第35話 過去編 アールの街の死神


「まさか……てめえが死神か!?」


 その男が焦ったようにそう叫ぶと、他の男たちはその男を馬鹿にするように笑った。


「そんなわけないだろ?ガキだぞ」

「そんなことよりさっさとやっちまおうぜ」


 他の男たちの声を聞いて、その男は逆に焦りを感じていた。

 たしかに、竜力もない目の前の少女が例の死神だとはほとんどありえない話だ。他の三人の方が正常な意見だろう。

 だが、『死神の噂』もほとんどありえない話なのだ。数年前に始まり、未だに足取りすらつかめていない。死神に狙われたとされる者は全員死に、誰の一人も逃げ延びた者はいないのだ。

 そんなことが可能なのは、圧倒的強者か、完璧な暗殺者か───


「───死ねやクソガ……ッ!?」


 そう叫びながら威勢よくキャビーに突っ込んでいった男が、突然もがき苦しみながら膝をついた。

 いや、その男だけではない。キャビーを舐め切っていた残りの二人も、そしてキャビーを警戒していたリーダー格の男も、徐々に苦しみながら膝をつき始めた。


「てめえ、何を……!」

「にはは、これから死ぬ奴らがそれを知ってどうするにゃ?」

「……!」


 キャビーに襲い掛かろうとした男はもはや声を出すことすらできなかったが、視線だけで殺せるのではないかと思えるほどの視線をキャビーに送っていた。

 しかしキャビーは一切臆することなく、むしろ飄々と笑っていた。


「そうにゃえ……アタシが死神だと当てたそっちの男に免じて教えてやるにゃ」

「……」


 悪い時の勘ほどよく当たるものだ。

 リーダー格の男はそう思うと同時に、生を諦めるように地に伏せた。


「『終焉の贈物』。それがアタシのスキルにゃ」

「……ユニーク、か」


 ユニークスキル。それは後天的に習得不可能なスキルで、通常のスキルとは違いどれも強力で局所的な力を持っている。

 ちなみに、プレイヤーは先天的なスキルがなしなので、ユニークスキルとは絶対に縁がないということになっている。


「もうアンタたちは遅いんにゃけど、アイテムストレージを見たら死のギフトっていうのがあるはずにゃ。それはアタシがアンタたちの『手』からアイテムを奪った時に変わりにあげたものにゃ」


 この世界では主に二種類のアイテムがある。これはNPCにとっては区別の仕方がよくわからないだろうが、プレイヤーに必要なアイテムはアイテムストレージに入れることができるアイテムで、それ以外は入れることのできないアイテムだ。

 例えば、先程キャビーが口にしていたパンなんかは食事が不要なプレイヤーには必要ないのでアイテムストレージに入れることができないし、モンスターの素材なんかはプレイヤーに必要なのでアイテムストレージに入れることが可能といった感じになっている。


 目の前で手から物を奪われて、すぐさまアイテムストレージを確認する者などまずいないだろう。それこそ目の前に奪った犯人がいるというのだから、それを追いかけるに決まっている。死のギフトというアイテムは、知っていなければその存在に気づけるはずもないアイテムなのだ。


「アンタたちが死を免れられた方法は三つにゃ。『死のギフトを捨てる』『アタシに触れる』『アタシから一定の距離を取る』。どれかを十分以内しておけば、死のギフトは消え去ってたにゃ」


 もはや四人とも息をしているのかも不明な中、キャビーは一人で言葉を紡いでいた。

 キャビーという虚街に居ても違和感のないナイトキャットの少女がそんなスキルを持っているとは、誰もが露ほども思わないだろう。

 なぜなら、スキルに恵まれているのならばハンターにでもなればいいのだ。実力主義の帝国では種族や生まれに限らずそれが可能だし、わざわざ虚街に流れ着く必要なんかない。キャビーの『終焉の贈物』にしても、間違いなく暗殺者として黒い貴族からは喉から手が出るほど欲しがられる人材なのだ。


 だが、キャビーは世間を知らな過ぎた。貧民街で育った上に幼いころに両親が蒸発し、その両親がいた頃もキャビー自身のスキルなど聞いたこともなかったのだ。

 その両親の置手紙に従って人知れず虚街へと辿り着いたキャビーは、生きるために人を殺した。貧民街で人の残虐性を目にしてきたキャビーにとって、それはごく普通のことだった。生きるためには人を殺さなければならないと思っていたし、それ以外の生きる術を知らなかったのだ。


「まあ、気づいたとしてもその隙に殺ってたけどにゃ」


 キャビーは人知れず、死体を前にしてそう呟いた。

 まるで狩人のように悪気もなく狙った人間を誰一人残さず殺すキャビーは、まさにこの街の闇が生んだ純真無垢な死神だった。

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