第32話 配信 キャビーとアーシー


 アールキースを後にした俺たちは、アレックスに連れられて城内の護衛兵団駐屯地にやってきていた。俺はアレックスの一存で城内に入れるものなのかと心配していたが、キャビーとその連れだというだけで城の門はすんなりとくぐることができた。どうやら、この街においてキャビーの顔は相当に広いものらしい。


 まず案内されたのは兵長室で、その中にいたのは当然護衛兵団の兵長だった。

 そこで兵長と挨拶を交わすという話だったのだが、兵長室に入った瞬間、アレックスは怒り心頭といった様子の兵長に怒鳴られ、すぐに持ち場へと戻されていた。グレスを呼びに来たのは命令ではなく、アレックスの独断だったようだ。


「はぁ……うちの馬鹿がすみません、私は兵長のファービラスです。メッセージで状況は聞いておりますが……まさか、あの『稲妻猫娘』さんにご協力していただけるとは」

「暇だっただけにゃ。あと、アタシはキャビーにゃ」

「これは失礼いたしました。……して、そちらのお二人は?」

「最近アタシが面倒を見てる新人ハンターにゃ」

「初めまして、ネイカです。こっちはお兄ちゃんです。よろしくお願いします」

「ふむ、ネイカさんとお兄さんですか。こちらこそよろしくお願いしますね」


『こっちはお兄ちゃんですw』

『ここでもそれでいくのかwww』

『お兄さんですか。で草』


 俺たちがプレイヤーだとバレるわけにはいかないので、キャビーとは事前にこっそりと新人ハンターだということにしておこうと……とか説明してる場合じゃねえ。ネイカはさらりとお兄ちゃんですって紹介するのをやめろ。あとファービラスさんも納得するな。なんでそこでノリが良いんだよ。


「しかし城内の護衛ですか……」

「アーシー様のことならもう知ってるにゃよ」


 キャビーがそんな言葉を吐くと、ファービラスは驚いたようにキャビーを凝視した。


「……アーシー様?何のこと?」


『アーシー?』

『どういうこと?』

『キャビー何者だよ』


 話についていけないネイカが首を傾げた。

 当然俺もその話は初耳で、リスナーたちも突然のワードに騒然としていた。


「領主の娘さんにゃ。昨日の事件で怪我をなされたそうにゃ」

「なぜそれを……」

「アタシを誰だと思ってるにゃ?」


 何かを言いたげなファービラスに対して、強気な態度を崩さないキャビー。

 ファービラスはしばらくの間キャビーのことをじっと見つめてから、重々しく息を吐いた。


「……わかりました。既にご存知なら、キャビーさんにはアーシー様の護衛についていただきたいのですが……」

「わかったにゃ」


『は?』

『どうしてそうなる』


 先程のキャビーも唐突だったが、今のファービラスの提案も唐突な話だ。

 この二つの違いは聞いた方の反応で、心底驚いた様子だったファービラスに対して、キャビーはまるでこの提案をされることを知っていたかのように平然としていた。

 ファービラスは、そんなキャビーに訝し気な視線を送りながら、再び息を吐いた。


「……しかし、アーシー様は今たいへん混乱している状態です。護衛の件について確認してまいりますので、しばらくお待ちいただけますか?」

「問題ないにゃ」


 ファービラスが、その場でシステムウィンドウを操作し始めた。

 やっぱりNPCにもあるんだな……などと思いながらその様子を数分ほど眺めていると、突然ファービラスが席を立った。


「申し訳ございません。諸事情により直接確認して参りますので、しばらくお待ちください」

「にゃにゃー」


 重々しい空気を放つファービラスに対して軽い口調で返事をしたキャビーの方を見てみると、キャビーもシステムウィンドウを弄っていた。

 そして、ファービラスがそんなキャビーを一瞥してから部屋を出ていくと同時に、キャビーがシステムウィンドウを弄る手を止める。


「……まあ、これはどっちでもよかったんにゃけど……」


 独り言のように語りだしたキャビーに対して、俺とネイカは黙って耳を傾けた。


「自分でもびっくりにゃけど、アタシはネイカたちが好きみたいにゃ」

「えっ」


『俺も好きだ』

『人生で初めて告白された』

『結婚しよう』


 突然の話に驚くネイカと、悪ノリするリスナーたち。

 そんな俺たちをよそに、キャビーは話を続けた。


「だから、アーシーに頼んで時間を作ってもらったにゃ」

「……知り合いなの?領主さんも娘と」

「そうにゃねー。というか、うちの予言の巫女のことにゃ」


 キャビーからのカミングアウトの連続に、俺たちは驚きで言葉を出すことができなかった。

 そんな人といったいいつどこで知り合ったのか、予言の巫女っていうのはそもそも何者なのか、それ以外にも様々な疑問が浮かんでくる。

 キャビーはそんな疑問全てに答えるように、ある話を始めた。


「……二人に近づいたのは、ある目的があったからにゃ。目的があって、利用しようと思って近づいたのにゃ。もちろん自由団としてはそれだけじゃなかったけど、アタシとしてはそれが理由だったにゃ。……でも、それだけじゃなくて今後も一緒に居たいって思ったにゃ。だから……アタシたちの過去を教えるにゃ。その上で、これからの話に乗るか乗らないかを選んでほしいにゃ」

「選ばなかったらどうなるの?」

「その時は自由団の仲間としてやっていこうにゃ。この話には関わらなくてもいいにゃ」

「んー、わかった。とりあえず聞こうかな」


 ネイカの返事を聞くと、キャビーはゆっくりと自分とアーシーの過去について語りだした。アールの街の貧民街で暮らしていたナイトキャットと、『予言の巫女』の話を。

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