしまうのだ。
スキルでも使えば脱出くらいならできるかもしれないが、その後脱走できる可能性はゼロだ。きっと、まともに動くことすらままならないだろう。それならば、この傷が回復してから脱出を試みる方がまだいいのではないだろうか。
そんなことを考えていると、再び男たちの声が聞こえてきた。
「俺、死神に殺られた知り合がいるんですけど……あんな連中に殺られるような奴じゃなかったと思うんですよ」
「相当人数がいたから、人海戦術で殺されたんじゃないか?……つーかそもそも、それって虚街で殺されたってだけだろ?死神とも限らん」
「……まあそうなんですけど」
「死神ってのも尾ひれがついた噂話だと思うがな。虚街で誰かが殺された時だけ死神だなんだって騒いでるだけだろ」
「そうなんですかねえ……」
「こういう疑心暗鬼こそがそういう噂話の根源だろうからな。俺は信じてねえ」
(……)
キャビーは黙ってその話に耳を傾け、頭の中を整理していた。
この男たちの話を聞く限り、どういうわけか何かの集団が『死神』として討伐されたという状況らしい。キャビーは先程早とちりで逃げ出そうとしていたことに冷や汗を感じながら、思いとどまったことに安堵もしていた。
しかし、それはそれで様々な疑問が浮かび上がってくる。あの初老の男性はキャビーと対峙した時にはっきりとキャビーのことを『死神』だと言っていたし、今キャビーがこの馬車に収容されているということは初老の男性がこの男たちと同じ部隊の仲間であるということだ。
だとすると、あの初老の男性は『死神』がキャビーだということを知っておきながら別の集団を『死神』として討伐する軍勢に参加し、一人で本物の『死神』であるキャビーを捉え、その傍らで濡れ衣の集団も討伐したということになる。
(…………血が、足りないにゃ……)
いったい何のために。
それを知る由はなかったが、キャビーの意識は再び暗闇へと落ちていきそうになっていた。
薄れゆく意識の中、どの道自分の運命はあの初老の男性次第なのだと悟ったキャビーは、心の中で憤りを感じていたのだった。
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