第37話 過去編 キャビーの闘志
初老の男性と対峙することになったキャビーは、かつてないほどの緊張感を覚えていた。
悠々と口を動かすこの男性からは、寸分の隙も感じられない。虚街のガキだと舐めてかかってくる今までの相手とは、まさにレベルが違う相手だった。
睨み合ってから数秒。その男性はずっと何かを喋っていたが、キャビーの耳には届いていなかった。キャビーはその男性から感じる桁外れの圧力を前にして、恐怖の念に囚われてしまっていたのだ。全身から吹き出すような悪寒が止まらず、立っているだけでじわりじわりと生命力を削られていった。
しかし、キャビーはすぐに我を取り戻すことができた。
冷静になった頭で先程の恐怖は何かのスキルなのかもしれないと考えたキャビーは、恐怖を振り払うようにして無謀にもその男性へと突っ込むことにした。このまま何もせずやられるくらいなら、可能性はゼロに等しくても一矢報いるために何かの行動をするべきだからだ。
キャビーの動きを見ても微動だにしない男性に向かってキャビーが発動させたスキルは、『ネイルスラッシュ』というごく普通のひっかき攻撃だった。それはナイトキャットなら誰もが生まれながらに持っているスキルで、特別に強い点もない。スキルレベルが高いわけでもない。キャビーがなぜそんなスキルを選んだのかというと───それしかなかったからだ。
元々、キャビーは『終焉の贈物』と死に対する感覚を除けば歳相応なナイトキャットの少女なのだ。キャビーにとって戦いとは逃げるものであり、それは『終焉の贈物』を使って狩る時も、逆に狩られるものとしての時も同じだった。相手のスキルを躱し、逃げられないように、また詰められないように距離を保つことがキャビーにとっての戦いだったのだ。
そして今回は、そのどちらでもなかった。相手からは逃げられないと感じられるほど力の差があり、『終焉の贈物』を発動させられるほどの隙も感じられなかった。だとするとキャビーにできることはただ一つで、がむしゃらに戦うことだけだった。
「───ッ!」
「……ほう」
その結果、キャビーの攻撃は見事に命中した。いや、命中させてもらったと言った方が正しいだろうか。その男性はわざとキャビーの攻撃をくらうと、少し驚いたような声を上げたのだ。
そして、顎から生やしている髭を弄りながら呟いた。
「『ネイルスラッシュ』でこれとは。竜力はゼロですが、なかなかのレベルをしているようですな」
「……」
余裕綽々といった態度に、キャビーは唾を飲み込んだ。
この世に相手のレベルを確認する手段はない。しかし、例えば圧倒的にレベルの高い者があえて攻撃をくらい、そのダメージである程度判断するといったことはできるのだ。今キャビーがこの男性にされたことはまさにそれであり、キャビーでは敵わない相手だということの証明ともいえた。───ただ一つ、『終焉の贈物』を除いては。
(……このままじゃダメにゃ。逃がしてくれる気配もない。油断してそうに見えて、隙も感じられない。……でも、殺すには『終焉の贈物』を使うしかないにゃ)
あくまでも冷静に、自分が勝てる可能性を炙り出していく。
『終焉の贈物』を使う隙もない。だが、がむしゃらに攻撃しても絶対にこの男性を倒すことはできない。ならば、万が一の億が一を狙って『終焉の贈物』を決めるべきだ。
その後のことなど知ったことではない。十分間も逃げられるわけもないし、そもそも逃げられたら追いつける可能性もない。だが、キャビーにはただ死を受け入れる気などさらさらなかったのだ。死ぬまでは、生きることを考え抜くのが当たり前だった。
そんなキャビーの様子を見て、その男性がニヤリと笑った。
「不屈。その闘志は何よりも得難いものですな。……さて、ただそれだけで『死神』足るとは思えませんが、こちらにも都合というものがございますので。もう終わりにしてしまいましょうか」
来る。キャビーはその男性が言葉を騙り終えた直後に、確かにそんな気配を感じ取った。感じ取ったのだが、それと同時に腹部に何かが突き刺さるような感覚も感じたのだった。
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