第33話 過去編 虚街
アールの街の北西部には、地獄とさして変わらない場所があった。
そこでは誰もが信じるという気持ちを失っており、人を一人不幸にして、自分が一日生き延びる。そんな日々を繰り返していた。
もちろん、そんな場所に住まうのは犯罪者や身寄りのない者、裏社会で生きている者だ。領主はすでにそこの管理を放棄しており、もはや一つの独立した地区ともいえた。
そんな場所を、帝国民は『虚街』と呼んで恐れていたのだった。
「クソッ!あのガキどこに行きやがった!?」
「探せ!まだ遠くには行ってねえはずだ!」
とある日の虚街で、いかにもガラの悪い四人の男たちが周囲の目も気にせずそんな言葉を怒鳴り散らかしていた。
薄暗く入り組んだ路地の隅では生きているのか死んでいるのかも見分けがつかないような者たちが転がっており、どこへ行っても鼻を劈く悪臭が立ち込めている。
彼らが追っているのは一人の少女で、気を抜いた瞬間に彼らの荷物をスられてしまったのだ。
「……この辺なら大丈夫そうにゃね」
一方、そんな路地の片隅でそう呟く一人のナイトキャットの少女がいた。
その少女の名前はキャビー。アールの街の貧民街に生まれ落ち、今ではその貧民街にすら住む場所を失ってしまった少女だ。そして、先程とある男たちから荷物を盗んだ本人でもある。
両親はすでに蒸発しており、この世に一人取り残されたキャビーは盗人として日々の糧を得ていた。個人の武力として体格や経験よりもまずスキルの強さが前提にあるこの世界では、生まれながらにして格差がある。たまたまスキルに恵まれていたキャビーは、小さいながらもこの虚街で生きていくのにはそれほど苦労をしなかった。
尤も、キャビーが一人で生きていくのに苦労をしなかったのはもっと他の理由があるからなのだが。
「にゃにゃー、今日の獲物はそこそこかにゃ」
先程路地で騒ぎ立てていた男たちから盗んだ物を確認しながら、ぽつりと呟く。
すると、先程の男たちのうちの一人がその声に気づき、キャビーのいる方を指差した。
「おい!ここにいたぞ!」
(……見つけたなら、黙って追跡する方がいいと思うんにゃけど。馬鹿にゃね)
大声で叫び散らす男の声を聞きながら、キャビーは内心でそう毒づいた。
だが、そう思いながらもキャビーは一歩もその場から動かなかった。その結果、当然のようにキャビーは男の声を聞いて駆けつけてきた仲間たちに包囲されてしまう。
「クソガキが……手間かけさせやがって」
そう言ったのはキャビーを包囲している四人の中でもリーダー格と思われる男で、腰には一本の剣を携えていた。そして、それ以外の男たちもそれぞれが武器を持っている。
キャビーはそんな男たちをそれぞれ一瞥すると、盗品の中からパンを取り出して口に放り込んだ。
「てめえ、どういう状況かわかってねえのか?」
そんな男の声を聞き流しながら、キャビーは口に放り込んだパンを飲み込んだ。
「……あんまりいいパンじゃないにゃね。まあ期待もしてないけどにゃ」
呑気にそんなことを言うキャビーに対して、その男は怒りよりも先に奇妙な緊張感を覚えた。
大の男に囲まれて少しも臆しない少女。どう考えても、普通じゃない。異常だ。
そして、異常と言えば一つ最近の虚街に起きている異常な噂があった。
「まさか……な」
その噂は、『死神の噂』。数年前から囁かれ始めていた噂で、この虚街にじわりじわりと怪異の根をおろしている噂だった。
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